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46話 肉壁のサンドイッチと魔王軍の整備

 「……あの、会議が進まないんだが」


 オロネスの領主の館にある執務室。

 そこで俺は情けない声を上げた。

 現状、俺は椅子に座ったお姉さんの膝の上にちょこんと乗せられ、背後から全身を抱きしめられている。

 お姉さんの豊かな胸が背後から押しつけられ、サキュバスの尻尾が俺の頭をよしよしと撫で回してくる。

 そして正面にも問題があった。


 「…………」


 レジエがむっとした表情で俺にまたがり、正面から抱きついていた。

 俺の顔は、レジエの小ぶりな胸に埋もれかけている。

 お姉さんとレジエによる、魔王のサンドイッチ。

 密着度が高すぎて暑苦しいことこの上ない。


 「カーミラ……助けてくれ」


 俺は部屋の隅に控えている、都市の統治をしている吸血鬼に救難信号を送った。

 しかし、カーミラは冷徹に首を横に振った。


 「無理です」

 「即答かよ」

 「近づけば、私も理性を失ってその中に混ざりたくなるからです。今は、襲いたくなる衝動を抑えるので精一杯ですので」


 カーミラは額に汗を浮かべ、壁際から一歩も動こうとしない。

 どうやら、俺の無自覚に誘惑するフェロモンへの自衛手段として、物理的な距離を取っているらしい。


 「はぁ……。もういい、このまま進めるぞ」


 俺は諦めて、二人に挟まれたまま議題に戻った。

 もしやめたら、そのまま淫らな雰囲気からのいろいろな意味で危険な状況になりかねない。


 「軍備の増強についてだ。……まず、人と魔物の混成部隊を作るかどうかだが」

 「現状では却下ね」


 耳元でお姉さんが即答した。吐息がかかってくすぐったい。


 「こちらの戦力となる魔物の絶対数が足りないわ。無理に混ぜれば、指揮系統が混乱するだけよ」

 「だよな。……となると、使えるのは」


 俺は資料に目を落とす。

 ただ、正面にいるレジエのせいで読みにくい。


 「荒野で配下にした、チーターっぽいネコの魔物と……人間の子どもくらいあるでかいネズミたちか」

 「ええ。ネコは足が速いから軽騎兵として、ネズミは斥候や伝令として組み込みましょう。彼らは独自の群れとして運用した方が効率的よ」

 「了解。で、本隊の構成だが……」

 「志願兵を中心に募りましょう」


 カーミラが距離を保ったまま口を挟んだ。


 「人間も亜人も、種族を問わず一つにした部隊を作ります。……狙いは、戦力よりも意識の統合です」

 「意識の統合?」

 「はい。元々バラバラだった者や、異なる種族の者たちに、ミア様の軍という一つの帰属意識を持たせるのです。戦いよりも、内政と治安維持を重視した編成ですね。あとはまあ、一ヶ所にまとめた方が訓練なども楽なので」


 なるほど。

 外敵と戦う前にまずは内部を固め、効率的に訓練を行う意味合いもあるか。


 「傭兵はどうする?」

 「平時は雇いません。金食い虫ですし、忠誠心も期待できませんから。……大規模な決戦が予想される時のみ、雇用しましょう」

 「スケルトンやゾンビなどのアンデッド部隊は?」

 「それは私か、カーミラが指揮するわ」


 お姉さんが俺の頬にすりすりとしながら言った。


 「大量に動かすのは結構大変だもの。ミアは死霊術師ではないし、死体は汚い部分もあるから」


 過保護だ。まあ、頼もしいからいいけど。


 「……で、表立って動かせる中で最大戦力のレジエはどうするんだ?」


 俺が目の前のレジエに視線を向けると、彼女は俺の首筋に鼻を押し当てて深呼吸していた。


 「すー……はー……ミアの匂い……」

 「おい、会議中」

 「……わん」

 「は?」


 レジエはとろんとした目で俺を見上げ、舌をぺろりと出した。


 「わんわん。ご主人様、この卑しい犬に愛を注いで? ……注いでくれた分だけ、敵を殺してくるから」

 「…………」


 俺は絶句した。

 あの時、オロネスを奪還する際に見た竜族の面影はどこにもない。

 恥という概念をどこかに置き忘れてきたような、堂々たる犬っぷりだ。

 ハァ、ハァ、と犬の呼吸を真似て、竜の太い尻尾をぶんぶんと振っている。

 お姉さんがすぐ背後にいるというのに、よくもまあこれだけ堂々と媚びを売れるものだ。

 ある意味、心臓に毛が生えている。


 「……媚びるにしても、あれはどうかと」


 壁際のカーミラが、心底引いたような顔をしていた。

 お姉さんも、呆れを通り越して感心したように笑っている。


 「ふふ、いい根性ね。……でもミア、躾がなってないんじゃない?」

 「俺のせいにするなよ……」


 一通り話し合いが終わったあと、俺はぐったりした状態でお願いをする。


 「頼むから、あまりいやらしいことはやめてくれ。……真面目な話をしてる時に、腰を振ったり匂いを嗅いだりするのは勘弁してくれ」

 「しょうがないわね」

 「……ん」


 二人は不満げに唇を尖らせたが、お姉さんが俺の頬をむにむにと弄り、レジエが首筋の匂いを吸い込むだけで解放してくれた。


 「……では、わたくしはこれで。失礼します」


 カーミラは逃げるように退室していった。その背中は、早く冷水を浴びたいと語っているようだった。


  ◇◇◇


 その日の夕方。

 俺の受難は続いていた。


 「ミア、口移しをしよう……?」


 夕食の席で、レジエがスプーンを拒否して、俺の口から直接スープを飲みたがっているのだ。


 「やめろ汚い。普通に飲め」

 「やだ。ミアの唾液が混ざってると美味しいと思う」

 「どんな理屈だよ!」


 すると、今度は横からお姉さんが悪ノリしてきた。


 「あら、口移し? まだまだ甘いわね」


 お姉さんは肉料理を口に放り込み、咀嚼し始めた。


 「……もっと過激なのがいいわよ? こうやって、口の中で噛み砕いて……どろどろになったものを、舌で押し込んであげるの♡」

 「や、やめろ……」

 「ふふ、愛があれば何でも美味しいのよ? さあ、ミア……あーん」

 「あーん、じゃない! んぐっ、やめ……!」


 お姉さんとレジエに左右から迫られ、俺が貞操と衛生の危機に瀕していた時だった。


 バンッ!


 扉が勢いよく開いた。


 「失礼します!」


 入ってきたのは、険しい表情のカーミラだった。

 いつもの冷静な彼女とは違う、切迫した空気。

 その場にいた全員の動きが止まった。


 「あら……どうしたの、カーミラ。そんな顔をして」


 ただならぬ気配にお姉さんは真面目な顔に戻る。

 俺も慌てて二人を押しのけ、居住まいを正した。

 助かった……いや、それどころじゃない雰囲気だ。


 「たった今、南から来た行商人より情報が入りました」


 カーミラは息を整え、告げた。


 「大陸南部の情勢が、大きく動いています」

 「南部? ……あそこは泥沼の抗争地帯でしょう?」

 「はい。ですが、均衡が崩れました。……竜族を味方につけたある魔王が、他の勢力を次々と撃破し、支配領域を急速に拡大しているとのことです」

 「竜族……!?」


 俺はレジエを見た。彼女も眉をひそめている。

 東の竜族が、本格的に南へ介入し始めたということか。それか、かつてのヴァルゴのようなはぐれなのか。


 「……厄介ね。南を統一されれば、次は間違いなく私たちのいるこの地域へ矛先が向くわ」

 「ええ。それに、行商人の足による情報です。……事態は、我々が聞いているよりも遥かに進行している可能性があります」


 すでに、すぐそこまで脅威が迫っているかもしれない。

 執務室の空気が、一気に張り詰めたものに変わった。

 さっきまでのふざけた空気は消え失せ、俺は追い詰められている南の魔王たちに内心感謝しつつ、決断を下した。


 「……確認が必要だな。俺とレジエで、大陸の南へ行く。潜入がてら、状況を観察してくる」

 「ミア様が直接ですか? 危険すぎます」


 カーミラは止めようとしたが、俺は首を振った。


 「レジエがいれば逃げることはできる。それに、現地の竜族の動きを見極めるには、同じ竜族であるレジエの感覚が必要だ」

 「……そうね」


 お姉さんが頷いた。


 「その代わり、この指輪で常に連絡を取り合うこと。……何かあったら、敵を消し飛ばしてあげる」

 「それは最終手段にしてくれ……」

 「ええ。私はその間、カーミラと協力して軍の整備を急ぐわ。いつ攻め込まれてもいいようにね」


 方針は決まった。

 俺とレジエは、再び旅支度を整えることになる。

 南の空に立ち込める暗雲。

 平和で物足りないと言っていた罰が当たったのか、俺たちの日常は再び戦いへと加速しようとしていた。

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