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25話 副魔王の残影と奪われた四十年の庭

 戦いの熱が引いていく荒野には、乾いた風と共に、カシャカシャという骨の擦れる音が響いていた。

 イリスお姉さんの魔法によって作られた巨大な落とし穴の底では、カーミラの配下だった生身の兵士たちが、折り重なって倒れているアンデッドたちの回収作業に追われていた。


 「おい、こいつはまだ使えるぞ。頭蓋骨にひびが入ってるだけだ」

 「こっちはダメだ。粉々になってる。他の部分だけ回収して埋めるぞ」


 兵士たちの声には、疲労こそあれど、悲壮感は薄い。

 彼らは吸血鬼の配下として、死者を資源として扱うことに慣れているのだろう。

 あるいは、主君であるカーミラが降伏したことで、命拾いしたという安堵の方が大きいのかもしれない。

 俺は岩場の一角に腰を下ろし、その光景を眺めながら、目の前で跪いているカーミラへと視線を戻した。


 「……さて。現状確認と、情報の整理をしたい」


 俺が言うと、カーミラは恭しく頭を垂れた。

 その態度は、先ほどまでの不遜さが嘘のように従順だ。

 もちろん、俺に対してではなく、俺の背後に控えてニコニコと笑っているイリスお姉さんに対する恐怖がそうさせているのだが。


 「なんでもお聞きください、我が主よ。……そして、副魔王陛下」

 「陛下はやめてちょうだい。今の私は魔王ミアに仕えるただの秘書よ。そしてミアのお姉ちゃんでもある」

 「は、はい……失礼いたしました」


 カーミラがびくりと震え、脂汗を流す。

 俺はため息をつき、お姉さんをちらりと見た。

 ずっと気になっていたことがある。

 この人が過去にどれほどの怪物だったのか、ということだ。


 「なあ、カーミラ。教えてくれ。副魔王ってのは、そんなにすごいのか?」

 「……は?」


 カーミラが顔を上げ、信じられないものを見るような目を向けてきた。

 そんなことも知らないのか、という呆れと困惑が混じった視線だ。

 俺は少し気まずくなり、視線を逸らす。


 「いや、俺は生まれたばかりでさ。お姉さん……イリスについては、性格がねじ曲がっていて、愛が重くて、やたらと強くて、なんでもできるってことくらいしか知らないんだ」

 「あら……ミアったら、そんな風に思っていたの? 照れるわね♡」


 お姉さんが俺の首に腕を回し、嬉しそうに頬ずりをしてくる。絶対にわざとだ。

 カーミラはその光景を見て、数秒間、彫像のように固まった。

 やがて、彼女はわざとらしい咳払いを一つして遠い目をした。


 「……そう、ですか。ご存知ないのですか」


 彼女は語り始めた。まるで、恐ろしい伝説を紐解くかのように。


 「かつての魔王軍において、絶対的な武力を誇るのが先代魔王だとすれば、冷徹なる知性で軍を支配していたのが、副魔王イリス様でした」

 「支配?」

 「はい。戦略の立案、内政の管理、そして反逆者の粛清……すべてを完璧にこなす、軍の心臓部。魔族たちの間では、畏怖を込めてこう呼ばれておりました。夜の女王、と」

 「……夜の女王」


 中二病心をくすぐる二つ名だが、実態を知ると笑えない。

 カーミラは、俺に抱きついているお姉さんをちらちらと見ながら、困惑したように続ける。


 「なにぶん、あの方が感情を表に出されることは稀でしたから。常に何を考えているのか読めない微笑みを浮かべ、淡々と、そして慈悲なく敵対者を葬り去る……それが、わたくし共が知るイリス様の姿です」


 なるほど。

 昔はクール系サイコパスだったわけだ。

 それが今はどうだ。


 「ミア、いい匂い…… 汗と砂埃の匂いが混じった、戦う女の子の香りねぇ」

 「……離れてくれ、暑苦しい」


 俺の首筋に顔を埋め、くんくんと匂いを嗅ぎながらべたべたしている。

 カーミラの表情が、解釈違いを通り越して未知の生物に遭遇したような顔になっている。


 「……あのお方が、あのように破顔し、他者に執着するなど……七十年前には考えられなかったことです」

 「まあ、俺はこの人の手で作られた存在だからな。執着もするだろ」

 「……え?」


 俺が何気なく事実を告げると、カーミラの動きが止まった。


 「作られた……? あなた様が?」

 「ああ。何十年もかけて調整された、最高傑作らしいぞ」


 俺は自嘲気味に笑った。

 すると、カーミラの表情から困惑が消え、真顔になった。

 そして、その真紅の瞳に、深い同情と哀れみの色が浮かんだ。


 「……そう、でしたか」


 彼女は小さく呟いた。

 その視線は、俺を生意気な若造として見るものではなく、逃れられない呪縛に囚われた可哀想な存在を見るものへと変わっていた。


 (……やめろ、そんな目で見るな)


 あの副魔王が、数十年の時を費やして練り上げた、自分好みの人形。

 それが俺だという事実を、第三者の視点で突きつけられると結構きついものがある。

 俺は居心地の悪さに耐えかねて、強引に話題を変えた。


 「そ、それよりもだ! 敵の話をしよう。……お前の街を奪った、はぐれ竜族についてだ」


 その瞬間、カーミラから漂う空気が一変した。

 哀れみは消え失せ、煮えたぎるような怒りと憎悪が噴き出す。

 彼女は奥歯を噛み締め、爪が食い込むほど強く拳を握りしめた。


 「……あの、トカゲ風情が」


 低く、地を這うような呪詛。


 「オロネスは、わたくしが四十年かけて育て上げた街でした。人間と亜人と魔族を共存させ、商業を振興し、無理のない範囲で血を徴収する……持続可能な吸血システムを構築した、理想郷だったのです!」

 「四十年……それはすごいな」


 素直に感心した。

 この乱世で、一つの街を四十年も維持し、繁栄させた手腕は本物だろう。

 彼女はその辺にいくらでもいる自称魔王ではなく、優れた統治者だったのだ。


 「それを! あのトカゲは、暴力だけで奪い取ったのです! あまつさえ、わたくしが手塩にかけて育てた人間たちを、家畜以下の扱いにして……!」


 カーミラは激昂していた。

 彼女にとって、人間は資源であり財産だ。それを乱暴に消費されることが許せないのだろう。


 「だから、わたくしは焦土戦術を取りました。奴らに少しでも痛手を与えるため、焼き払ってしまえと。……ですが、あの竜もどきにはあまり効果がなかったようです。奴らは略奪した物資が尽きれば、また次の街を襲えばいいとしか考えていませんから」


 破壊と略奪しか知らない獣。

 それがはぐれ竜族の正体か。

 建設的な統治を行うカーミラとは、水と油以上の差がある。


 「……俺たちで奪還、できるか?」


 俺が静かに問うと、カーミラはハッとして顔を上げ、すぐに冷静な計算を始めた。


 「……正面からの戦力は、依然として向こうが上です。個の力においても、あの竜人は規格外。ですが……」


 彼女はちらりと、俺の後ろにいるお姉さんを見た。


 「副魔王陛下のお力があれば、造作もないことかと」

 「残念だけど、私は表には出ないわよ」


 お姉さんが即座に否定した。

 秘書官としての眼鏡をかけ直し、冷徹な声で告げる。


 「私が生きていると知られれば、大陸中の勢力が騒ぎ出すわ。特に竜族のお偉方や、先代に忠誠を誓っている魔王軍の残党がね。……そうなれば、ミアの国作りどころではなくなる」

 「……なるほど。承知いたしました」


 カーミラは察しが良かった。

 副魔王というジョーカーは、強すぎるがゆえに切れないカードなのだ。

 彼女が動けば、それは局地戦ではなく、世界を巻き込む大戦の引き金になりかねない。


 「陛下抜きで行くとして……。あなた様の指揮と、わたくしの知識、そしてこの兵力があれば……五分、いえ、六分といったところでしょうか」

 「勝算はある、ってことだな」

 「ええ。奴らは力に溺れています。搦め手を使えば、勝機はあります」


 カーミラの目には、野心が燃えていた。

 奪われた四十年を取り戻すための戦い。

 それは彼女にとっても、望むところなのだろう。


 ◇◇◇


 話し合いが終わる頃には、アンデッドの回収作業も大詰めを迎えていた。

 損傷の激しい死体は、お姉さんの魔法によって深く埋葬され、再利用可能なスケルトンたちは隊列を組み直している。

 生者の兵士たちと、死者の軍団。そして俺の配下の魔物たち。

 奇妙な混成部隊が、夕暮れの荒野に整列していた。


 「全軍、出発するぞ! まずは村へ戻り、体勢を立て直す!」


 俺が号令をかけると、兵士たちが槍を掲げ、アンデッドたちがカタカタと顎を鳴らして応えた。

 カーミラが俺の横に付き従い、副官として控える。

 たった一日で、俺の勢力は数倍に膨れ上がった。


 「……ふふ」


 ふと、横から笑い声が聞こえた。

 見ると、お姉さんが俺を見て微笑んでいた。

 いつものような、粘着質でいやらしい笑顔ではない。

 教え子の成長を喜ぶような、あるいは完成した作品を眺めるような、穏やかで美しい笑み。

 だが、俺はその笑顔を見て、背筋に冷たいものが走るのを止めることができなかった。


 (……なんで、そんな顔をするんだ)


 まるで、すべてが台本通りに進んでいると言わんばかりの表情。

 俺が戦い、勝利し、他者を従えていく。

 その過程すらも、彼女の手のひらの上で踊らされているだけなのではないか。

 夜の女王と呼ばれた怪物が、俺という人形を使って、何を描こうとしているのか。


 「行くわよ、ミア。……あなたの覇道は、まだ始まったばかりなのだから」


 お姉さんは優しく俺の手を取り、歩き出した。

 その手の温かさに安らぎを感じてしまう自分を呪いながら、俺は一回り大きくなった軍勢と共に、帰路についたのだった。

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