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10話 玉座の使い道と丸投げの統治術

 自称魔王の一団が嵐のように去ったあと、村には奇妙な静けさが訪れていた。

 俺とイリスお姉さんは、これから領地となる村の中を歩いて回ることにした。


 「……なんというか、普通だな」


 石畳ですらない土の道。木と土壁の家。

 畑で働く人々は、鍬を振るい、手押し車を押し、汗を流している。

 屋敷にあったような便利な魔道具は一つもない。

 水は井戸から汲み上げ、火は薪で起こす。

 前世の記憶にある古い田舎の景色と、そう大差ない光景だ。


 「魔界ってもっと魔法で溢れてるのかと思ったけど、意外とそうでもないんだな」

 「魔道具は希少でかなりの高級品だもの。こんな辺境の村には回ってこないわ」


 お姉さんは、道端の子どもに愛想よく手を振りながら答えた。

 その子どもは、母親に「目を見ちゃいけません!」と慌てて隠されるのを見て、俺は苦笑した。

 警戒されているが、それは当然だ。

 いきなり現れた新魔王と、前の魔王を震え上がらせた美女という組み合わせなのだから。

 一通り村を巡り、広場に戻ってくると、一人の老人が待っていた。

 杖をつき、背の曲がった、いかにも村長といった風体の男だ。


 「……お初にお目にかかります。この村の長をしております」


 村長は深く頭を下げた。

 顔に浮かぶのは、恐怖よりも諦めのような色が濃い。


 「前の魔王……いえ、あのごろつき達を追い払っていただき、感謝いたします。して、今後は魔王ミア様がここを治めると?」

 「あ、ああ。そういうことになる」


 俺が頷くと、村長は「そうですか」と淡々と受け入れた。


 「この辺りは魔王の入れ替わりが激しい土地柄でしてな。強い者が来ては去り、また別の者が来る。……村人にとっては、税が重すぎず、乱暴狼藉を働かなければ、誰が座ろうと同じことですじゃ」


 枯れた声で語られる処世術。

 なるほど、この村の人々は慣れているのだ。

 支配者が変わることは、彼らにとって天災や季節の移ろいと同じ、日常の一部に過ぎない。


 「期待はされていない、ってことか」

 「勝手に期待を持たれて、裏切られるよりはマシでしょう?」


 お姉さんが横から口を挟む。

 村長は目を伏せ、「ごもっともで」と肯定した。

 なんだか悔しい。

 俺はただの次の通りすがりとして見られている。

 別に尊敬されたいわけじゃないが、舐められっぱなしも癪だ。


 「で、何か困りごとはないか? 新しい領主として、聞くだけは聞くぞ」


 俺がそう言うと、村長は少し驚いた顔をして、それから数人の村人を手招きした。

 どうやら、最初から陳情を用意していたらしい。

 最初に進み出てきたのは、不安そうな顔をした中年男だった。


 「あ、あの……井戸の木枠が腐って壊れそうでして……。直そうにも、良さそうな木材がなくて困っとります」

 「井戸か」


 水は生活の要だ。これは重要だ。

 俺は広場の真ん中を見やった。

 そこには、さっきまで自称魔王が座っていた玉座もどきが放置されている。

 有り合わせの材料で作られた木製の椅子だ。

 座り心地は微妙そうに見えるし、そもそも広場にあるのは違和感しかない。


 「あれを使え」


 俺は玉座もどきを指差した。


 「へ?」

 「あの椅子だ。素材は悪くない木を使ってる。バラせば井戸の枠くらい作れるだろ」

 「え、ええっ!? しかし、あれは前の魔王様の……」

 「いらない。邪魔だ」


 ばっさりと言い放った。

 まずセンスが悪いし、俺が座ることもない。

 ならリサイクルした方がいい。


 「あんなガラクタより、水の方が大事だろ。さっさと解体して井戸を直せ」

 「は、はいっ。ありがとうございます!」


 男は目を輝かせ、仲間を呼んで玉座の解体にかかった。

 センスの悪い椅子が、あっという間に資材へと変わっていく。

 村人たちが「おお……」とどよめく。

 権威の象徴を実用品に変えたことで、少しは話のわかる奴だと思われたかもしれない。


 「次は?」

 「は、はい! 実は、ヤギが一頭逃げ出してしまいまして……」


 次に進み出てきたのは、涙目のおばさんだった。


 「森の方へ行ってしまったんです。でも、あっちには魔物が出るから探しに行けなくて……」

 「魔物か」


 俺はちらりと、村の外れにある森の方角を見た。

 視界の端、草むらの影に、見覚えのある丸い耳が動いているのが見えた。

 昨日のネズミの魔物たちだ。

 どうやら心配して、あるいは興味本位でついてきていたらしい。


 (……ちょうどいい)


 俺は森の方へ向き直り、右手を軽く上げると手招きする。


 「いるんだろ。来い」


 短く命じると、草むらがガサガサと揺れた。

 現れたのは、人間の子どもほどの大きさがあるネズミの魔物たち。

 村人たちは驚き、悲鳴を上げて距離を取る。

 だが、魔物たちは俺の前まで来ると、行儀よく整列して腹をぺったりと地面につけた。


 「お前たち。逃げたヤギを探してこい。……傷つけずに、連れてくるんだぞ」


 俺が身振りでヤギの角を作り、連れてこいと指示を出すと、ネズミたちは「キーッ!」と元気よく鳴いて散らばった。


 「メェェェ!」


 数分もしないうちに、森の奥からヤギの鳴き声が聞こえてくる。

 数匹のネズミに追い立てられるようにして、無傷のヤギが戻ってきた。

 ……結構賢いな、あいつら。


 「すごい……魔物を、手足のように……」

 「ありがとうございます! 魔王様!」


 おばさんがヤギに抱きつき、俺に向かって深々と頭を下げた。

 周囲の村人たちの目つきが変わる。

 ただの子どもではない。魔物を従え、自分たちに益をもたらす力ある者だと、認識を改めた目だ。

 意外と悪くない気分だ。

 こういう扱いは前世ではなかったので、俺は少しだけ胸を張った。


 「よし、次は?」

 「あの、うちの婆さんの腰が痛くて……」

 「隣の家のいびきがうるさいんですが……」

 「今夜のおかず、何にしたらいいですかね?」


 ……だんだん、内容が雑になってきた。

 井戸やヤギはわかる。領主の仕事と言えなくもない。

 だが、腰痛や献立の相談まで俺がやるのか?

 魔王は便利屋じゃないぞ。

 俺はちらりと横を見た。

 お姉さんが、面白そうに俺の采配を眺めている。


 「……お姉さん」

 「なぁに? 魔王様」

 「あとは任せた」


 そのままくるりと背を向けた。

 俺は魔王なんだし、少しは仕事を投げてもいいだろ。


 「え?」

 「村の警備計画を考える。細かい民草の悩みは、優秀な側近であるお姉さんに一任する」

 「あら、人使いが荒いわね」

 「適任だろ?」


 お姉さんは一瞬きょとんとして、それから嬉しそうに微笑んだ。


 「ふふ。……ええ、そうね。王が些事に煩わされるべきではないわ。任せてちょうだい」


 お姉さんが一歩前に出ると、村人たちは一斉に姿勢を正した。

 そこから先は、見事なものだった。

 腰痛には簡単そうに治癒魔法をかける。特別よ、と恩を売りつつ。

 騒音トラブルには冷徹な仲裁を。

 献立には、荒野で手に入る香草を使った料理を提案し、次々と列を捌いていく。


 「さあ、大したことない陳情があるなら、今のうちに言ってごらんなさい?」


 完璧だ。完璧すぎて怖い。

 俺は広場の隅で、てきぱきと村人からの陳情を裁くお姉さんを眺めながら、小さなため息をついた。

 玉座を壊し、魔物を使い、面倒ごとは丸投げする。

 ……まあ、最初の統治としては、悪くない滑り出しなんじゃないか?

 そう自分に言い聞かせていると、仕事を終えたお姉さんが、獲物を狙うような目つきでこちらに歩いてきた。


 「さあミア。私の仕事は終わったわ。……次は、私を褒めてくれる番よ?」


 その甘い声に、俺は背筋を伸ばした。

 ご機嫌取りという名前の仕事は、どうやらこれからのようだ。

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