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44話 戦略的略奪と副魔王の過去

 数日後。オロネスの領主の館にある俺用に割り当てられた部屋で、あり得ない光景が繰り広げられていた。


 「はい、これで最後」


 空間がわずかに歪み、イリスお姉さんが現れる。

 その手には溢れんばかりの金貨や宝石が詰まった麻袋が抱えられていた。

 転移魔法を外から見ると、ああいう感じになるのか。


 ドサッ。


 無造作に床に放り投げられた袋の口が開き、キラキラと輝く財宝が雪崩れ落ちる。

 すでに部屋の床は、足の踏み場もないほどの金銀財宝で埋め尽くされていた。


 「……嘘だろ」


 はっきり言って無茶苦茶な光景に、俺は呆然とした。


 「お姉さん、そもそも……どこから入ってきたんだ?」

 「ここよ」


 お姉さんが指差したのは、部屋の壁だ。

 何の変哲もない木の壁……に見えたが、よく見ると、手のひらサイズの金属の円盤が設置してあった。

 木目に偽装された塗装が表面を覆っており、かなり巧妙に隠されている。


 「転移魔法を安全に使うためのアンカーをね、以前こっそり仕込んでおいたの。塗装で隠しておいたから気づかなかったでしょう?」

 「……ご丁寧にどうも」


 つまり、俺の部屋はずっとお姉さんが侵入可能だったわけか。セキュリティもへったくれもない。


 「遠くから大量の物体を転移させるのは大変。術者が持てる範囲でしか運べないから、こうして何度も往復する必要があったの」

 「何度もって……わたくしが見ていた範囲だけでも、数十回は往復していたような」


 同席していたカーミラが、青ざめた顔で突っ込んだ。


 「オロネスと大陸北部はかなりの距離があります。なのにそれだけの回数を転移するなど……魔力の消費量が常軌を逸しています。普通なら魔力枯渇で死にます」

 「あら、これくらい準備運動にもならないわ」


 お姉さんは涼しい顔で戦利品を撫でた。

 副魔王のデタラメな魔力量を見せつけられたカーミラは、ドン引きして言葉を失っていた。

 魔法にある程度精通してるからこそ、お姉さんのとんでもなさが理解できるのだろう。

 その後、この莫大な臨時収入の使い道についての話し合いが行われる。


 「まずは、レジエへの報酬ね」


 お姉さんは金貨の山を崩しながら言った。


 「あの子、街道整備を一人で頑張ったんでしょう? そういう働きには報いておかないとね」

 「ああ、そうするよ」

 「残りは復興資金と、軍備の増強にでも。カーミラ、管理は任せるわ」

 「は、はい! 仰せのままに」


 カーミラは直立不動で敬礼した。

 これだけの財宝があれば、しばらくは資金に悩むことはなくなる。

 略奪品とはいえ、ありがたい話だ。

 一通りの会議が終わると、カーミラは空気を読んで、あるいは逃げるようにそそくさと退室した。

 部屋には、俺とお姉さんだけが残される。


 「さあ、ミア。……おいで」


 お姉さんはソファに腰かけると、自分の膝をぽんぽんと叩いた。


 「……はい」


 逆らえるはずもなく、俺はおずおずとお姉さんの膝の上に座った。

 背中から抱きしめられ、柔らかい胸の感触と甘い香りに包まれる。


 「いい子ね。……寂しかった?」

 「まあ……少しは」

 「ふふ。素直じゃないわね」


 お姉さんは俺の首筋にキスを落としつつ、土産話を始めた。


 「今回、私が集金に行ってきたのは、大陸北部にある旧魔王軍の支配地域よ」

 「どうしてそこに?」

 「ろくでなしの商人や将軍たちの隠し財産を、根こそぎいただいてきたわ。いろんな部分に穴があることを知らしめつつ、ね。これで少しは汚職も減って、長い膠着の中で腐敗の進んだ組織を引き締め直すでしょう」

 「略奪を正当化してるだけじゃ……」

 「人聞きが悪いわね。これは間接的な支援よ」


 お姉さんは悪びれもせず笑った。


 「東部を支配してる竜族は賢いのよ。徹底的に自分たちの損害を避ける戦い方をしているわ。今は静観を決め込んで、数十年後か数百年後……一気に大陸全域を支配するつもりね。竜という種族は、ただ生きているだけで強くなっていくから」

 「……気の長い話だな」

 「長命種特有の思考ね。だから、今のうちに旧魔王軍には頑張ってもらわないと、パワーバランスが崩れちゃうのよ」


 そのために資金を奪って竜族と戦いやすくしたと。

 だいぶ無理矢理な理屈だが、戦略家としての視点は鋭い。

 ただ暴れているだけではない、底知れない知性を感じる。


 「……さて、難しい話はおしまい」


 不意に、お姉さんの腕に力がこもった。


 「ここからは、ご褒美タイムよ♡」

 「え、ちょ……んあっ!?」


 お姉さんの手が、俺の服の下に滑り込んだ。

 敏感な脇腹を撫で上げられ、胸の膨らみを揉みしだかれる。


 「や、やめ……! 話はまだ……っ!」

 「触れ合いながらでも話はできるでしょう? ほら、力が抜けてきた」

 「くぅ……っ!」


 抵抗しようとするも、巧みな指使いに体が裏切る。

 快楽のスイッチを押されるたびに、俺の口から甘い喘ぎ声が漏れてしまう。


 「はぁ、はぁ……っ! ど、どうして……そんなに、俺を……愛してくるんだよ……っ」


 俺は息も絶え絶えに尋ねた。

 この人は、どうしてこんなにも執拗に、ねっとりと愛を注いでくるのか。


 「そうしたいから、以外の理由がいる?」

 「い、いる……!」


 俺が言い返すと、お姉さんは動きを止めた。

 胸を揉む手つきが、ゆっくりと優しいものに変わる。


 「……そうね。少し、昔話をしてあげましょうか」


 どこか遠い目をした。

 それは初めて見る、儚い表情。


 「私もね、最初は弱かったのよ。……ただの出来損ないのサキュバスだった」

 「え……」

 「荷物運びの仕事も満足にできなくて、穀潰しって言われて石を投げられたりしたわ。……当時の魔界は、今よりもっとひどい戦乱の世だったから、誰も余裕がなかったのね」


 最強の副魔王の、意外すぎる過去。


 「でも、不幸中の幸いと言うべきかしら。……あまりにも貧相で魅力がなかったから、性的な虐待を受けることはなかったわ。今思えば、それには感謝してもいいかもね」


 自嘲気味に笑うお姉さん。

 俺は恐る恐る尋ねた。


 「もしかして……処女だったり、とか……?」

 「ふふ。……どっちだと思う?」


 お姉さんは答えず、俺をぎゅっと抱きしめた。

 そして、手が下腹部へと伸びる。


 「あ、そこ……っ!」

 「焦らされるのは好きかしら?」


 肝心な場所には触れない。

 太ももの内側や、お腹より下の部分を、焦らしながら押したり揉んだりする。


 「あ、うぅ……っ! じ、じれったい……っ!」

 「可愛い声♡」


 俺がいやらしい声を上げると、お姉さんは満足げに続きを語り始めた。


 「努力したわ。友人と呼べる相手の協力も得て、なんとか生き延びた。……でも、戦争の前では個人の努力なんてちっぽけなものよ」


 途中で話す声は低くなる。


 「逃げ惑うしかなかった。仲良くはなかったけど、知り合いがあっけなく死ぬのを何度も見たわ。……街の支配者はコロコロ変わるも、最底辺の庶民の生活は何も変わらない」

 「…………」

 「それが百年ほど続いたあと、ようやく私の体は成長し始めたの。……サキュバスってね、精気を吸わないと、成長が極端に遅いのよ」


 言いながら、お姉さんは俺の首筋に唇を寄せた。

 チュッ、と吸いつかれる。


 「ん、あぁ……っ!?」


 皮膚を通して、俺の精気が吸い出される感覚。

 魂の一部を持っていかれるような喪失感と、それを上回る強烈な快楽が脳髄を直撃する。


 「あ、へ……ぁ……っ」


 俺の体から力が抜け、ぐったりとお姉さんにもたれかかった。

 お姉さんは俺をソファに寝かせ、その上に覆いかぶさるようにして体重をかけてきた。


 「……そしてある日、魔王が現れたわ。私が裏切って消した、あの先代魔王ね」


 お姉さんは俺の顔を覗き込みながら、淡々と語る。


 「彼は強かった。次々と勢力を拡大し、魔王軍を作り上げた。……でも、急激な拡大には歪みがつきものよ。反乱や内紛が相次いで、途中から泥沼化したわ」


 いやらしく触れていた手は離れ、俺の尻尾を掴んだ。

 そして敏感な先端部分を、口に含む。


 「んむ……ちゅ、ぷぁ……」

 「ひぃっ!? し、尻尾……だめぇっ!」


 飴玉を転がすように、舌で弄ばれる。

 背骨に電流が走り、俺の体はビクビクと跳ねるが、お姉さんの体の重みで押さえつけられて動けない。


 カリッ。


 甘噛みされた瞬間、視界が白く飛んだ。


 「あぎっ!?」

 「……そして、少し成長した私は決めたの」


 お姉さんは尻尾を解放し、濡れた唇を拭った。


 「魔王軍に入ろうって。このまま底辺を這いずり回る一生なら、あの強大な力に賭けてみようってね。そこからは早かったわ」


 青い瞳に、野心の光が宿る。


 「順風満帆だった。少しずつ出世して、部隊を任され、功績を上げ……やがて副魔王の座に上り詰めた。……これが、次の百年の話ね」


 百年かけて底辺を這い、次の百年で頂点の近くへ。

 その果てしない時間の重みと、孤独。

 朦朧とする意識の中で、お姉さんの凄まじさを理解した。


 「はぁ……はぁ……過去を語りながら……快楽を与えるの……やめろ……」


 俺は息も絶え絶えに抗議した。


 「いい加減……本題に……」


 なぜ裏切ったのか。俺をどうしたいのか。

 聞きたいことは山ほどあるのに、快楽で思考がまとまらない。


 「ふふ。続きはまた今度ね、ミア」


 お姉さんの笑顔が霞んでいく。

 最後に感じたのは、暖かくて、とても柔らかい感触。

 ぎゅっと抱きしめられるだけで、深い安心感に包まれる。


 (……次は、続きを……)


 結局、愛を注ぐ理由を聞けないまま、俺の意識は深い闇へと沈んでいった。

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