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遠い旋律  作者: 神山 備
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二人だけの演奏会

そうやって、お互いの気持ちを打ち明けたりしたけれど、私たちのスタンスは今までと何ら変わらなかった。それでも気持ちはつながっている、そう思うだけで私は安心できた。


定期演奏会が終わった後、高広は私に、

「今度、ウチ来る?」

と急に言い出したので、私は狼狽えた。

「な、何よいきなり。」

「さくらにオレのソロ聞かせたことないなぁと思ってさ。それに、さくらのギターもじっくり聴いてみたいしさ。」

あ、何だそういう事か。ちょっと期待して?損した。

同じ高校の出身という事以外、何の接点もない私たちは、

高広がオケで演奏したのと、私が楽器店の商品ディスプレーでちらっと弾いたくらいしかお互いの音を知らなかった。


それで、私は自分のギターを抱えて高広の家に行った。

チャイムを押すと、彼はすぐに出てきて開けてくれた。

「今日、みんないないから、安心して上がって。」

…ってことは2人っきり?!私の心臓は一気に跳ね上がった。

「他の家族がいると、さくらが気を遣って思いっきり演奏できないと思ってさ。」

やっぱりね…そんなことだろうと思ったわ。


高広の部屋に案内してもらって、まずは彼のバイオリンの演奏を聴く。カッコつけの高広はいつにも増してカッコよくて、思わずぼーっと見入ってしまった。私、バカっぽい顔になってたかも。


そして、次は私の番。高広はデニムのポケットに手を突っ込んだまま、立って聴いていた。

「やっぱ、さくらはすげーよ。」

「そうかな、高広の方がすごいよ。」

「絶対にさくらの方がすげーって!オレはきれいには弾けても、あそこまで情感たっぷりには弾けない。」

「そうね、カッコつけが災いしてるかもねっ。」

高広の賛辞に私は意地悪くそう言ってやった。

「痛いとこつくよなぁ。」

高広はため息混じりにそう返した。

「でも、サイコーにカッコ良かったよ。」

「ホントに?」

私がカッコ良かったと言うと、高広は私の顔を覗き込んで確認した。

「…ホントよ。」

私は急に高広の顔が近づいてきたので、ドキドキでつっかえそうになりながらそう答えた。

私の答えを確認した高広は、すごく嬉しそうな顔をしたすぐ後、一瞬『痛っ』っていう表情になって…

「オレ、コーヒーでも入れてくるわ。」

と、急に落ち着かない様子になって、そそくさと部屋を出て行ってしまった。


部屋を出た高広は、インスタントのコーヒーとポットを持って戻って来た。

「あんたが淹れてくれるんじゃなかったの?」

私はそう言いながら、コーヒーをカップに入れてお湯を注いだ。

「インスタントなんだから、誰が淹れようが大して変わんねぇじゃん。」

帰って来た高広はなんだか不機嫌になっていた。いつもみたいにしゃべってこないから、会話が続かない。何か私、悪い事でも言ったっけ…だけど、思い当たる節はないし、何だか気まずかった。


「じゃぁ、私帰るわ。」

私がそう言ったら、

「えっ、もう…ああ…そうだな、玄関まで送るわ。」

と何か奥歯に物が挟まったような返事が返ってきた。何か言いたそうなんだけど、高広はそれを口にはしなかった。


そして、玄関まで来た時、ドアを開けて近所の高校の制服を着た女の子が入ってきた。

「お兄ちゃん、ただいま!」

「お、おお、お帰り。」

女の子がそう挨拶をすると、高広は何だかすごくマズイって顔になった。

「お兄ちゃん、お客さんだったの?」

「うん、まぁ…紹介するわ。三輪さくら(一旦はそこで切ろうとしたけど)…さん。高校の先輩。さくら(でも、ここで『さん』つけるの忘れてる)、コレ妹の久美子。」

久美子ちゃんは高広に似たかわいい女の子だった。彼女はぺこりとお辞儀して言った。

「はじめまして、妹の久美子です。兄がいつもお世話になってます。」

「べ、別にお世話なんてしてもらってねぇよ。」

「うふふふ…三輪さん、ゆっくりしてってくださいね。」

そううそぶく高広を横目で見ながら、久美子ちゃんは私に向かってそう言った。

「あ…いえ、今もう帰るところですから。」

「あ、そうなんですか?」

「じゃぁな、また連絡するわ。」

そして、高広は右手を挙げながらそう言うと、自分の部屋へ戻ろうとした。それを見た久美子ちゃんは、

「お兄ちゃん、せっかく来てくださったのに、駅まで位送って行ったら?」

と高広を非難した。

「いいですよ、行きだってちゃんと迷わず来れたし。」

駅からそんなに遠くないし、道も迷うようなとこ、なかったもん。だけど、高広はちらっと久美子ちゃんのほうを見て急に

「あ、やっぱオレ送って行くわ。ちょっと待ってろ、今ジャケット取ってくっから。」

と言うと、部屋から慌ててジャケットを取って戻ってきた。


「別に良いのに…」

家を出た後、送って行くと言った割にはずんずんと1人先を歩く高広に私はこう言った。

「…」

「何?聞こえない!」

高広の前を歩きながらの声はぼそぼそとしていて、私には聞き取れなかった。私が聞こえないと言うと、彼はさっきよりもう少し大きな声で言った。

「…あのまま家に居たら、さくらのこと…久美子に質問攻めに遭いそうだったからさ…」

あ、そうか…そうだよね。でも、送った後帰っても同じだと思うけどな。ま、いっか。

「それにしてもさくら、おめー歩くの遅せーよ。貸せ、ほら!」

それから高広は、そう言うと、ジャケットのポケットに突っ込んでいた手を出して、私のギターを引っつかむと、もう一方の手で私の手をギュッと握り締めた。彼の手はとても暖かかった。

高広は私の手を引っ張って、そのまま何も言わずに駅まで歩いた。


(もしかして、怒ってるんじゃなくて照れてるの?)私はそれが分かってホッとした。



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