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16話 七十年の停滞と元凶による身勝手な言い分

 難民たちを引き連れて、俺たちは荒野を進んだ。

 目的地は、俺が暮らす屋敷と、先ほどの村とのちょうど中間地点にある、やや大きめのオアシスだ。

 徒歩でおよそ数時間かかる。

 屋敷の近くまで連れて行くのはいろいろとリスクがあるし、イリスお姉さんにとっては愛の巣を他者に見せるのは避けたいという判断もあった。


 「……おいおい、こんなことがあるのかよ」


 難民の男たちから、驚愕の声が漏れる。

 彼らの荷物を運んでいるのは、俺が配下にしたチーター型の魔物たちだ。

 さらに、巨大なネズミの魔物たちが先行して道案内や、後方で落とし物の警戒をしている。


 「魔物が……荷運びをしてやがる」

 「人を襲わないなんて……」


 恐怖よりも、目の前の非現実的な光景への困惑が勝っているようだ。

 俺は先頭を歩きながら、あまり大きくはない背中の翼を、あえて見せつけるように堂々と振る舞う。

 魔王としての威厳を保つのは疲れるが、これが今の俺の仕事だ。


 「ここだ」


 到着したのは、岩山というか岩場に囲まれた盆地のような場所だった。

 中央には澄んだ水をたたえる泉があり、周囲にはある程度の植物が群生している。

 以前の調査で見つけていた場所だが、数十人が暮らすには十分な広さと水源がある。


 「水だ……!」

 「ここなら、生きていけるかもしれねぇ……」


 難民たちが歓声を上げ、水辺へと駆け寄ろうとする。

 だが、それを制したのは秘書官モードのお姉さんだった。


 「お待ちなさい。まずは居住区の設営が先です」


 眼鏡を光らせ、冷淡に指示を飛ばす。

 ネズミの魔物たちに命令し、地面を均して、テントを張るための杭を打ち込ませていく。


 「え……作業もできるのか」


 俺は腕を組んで唸る。ヤギを連れ戻してきたことを思い返していたからだ。

 ネズミの魔物は、戦闘には向かないがそれ以外で役立つ機会が多い。

 地味に賢いし、人よりも効率は悪いが作業もできる。

 魔物の使い方については、お姉さんより上手い人はいないだろう。

 その手際の良さに難民たちは呆気に取られていたが、やがて慌てて作業に加わった。


 ◇◇◇


 夜。

 即席のキャンプ地には焚き火が用意され、少し落ち着いた空気が流れていた。

 俺は難民のリーダー格である元傭兵の男──ガンスというらしい──を呼び出し、話を聞いていた。


 「……七十年、か」


 ガンスから聞いた内容に、俺は思わず呟いた。

 彼が言うには、この魔界と呼ばれる大陸が乱世になってから、もうそれだけの年月が経っているという。


 「ええ。俺がガキの頃から、ずっとそうです」


 焚き火を見つめ、苦々しげに語った。


 「魔王を名乗る連中は腐るほどいましたが、どいつもこいつも決め手に欠ける。勝ったり負けたりで、領主の首がすげ替わるだけだ。……まあ、今まではそれでもよかったんです」

 「よかった、というと?」

 「戦争には暗黙のルールがありましたから。街や村は、勝者にとっての財産だ。だから焼き払ったり、戦いに参加してない奴を殺したりまではしない。……税を絞り取る対象がいなくなっちゃ、困りますからね」


 なるほど。

 生かさず殺さず。支配者が変わるだけで、ほとんどの人々の生活は変わらない。

 それが、この乱世における奇妙な安定というわけだ。


 「ですが、今回の連中は違った。相手に勝つために燃やしてしまえという、イカれた考えの奴らだ。……この七十年で築かれた、最低限の秩序すら崩れ始めてるんです」


 ガンスの言葉は重かった。

 七十年。

 一人の人間が生まれてから老人になるまでの長い時間、この世界は停滞している。いや、この大陸か。

 そして今、部分的とはいえ腐り落ちようとしている。

 俺はふと、隣に控えている秘書官を見上げた。

 サキュバスのイリス。

 この七十年に渡る混乱を作り出した元凶。

 今世における俺の母にして姉でもある。おかしいだろってツッコミは横に置いておく。

 彼女は澄ました顔で、手元の帳簿に何かを書き込んでいる。


 (……この人は、どう思ってるんだろうな)


 ガンスを下がらせたあと、俺たちは少し離れた場所に立てた、自分たち用の簡易的なテントに入った。

 二人きりになった瞬間、お姉さんは眼鏡を外し、俺に抱きついてきた。


 「お疲れ様、ミア。今日も凛々しかったわよ ♡ 」

 「……なあ、お姉さん」


 俺は抱きつかれたまま、ジトっとした視線を向けた。

 なんとも言えない、非難と呆れが混ざったような目つきになっていたと思う。


 「さっきの話、聞いてたよな?」

 「ええ。大変な世の中ねぇ」

 「他人事みたいに言うなよ。……元はといえば、お姉さんが先代魔王を消したから、こうなったんだろ?」


 七十年もの間、人々が争い、怯え続けている。

 そのきっかけを作った張本人が、こんなにあっけらかんとしていることに、俺は複雑な心境だった。

 罪悪感とかないのか。

 すると、お姉さんは心外だと言わんばかり頬を膨らませた。


 「あら。私はただ、席を空けただけよ?」

 「……は?」

 「魔王の椅子なんて、強ければ誰でも座れるもの。その辺の雑魚が名乗ることもできる。でもね、七十年もあったのに誰も統一できなかった無能さが悪いのよ」


 悪びれる様子は一切ない。

 むしろ、ぐだぐだやってる奴らが不甲斐ないせいだと切り捨てた。


 「それにね、ミア」


 お姉さんは俺の首筋に腕を回し、ねっとりと身を寄せてくる。

 豊満な胸が押しつけられ、甘い香りが鼻腔を満たす。


 「世界が七十年も足踏みしていてくれたおかげで、こうしてあなたという最高傑作を、誰にも邪魔されずに育てることができたわ。……むしろ、感謝したいくらい」

 「……イカれてる奴の発想だよ、それ」

 「ふふ。だからこそ──」


 お姉さんは俺の耳元に唇を寄せ、甘く、けれど誘惑してくる悪魔のようにささやいた。


 「私たちが統一を目指すのよ。だらだらと続く無様な争いを終わらせて、あなたが新しい秩序を作るの。素敵でしょう?」

 「……責任転嫁な気もするけどな」


 マッチポンプもいいところだ。

 自分で壊しておいて、直すのは自分たちという理屈。

 俺はため息をつきつつ、ずっと気になっていたことを口にした。


 「そもそもさ。……先代魔王を消さなきゃよかったんじゃないか?」


 先代が健在なら、少なくともこの七十年の混乱はなかったはずだ。

 お姉さんの好みじゃなかったのかもしれないが、世界にとってはマシだったんじゃないか。

 そう問うと、お姉さんは「んー」と少し考え込み、事も無げに言った。


 「だってあの人、魔界……この大陸から海を渡って、人間が暮らしてる別の大陸に攻め込む予定だったんだもの。世界征服のために」

 「……はい?」

 「大規模な遠征軍を組んで、無理のある戦争を仕掛けようとしていたのよ。めんどくさいでしょう?」


 俺は絶句した。

 先代魔王、思った以上にやばい奴だった。

 世界征服のために大陸間戦争を起こそうとしていたのか。

 ちょっと好戦的で暑苦しいとお姉さんは以前語っていたが、あれはだいぶ言葉を選んでいたわけだ。


 「そんなことされたら、私の平穏な生活が脅かされるし、なにより……」

 「なにより?」

 「そんな忙しい戦争中じゃ、可愛い妹ちゃんを作る暇なんてなくなっちゃうじゃない」


 お姉さんはにっこりと笑い、俺の頬にキスをした。


 「だから消したの ♡ 」


 世界を巻き込んだ戦争の危機は、一人のサキュバスの妹作りたい欲によって回避されていたらしい。

 結果として魔界は荒れたが、人間界は救われたということか?

 いや、スケールが大きすぎて判断がつかない。


 「……あんたは、本当に……」

 「さあ、もう寝ましょう? 明日からは忙しくなるわよ。難民たちを働かせて、私たちの楽園を広げないとね」


 お姉さんは俺を抱き枕のように抱え込み、毛布にくるまった。

 この人の腕の中は、世界の命運すら左右する台風の目だ。

 俺はその中心で、魔王という神輿に担ぎ上げられている。


 「……はぁ。おやすみ」


 俺は考えるのを放棄して目を閉じた。

 七十年近いツケを払わされるのが俺だとしても、今は体力を回復させるのが先決だ。

 温かくて柔らかい、けれど世界一危険な“お姉ちゃん”に包まれながら、俺は深い眠りへと落ちていった。

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