32.私がすべきこと
厄災は、唸り声を上げている。
何と言っているのかは分からない。判別もつかないそれは、地鳴りのように響き、死滅した大地を真っ黒に染め上げていた。
「こうなっては一国だけでなく世界が滅ぶ。だから、生贄と魔術師が時戻りの魔法を唱えた時、許可を出した。
三人の共通の願いとなる起点が……お主だったからだ」
「私が……?」
「そうじゃ。『婚約者が幸せになるように』『妻と娘が幸せになるように』『妹のように大切に思っていた女性が幸せになれるように』全てにおいて願われたのは、お主の幸せじゃった」
まさか、それは、まさか。
ありえない。ありえるはずがない。
だって、それじゃあ、まるで、生贄二人と魔術師が、──ありえない人物になるではないか。
「ありえない。ありえません。特に二人は……自分が生贄になってでも私たちを救いたいと思うなどしないはず」
「だが、実際に神問をし、時が戻っておるじゃろう」
「でも! そうだとしても、命を差し出すんですよ? そんな、軽々しくできるものではないはずです」
私が生贄の立場だったら? きっと恐怖に慄くだろう。
死んだら何もできない。ただ、無になるだけだ。
そこに温もりの欠片すらない。
あるのは、果てしない寒さと、虚しさと、無念ばかりだった。
「ふむ。お主の言うことももっともじゃ。だが、真実なのじゃ。そして本題はここからじゃ。
お主はまだ闇に囚われておる」
「え……?」
「ラセット公爵家出身のお主の素地は地の性質。じゃから前のお主は地縛霊となり、闇と混ざり怨霊と化し、最終的には厄災となった。闇の加護がクセモノじゃ。よう分からんのがついとるんじゃよなぁ」
神様は再びふーむ、うーむ、と飛び回る。
闇の加護……と言われても、何の事かサッパリ分からない。
「うーむ、これが増幅器となり、厄災になったのかの? じゃが、そこまで強くもないのに不思議だの」
どうやら私には闇の加護がついているらしい。
そんな物騒なもの、いつ付けられたのだろう。
神様にもよく分からないものが無害とは思えない。
「じゃが、闇なら光を取り込めばよろし。お主が光の公爵家にいるのは不幸中の幸いじゃの」
「そうなのですか?」
「おおとも。ブランシュ公爵家にいるから、闇が抑えられているとも言えるじゃろう。
当主が無意識に魔法を発動させとるのかもしれん。それにお主も当主を愛していたからまだ間に合った。これも、無意識下で求めていたのじゃろうの」
神様の話は荒唐無稽で思考が追いつかない。
私が厄災にならないためには、ブランシュ公爵家──カールハインツのそばにいた方がいいという事なのだろう。
自分がそうなってしまうと信じ難いが、確かにユリアーナを殺された時に感じた絶望、失望、後悔、憎悪、怒り……
その全てが凝縮され、エネルギーとなって全身を駆け巡りどこかへぶつけたい衝動にかられた。
霊体だったから何もできなかったが、今もし同じ状況ならば──……
「闇を打ち消さねば、ユリアーナを殺すのがお主になってしまう可能性がある」
それは許しがたい事だった。
殺されたユリアーナの幸せだけを求めて蘇ったのに、私がそうするなんて、意味がない。
誰よりも優しく、誰よりも聡明で、私に躊躇なく手を伸ばしてくれる子。
この世界のどんな存在より、幸せになってほしい。笑顔でいてほしい。
そう、願っているはずなのに。
「どうすれば……私は厄災にならずに済みますか?」
その方法があるならば、迷わずに実践したい。
ユリアーナが幸せになるために、惜しんでいられない。
「光の根源は慈しみ。誰かを愛し、誰かに愛される事でその力を増す」
神様の言葉に絶望が増した。
「それ以外でありませんか? こう、眩しい! やばい、光があふれる! みたいな」
「そうなるために言うておるんじゃ。闇を打ち消すのは『愛』。誰かを愛する気持ちが光に変わる。古い書物にも書いておる。
『汝、隣人を愛せよ。己が如く、慈しみ、大切にせよ。それが光となる』とな」
誰よ、それを言ったのは……!
今更誰かを愛するなんて、できるわけがない。
私が厄災にならないためには、光のブランシュ公爵家当主であるカールハインツのそばにいたほうがいいらしい。
離婚できないのであれば、愛人を作らなければ愛する対象は一人しかいない。
何この強制力。何この嫌がらせ。
諦めた頃になぜやって来る? 勘弁してほしいわ。
「今更どうやって愛せよっていうの……」
「家族なんじゃから、邪険にはせんじゃろ?」
「光の当主が今まで邪険にしてきたから、私は愛されずに闇落ちして死んだんですよ。ロッテの毒がなくてもいずれアルコールで死んでました」
「それも闇に囚われたからじゃ。とにかく、娘の幸せのためにも、光の当主とどうにか慈しみあうことじゃの」
神様は「おやつの時間じゃ」と言って消えてしまった。
大変な爆弾を置いていってしまった。
本当に今さらすぎる。
私はもう、恋愛ごとはこりごりだ。
ましてやその対象がカールハインツだなんて、あんまりだ。
かといって愛人を作るあてもない。詰んだ。
「……そうだわ。ユリアーナ……。ユリアーナを愛すればいいのではないかしら」
それならば意識しなくてもできる。
あの子が幸せになるためならば、何でもしてあげたい。
笑顔を絶やさないように、憂いを取り除きたい。
……そういえば、ラルス殿下の行動が、まるでユリアーナのために動いているような気がする。
一度は会わないといけないかもしれない。
神様に再会して、私がこれからやるべき事が分かった。
ユリアーナを幸せにする事。
ユリアーナを失って絶望して厄災になるならば、ユリアーナを失わないように守ればいい。
そして、厄災にならないようにする事。
ユリアーナを守るためには、私が絶望に囚われないようにしなければならない。
カールハインツを愛することは、後回しだ。
できるかできないか分からない事は、考えない。
「よし、そうと決まれば」
──その数日後。
王宮から一通の招待状が届く。
それは、再びラルス殿下の婚約者候補を募るものだった。
「死に戻った私は、冤罪で殺された娘の幸せだけを求めます」をお読みいただいている皆様
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
当作品はカクヨムナツガタリ落選時より毎日更新を続けて参りましたが、現在進行中の案件が動いたこと、何より、本業がとてつもなく多忙になってしまったことで、執筆時間が思うように取れず、ストックがなくなってしまいました。
本話で第二章が終わり、次回からごちゃごちゃしたお話をまとめながら、忘れられてそうなあれやこれやを回収していく予定なのですが、ここで一旦充電期間をいただきたく思います。
再開予定は今月中を目標としています。
とりあえず、本業が落ち着いたらまた再開したいと思います。
(本業は苺農家です。只今最盛期で、収穫数を更新しております…。嬉しい悲鳴です…)
お楽しみ中の皆様にはまたお待たせしてしまいますが、御了承いただきますよう、お願いいたします。
再開時も、カクヨム先行となります。
カクヨムの定時は18:30
小説家になろう、アルファポリスは翌日の6:30
以上が定時となります。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m




