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23話 爛れた朝の情事と荒野への誘引作戦

 朝、目が覚めた時の感覚は、ひどく気だるく、そして背徳的だった。

 部屋の中に充満しているのは、甘ったるい残り香。

 それは昨夜、イリスお姉さんが俺に施した治療と称する行為の名残であり、もっと直接的に言えば、俺の体から絞り出された魔力と、お姉さんの情欲が混ざり合った匂いだった。


 「うぅ……ぁ……」


 シーツが肌に絡みつく。

 今の俺は何も着ていない。昨夜、傷の治療という名目で、下着の一枚に至るまで剥ぎ取られ、隅々まで弄り回されたからだ。

 全身の肌が、微弱な電気を帯びたように敏感になっている。

 特に、太ももの内側や、首筋、そして……下腹部の奥。


 「おはよう、ミア♡」


 耳元で、甘い毒のような声がした。

 背後から回された腕が、俺の素肌を這い回る。

 お姉さんの体温もまた、同じベッドの中で熱を帯びていた。


 「昨日はいい声だったわよ? 男の子だった頃には出せなかった、可愛くて高い悲鳴……」

 「……やめろ」

 「ふふ。体の作りが違うと、感じ方も違うでしょう? ここも、ここも……今はもう、女の子としての悦びを知るための器官なのよ」


 お姉さんの指先が、危険な部分をなぞる。

 ぞくり、と腰が跳ねた。

 頭では拒絶していても、開発されつつある肉体が反応してしまう。

 それが何よりも屈辱的で、恐ろしい。


 「……いい加減にしろ!」


 俺は残った気力を振り絞り、お姉さんの腕を強引に振りほどいてベッドから転がり落ちた。

 床に落ちていた服を慌てて掴み、体を隠す。


 「定期的にそういう……堕とそうとするのをやめろ! 俺はまだ、あんたのペットになるのを決めた覚えはない!」


 肩で息をしながら睨みつける。

 だが、ベッドに残されたお姉さんは、乱れた姿のまま、恍惚とした表情で俺を見ていた。


 「あら、ごめんなさいね。でも……やめられないの」

 「は?」

 「ミアが成長すればするほど、強くなればなるほど……私のここも、どうしようもなく疼くのよ」


 お姉さんは、自身の滑らかな下腹部──子宮のあるあたりを、妖艶な手つきで撫で回した。


 「生意気に抵抗するその顔を見ると、無理やり組み敷いて、わからせてあげたくなる。……こればかりは、私の本能だから仕方ないわね♡」


 理性が焼き切れそうな瞳だった。

 俺が強くなることは、魔王としての成長を意味すると同時に、イリスという捕食者が欲する獲物としての価値を高めることになるらしい。

 詰んでいる。

 強くなっても、弱いままでも、この人の歪んだ愛からは逃げられない。


 「……着替える。あとで今後についての話がしたい」


 俺は逃げるように背を向け、話題を強制的に切り替えた。

 このままでは、朝からまた泥沼に引きずり込まれる。


 ◇◇◇


 身支度を整え、とりあえず冷静さを取り戻した俺たちは、今後の方針について話し合った。

 机の上に、ハーピーの女商人から貰った地図を広げる。


 「吸血鬼の軍勢が来るまで、もうあまり時間がない」

 「ええ。この村で迎え撃つのは愚策ね。村に被害が出るし、何より地形が不利だわ」

 「だから、戦場を変える」


 俺は地図上の、村とオアシスの中間にある荒野を指差した。


 「奴らがこの村に気づく前に、俺たちの姿を見せて挑発し、荒野へ引き込む。地の利はこっちにある」

 「なるほど。サンドワームも出没する危険地帯へ誘い込むわけね」

 「運良く出てきて暴れてくれたら楽だけど、それはあまり期待しない。とにかく最終的にあの吸血鬼を叩く」


 作戦の骨子は決まった。

 問題は、どうやって誘い込むかだ。

 俺とお姉さんだけで突っ込んでも、無視されて村へ向かわれる可能性がある。

 奴らの注意を引きつけ、荒野の奥深くへ誘導するための囮が必要だ。


 「兵がいるな。……戦力にならなくていい。奴らを惹きつけるだけの頭数が」


 俺は村の広場へ向かい、村人たちを集めた。

 村長以外に、働き盛りの者たちが不安そうな顔で俺を見ている。


 「単刀直入に言う。吸血鬼の魔王が率いる軍勢と戦うために、志願兵を募集したい」


 さすがにどよめきが走るが、無理もない。

 軍勢と戦うには、村の人口はあまりにも少ない。


 「条件は一つ。絶対に戦わないことだ。ただ姿を見せ、逃げ回り、敵を荒野へ誘導する。……その役目を引き受けてくれる者はいないか」


 沈黙が落ちた。

 戦わないとはいえ、だいぶ危険な役目だ。

 だが、ここで誰も立たなければ、村ごと蹂躙される。


 「……やりましょう」


 少しすると一人の若者が手を挙げた。

 それに続き、次々と手が挙がる。

 最終的に集まったのは十名。

 小さな村にとって、働き手を十人も危険に晒すのは致命的だが、これ以上は望めない。

 あとは、配下の魔物たちでかさ増しして、大部隊に見せかけるしかない。


 「装備が心許ないですね」


 秘書官モードになったお姉さんが、村人たちの粗末な農具や錆びた剣を見て言った。

 確かに、これでは囮にすらならない。一目でただの村人だとバレてしまう。


 「私が調達してきます」


 そう言ってお姉さんは村の外へ出ると、翼を広げて空へと飛び立った。

 目指すは、荒野のオアシスだ。

 徒歩なら数時間かかる距離だが、サキュバスの……いや、お姉さんの飛行速度なら数十分で往復できる。

 しばらくして、巨大な荷袋を抱えたお姉さんが涼しい顔で戻ってきた。


 「サンドワームの外皮と、牙の加工品よ。向こうの開拓民に作らせていた分を持ってきたわ」

 「仕事が早いな……」

 「さあ、ここからは時間との勝負よ」


 お姉さんは村の貧相な鍛冶場を占拠すると、信じられない手際で作業を始めた。

 サンドワームの硬い外皮を魔法で裁断し、金属を炉にくべて槍の柄を作り、牙をなんらかの魔法で変形させていく。


 「火加減はそのままで! 次は冷却!」

 「は、はいっ!」


 村の鍛冶師が助手として走り回らされている。

 俺も手伝わされたが、お姉さんの技術は魔法と職人技が融合したデタラメなものだった。

 数時間後。

 そこには、サンドワームを素材にした軽量かつ強固な鎧と盾、そして槍が十人分揃っていた。


 「……すごいな」


 完成した装備を見て、俺は素直に感嘆した。

 戦闘ができて、魔法が使えて、政治ができて、生産までできる。

 この人、本当に何者なんだ?

 ただのサキュバスで片付けていいスペックじゃない。

 俺が不思議そうな顔で見ていると、お姉さんは「ふふん」と得意げに鼻を鳴らし、一本の剣を差し出した。


 「はい、これはミアの分」

 「これは……?」


 渡されたのは、サンドワームの素材で作られた急造品ではない。

 青白い光沢を放つ、鋼の長剣だった。

 装飾は少ないが、重心のバランスが良く、手に吸いつくように馴染む。


 「吸血鬼との戦いで、メイスだと相性が悪いってわかったでしょう? だから、持ってきたの。それなりに質がいい代物よ」

 「……ありがとう。助かる」


 俺は剣を抜き、軽く振ってみた。

 ヒュッ、と鋭い風切り音が鳴る。

 メイスのような重量感はないが、その分速く振れる。吸血鬼の動きに対抗するには、これしかない。


 「少し、体を慣らしましょうか」


 お姉さんは手近な棒切れを拾い、構えた。

 俺も剣を構える。

 軽い打ち合い。

 だが、お姉さんの棒切れは、俺の剣筋をまるで流水のように受け流し、いなしてくる。


 「力任せに振ってはだめ。剣の重さと遠心力を使いなさい」

 「くっ……こうか!」

 「そう。手首を柔らかく。……サキュバスは筋力もあるけど、一番の武器は柔軟性なのだから」


 剣術の指導まで完璧だった。

 たった数十分程度の打ち合いで、俺は剣の扱いを体に叩き込まれた。


 ◇◇◇


 昼食を急いで済ませ、俺たちは出発の準備を整えた。

 志願兵十名と、護衛の魔物たち。

 そして、先頭に立つ俺とお姉さん。


 「行くぞ。目指すは西の岩場だ」


 俺はあえて、村のある草原ルートではなく、荒野側から大きく迂回して敵の側面へ向かうルートを指示した。

 途中で見つかっても、村の場所を悟られないようにするためだ。


 「斥候たち、行け!」


 俺の合図で、人間の子どもくらいの大きさをした巨大なネズミの魔物が、砂埃を上げて駆け出した。

 鼻が利き、隠密性の高い彼らが、敵の位置を特定してくれるはずだ。

 いよいよ、次の戦いが始まる。

 俺は新しい剣の柄を強く握りしめ、荒野の風の中へと足を踏み出した。

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