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5話 転生して初めての朝、命を吸われることの心地よさ

 目が覚めると、体中が軋むように痛かった。

 昨日の魔物との戦闘による筋肉痛と、精神的な疲労。あとは農作業もか。

 回復魔法なんて便利なものはなかったらしい。あるいは、あえてやらないのか。

 痛みで自分の未熟さを自覚しなさい、という、あのお姉さんなりの教育方針なのかもしれない。


 「……くそ、重い」


 鉛のように重い体を無理やり起こす。

 カーテンの隙間から差し込む朝日は、残酷なほど爽やかだ。

 逃げ出したい。二度寝して現実逃避したい。

 だが、腹が減っていた。

 昨日の食事抜きが響いている。いろいろあって食べる機会がなかった。

 生存本能がカロリーを摂取しろと叫んでいた。


 「……食ってやる。食って、体力つけて、絶対にあいつの言いなりになんてなるもんか」


 俺はふらつく足でベッドを降り、意地だけで扉を開けた。

 廊下には、暴力的なまでに香ばしい匂いが漂っている。ベーコン、焼きたてのパン、そして温かいスープの香り。

 ふらふらとキッチンへ向かうと、そこには信じがたい光景があった。


 「あら、おはよう。早起きね、ミア」


 イリスお姉さんが、エプロン姿でフライパンを振っていた。

 昨日の妖艶な露出狂ファッションではない。

 清楚なシャツに、家庭的なエプロン。

 その姿は、理想的な優しいお姉さんそのものだ。

 しかし俺は騙されない。

 そのエプロンの下にあるのが、悪魔的な支配欲であることを知っている。


 「……おはよう。すごく、いい匂いだ」

 「ふふ、ありがとう。さあ、座って。すぐに出来上がるわ」


 椅子に座ると、目の前に完璧な朝食が並べられた。

 厚切りのベーコンエッグ、色鮮やかなサラダ、湯気を立てるポタージュ。

 俺は無言でフォークを掴み、肉に突き立てた。

 美味い。悔しいほどに美味い。

 空腹の胃袋に、栄養が染み渡っていく。


 「……んぐ、もぐ……」


 ガツガツと食らいつく。

 これは餌付けじゃない。俺が生き残るための補給だ。そう自分に言い聞かせる。

 だが、その手が不意に止められた。


 「だめよ、ミア」


 横から伸びてきたお姉さんの手が、俺の手首を掴む。

 優しいが万力のように動かない。


 「もっとよく噛んで。魔王になるなら、食事の所作も美しくないと」

 「……腹が減ってるんだ。好きに食わせてくれ」

 「いいえ。あなたは私の最高傑作なのよ? 獣のように食べるのは許さないわ」


 お姉さんは微笑んだまま、俺の口元についたソースを指でぬぐい、それを自分の口に含んだ。


 「ほら、口を開けて?」

 「は……?」

 「あーん♡」


 パンを小さくちぎり、差し出してくる。

 俺は拒絶しようとした。

 しかし、空腹と逆らったら食事が没収されるかもしれないという計算が働き、屈辱に震えながら口を開けた。


 「……あ、ん」

 「いい子♡」


 咀嚼する俺を見て、お姉さんは満たされた表情で目を細める。

 自分の手で作り、自分の手で与え、自分の手で育てる。

 その管理の過程そのものを味わっている顔だ。

 俺は飲み込んだパンと共に、反骨心を胃の底へ押し込んだ。


 ◇◇◇


 朝食後、逃げる間もなく教育の時間が始まった。


 「まずは魔力回路の開発からね」


 お姉さんはソファに座ると、当然のように俺を抱き上げ、自分の膝の上に座らせた。

 背中に柔らかい感触が当たる。逃げられない密着体勢。


 「魔力というのはね、血液と同じよ。体の中を巡っているの。でも、生まれた……いいえ、目覚めたばかりのミアの回路は、まだ閉じているわ」

 「……だから?」

 「私が開通させてあげる」


 お姉さんの指が、俺の背骨に沿って這い上がった。

 ただ触れているだけではない。

 指先から、熱い何かが──お姉さんの魔力が、俺の皮膚の下へ侵入してくる感覚。


 「んっ……!?」

 「力を抜いて。異物が入ってくるのを怖がらないで」


 そんなことを言われても無理だ。

 背骨の節々を、熱い指でなぞられるたびに、体の芯が痺れる。

 ぞわぞわとした感覚が腰から首筋へと駆け上がり、勝手に背中が反ってしまう。


 「あ、ぐ……な、なんだこれ……!」

 「そこ、詰まってるわね。ほぐしてあげる」


 お姉さんの指が、肩甲骨の間のツボのような場所を、ぐりっと押し込んだ。

 魔力が奔流となって流れ込んでくる。


 「ひぁっ!?」


 声が出た。

 痛いんじゃない。熱い。

 自分の内側にある神経が、強制的に書き換えられるような感覚。

 お姉さんの魔力が、俺の体の奥深くまで浸透し、支配領域を広げていく。


 「いい反応。魔力が馴染んできたわ。……ほら、ここも」


 次は、脇腹から下腹部へ。

 指が滑るたびに体温が上がり、呼吸が荒くなる。

 これは開発というより調教だ。

 魔力回路という名目で、俺の体が好き勝手に弄られている。


 「や、やめ……変になる……っ!」

 「だめ。我慢しなさい」


 耳元でささやかれ、耳を甘噛みされる。

 抵抗しようと腕に力を入れるが、入らない。

 体の中を巡るお姉さんの魔力が、早く服従しろと細胞に命令しているようだ。


 「ふぅ……だいぶ通りが良くなったわね。でも──」


 不意に、お姉さんの声色が低くなった。


 「少し、溢れすぎているわ」

 「え……?」

 「魔力が多すぎると暴走しちゃうの。だから、調整しましょうか」


 お姉さんは俺の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。その次の瞬間。


 チュゥゥゥ……。


 「──ッ!?」


 吸われている。

 皮膚の上からというより、もっと深いところを。

 魔力だけじゃない。魂の根源にあるエネルギーを、ごっそりと持っていかれる感覚がある。

 次に訪れるのは急速な脱力感。

 視界が明滅し、指先から力が抜け落ちていく。


 「あ、が……っ、力、が……」

 「んっ、んぅ……♡」


 お姉さんは艶めかしい吐息を漏らしながら、俺の生気をすすり続ける。

 まるで熟した果実の果汁を味わうように。

 抵抗する意思すら吸い取られ、俺は操り人形のようにぐったりと、お姉さんの胸に倒れ込んだ。


 「……ぷは。ごちそうさま♡」


 しばらくして、ようやく解放された。

 俺は肩で息をしながら、虚ろな目で天井を見上げた。

 体はぴくりとも動かない。

 空っぽだ。魔力も、体力も、反抗心も、すべてを搾り取られた。

 気持ちよすぎて、頭が働かない。


 「……やり、すぎだ……」

 「あら、これでも加減したのよ? ミアの魔力が美味しすぎるのが悪いの」


 お姉さんは唇をぺろりと舐め、恍惚とした表情で俺の頬を撫でた。

 その顔を見て、俺は戦慄した。

 逆らえない。

 魔力を通す回路も、その量の調整も、すべてこの人に握られている。

 生かすも殺すも、この人のさじ加減ひとつだ。


 「さあ、すっきりしたでしょう? 少し休んだらお仕事よ」


 お姉さんは動けない俺を軽々と抱き直し、悪魔のような笑顔で告げた。


 「今日は外に出て、配下を見つけに行きましょう」

 「……無理だ。動けない」

 「あら。じゃあ、ずっとこのままお姉ちゃんのお膝の上で、魔力タンクとして生きる? お漏らしするくらい、気持ちよくしてあげる」


 その選択肢は、死よりも恐ろしかった。

 一生、この快楽と脱力感の中で、自我を吸われ続ける未来。

 サキュバスだからこそできる脅しだ。

 俺は残った最後の気力を振り絞り、震える足で立ち上がろうとした。


 「……行く。行くよ……!」


 外の世界には魔物がいる。死の危険がある。

 だが、この屋敷の中にいるよりは、まだ自分でいられるはずだ。

 そう信じなければ、心が折れてしまいそうだった。


 「ふふ、偉いわ。頑張り屋さんな妹ちゃん♡」


 お姉さんは満足げに、ふらつく俺の背中を支えた。

 その手は温かく、鎖のように俺の心を縛りつける。

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