29.友人との再会
夜会でイルゼ様の懐妊が発表されて、帰りの馬車の中でカールハインツに問いただせば、神妙な顔をしていた。
「あなたは……知っていたの? イルゼ様のご懐妊を」
「……ああ」
まあ、そう、そうよね。
国の宰相で、リュディガー殿下の一番の側近だもの。知らないはずがないわ。
けれど、それを私には言わないでいた。
……信用がなかったから?
「マリー、王族の懐妊は安定するまでは迂闊には言えない。命を脅かされるからだ。発表された後の警備体制を潤沢に整えるためにも、俺を含めた何人かの側近にしか知らされていなかった」
言っていることは分かる。
やっかみで流産させられた、なんてことが無いように、秘匿する理由は納得がいく。
それでも私の中で腑に落ちなかった。
帰宅したあとも、私は放心状態だった。
「お帰りなさい、お母さま」
「ただいま……」
ユリアーナの出迎えにも呆然として上手く話せない。
イルゼ様は友人だった。
それなのに知らされていなかったことが悲しいのかしら。
私は……信用されていなかった……?
──ああ、感情が黒くなる。
まるで何かに支配されて、周りに呪いを振りまきそうな程に──……
「マリー!」
「お母さま!」
二人の声がして、我に返る。
それまでの黒い感情は、どこかへいってしまった。
「私……」
「お母さま、疲れていらっしゃるのね」
「今日はもう休もう」
二人が心配している。私は素直に頷き、自室へ上がった。
湯浴みを済ませ、ベッドに横になる。
イルゼ様の懐妊で、前回はいなかった新たな命が誕生する。
それは明確に前回とは異なる未来を歩んでいるということだろう。
死から甦り、私はまだ何もなし得ていない。
辛うじて、ロッテの凶行からユリアーナを守ったくらいだ。
それだけで未来が変わったとは言い難い。
もしかして、本当に私以外にも記憶を保持している人がいる……?
仮にそうだとしても、どんな条件で記憶を持っているのかは分からない。
だが、イルゼ様、もしくは周りの誰かがそうと仮定すれば、前回との大きな違いに納得がいく。
「久しぶりにイルゼ様にお会いしてみようかしら」
うじうじ悩んでいても、仕方がないものね。
それにラルス殿下の婚約の行方も気になるし。
翌朝、私は早速カールハインツ経由でイルゼ様に面会を申し込むことにした。
「マリーから頼みごとをされるなんて……。任せてくれ。必ず、面会を取り付けるから。予定が空いていなければ空けていただくようにお願いするから」
「お暇なときで構いませんから」
「絶対に明日か明後日にはお会いできるようにするから!」
喜び勇んで王城へ向かったカールハインツ。
案外こういう使い方もできるのかもしれない。
その夜、カールハインツは見事に明後日の面会を取り付けてきた。
「ちょいちょいっと予定をずらして空けて、了承を得られたよ」
褒めて褒めて、えへん、と誇らしげに言う彼を適当に褒め、面会のときに話す内容を考える。
まずはご懐妊の祝福を。
そして──
考え始めた私のドレスの裾を、誰かに引っ張られる。見てみると、ユリアーナだった。
「お母さま、王太子妃殿下にお会いするの?」
「ええ。お母さまの友人なの」
ユリアーナは目を瞬かせ、俯き、もう一度顔を上げて言った。
「お母さま、私もついて行っていいですか?」
なんですと?
「私も王太子妃殿下にお会いしてみたいです」
ユリアーナのきらきらの瞳で見つめられると弱い私。あ、抗えない、抗えるわけがない。
「え、えーと、お、お父様に聞いてみましょう」
「ユリアーナも行っておいで」
「ほんとですか?」
カールハインツぅぅうううう!!!!
「王太子妃殿下にしっかりとご挨拶するんだよ。帰りにお父様の仕事場にも寄っていいんだよ」
「お仕事中にお邪魔はできませんから、終わったら帰りますね」
カールハインツは大変ショックを受けているようだ。ユリアーナ、ドライだわ。
でも……大丈夫かしら。
ラルス殿下に会わないといいけれど。
そんなこんなで翌々日、私はユリアーナ共に王城へやって来た。
馬車を降りて、案内人の先導で先日も来た王宮内へ入って行く。
「こちらでございます」
「ありがとう」
案内人が扉を叩き、中から懐かしい声がして思わず胸の辺りをぎゅっと握る。
すると左手もぎゅっとされて見てみれば、ユリアーナと目が合って、にこりと微笑まれた。
その可愛い笑顔を見て少し緊張が和らいだところで扉が開かれ、中へと促された。
「いらっしゃい、久しぶりね、マルレーネ」
「イルゼ様……、お久しぶりです」
お会いするのは何年ぶりだろうか。
アカデミーを卒業し、それからずっとだったから、前回も含めると10年以上はこうして面会していなかったと思う。
ソファに座っていたイルゼ様が手招きをされ、私たちも中へと入って行く。
「あなたがユリアーナね。はじめまして」
「今日はお会いできて光栄です」
「まあ、立派なレディね」
ユリアーナがカーテシーをすれば、イルゼ様は朗らかに微笑んだ。そうでしょう、そうでしょう。
ユリアーナのカーテシーは六歳の子にしてはブレがないのだ。ここまでできる子は中々いないだろう、と自負している。
……まあ、教えたのはマルテとクラークだけれど。
促されてソファに座り、使用人がお茶とお菓子を並べ退室したところで本題に入る。
「イルゼ様、ご懐妊おめでとうございます」
「ありがとう。リュディガーやラルス、それにあなたの旦那様まで安定期に入るまでは秘匿しておこうって言われて、知らせも入れられなかったの。ごめんなさいね」
「いえ、驚きましたが、事情は分かりますので気になさらないでください」
リュディガー殿下が秘匿するのは分かる。あの方はイルゼ様に頭が上がらないのだ。
前回の噂はどうあれ、私の知る限りでは婚約していたときから溺愛し、大切にされていた。
だが、ラルス殿下も……? と、引っかかった。
また、カールハインツもなぜ? と。
「今回は、ラルスにどうしても弟妹がほしいとねだられたの」
「ラルス殿下から……ですか?」
「ええ。王族の後継者が一人じゃ心許ないって。
血を繋がなくてはならないのに、自分がフォルクハルトの二の舞いになったらどうするのだと説得されてしまって」
あの茶番劇王子が……まだ幼い頃からそんなことを言っている、というのは、強い違和感を感じる。
確かに、前回愛していたはずのクラーラを、今回不敬罪で捕らえさせたのはラルス殿下だ。
その行動の変わりように、まさか、とは思うが、そう思えば腑に落ちる。
これは、確かめたほうがいいのかもしれない。
彼はユリアーナの破滅に深く関わる人物だ。
敵か味方か、見極めねばならない。




