26.下らない理由
「今度、王宮主催の夜会があるのだが」
ある日の朝食の席でカールハインツから言われたが、私には関係のないことだ。
「行ってらっしゃいませ」
夜会といえば、結婚してから二人で行ったことがあったかしら? というくらい、記憶に無い。
カールハインツは時折出席していたらしいが、確かそのときは愛人を帯同していたとか言われたな。
実際は愛人なんていなくて、彼女たちの見栄か嫉妬かなんだろうけれど。
私は王家主催などの必要なときだけ行って、挨拶だけして帰っていた。
それでも結婚した当年くらいのものだった。
惨めな姿を親や友人に見られたくなくて、誰にも会わないように早々にお暇していたっけ、と今となっては懐かしささえ感じる。
「きみも一緒に行くんだ」
カールハインツに凄まれ、目を瞬かせる。
最近の彼はやたらと私と一緒にいたがる。
宰相の仕事は少しずつ引き継ぎをし、仕事量を減らしているせいか夜は屋敷にいる。
時折遅くなっても、ユリアーナがまだ起きている時間帯には帰ってきて、寝る前にお話しているそうだ。
ユリアーナの前でだけ取り繕えばいいのに、と面倒くささをぐっと堪え、だがやはり私は行かなくてもいいのでは、という気にもなる。
「その……私たちが一緒にいないと、ユリアーナが心配する。これから先、親しい友人以外のお茶会に出向いたとき、両親の不仲説を周りに聞いて不安になるかもしれない」
……確かに、親から聞いた話を子どもたちは簡単に噂として話してしまう。
子どものコミュニティと侮るなかれ。
貴族の噂話とは、面白おかしく囁かれ、尾ひれ胸びれ腹びれ背びれまでついてくるのだから。
「ユリアーナのためならば……仕方がありませんが、私は夜会に出席するのに相応しいドレスを持ちません」
行っても不愉快な思いばかりだったので、最近は出席すらしていなかった。
ガリガリに痩せていたから仕方がない。
「それなら……きみに相応しいドレスはある」
「……え?」
「夜会の度に……作らせていたものが……」
ボソボソと呟く彼の顔はほんのりと赤い。
それより、この男は何と言っただろうか。
私の耳が悪くなっていなければ、夜会の度に作らせていたドレスがあるとか言っている気がする。それって、夜会の度に揃いのドレスを作っていて、どこかに保管してあるってことで合ってるかしら。
結婚してから何度夜会があったのかなんて考えたくもない。
近くにいたサイラスに目をやれば、戸惑うようにクラークに目を向けた。
クラークはため息を吐き、やれやれと言う風に頭を振る。
「奥様はご存知ないかと思いますが、旦那様に申し付けられて、夜会ごとに揃いの衣装をご用意させていただいております。奥様が今までご出席なさったいくつかの衣装は、旦那様とお揃いのものもございます」
……ということは、私は知らずにカールハインツからのドレスを着ていたということ?
……だから、周りからやっかみを受けていた……とか? いやいやいやいや、まさかね。
「揃いの衣装を仕立てておきながら、なぜお一人で参加なさっていたのですか?」
普通は夫婦揃って出席するはずだ。
だが彼は一人で行っていたし、誘われたこともなかった。招待状の存在すら知らない。
気まずそうに目を逸らし、押し黙る。そんな様子を見て、クラークは大きなため息を吐いて呆れていた。
「奥様、旦那様は」
「いい、待て、……自分で言う」
眉間にシワを寄せ、唇は真一文字に引き結び、目は忙しなく瞬きをする。
咳払い、あたかも言いたくなさそうにしている。
「まあ、言いたくないなら、どうでもいいのですが」
「言う、言うから。……その、ただ、理由を言ったところで呆れられたりするかもしれないが」
「もう既に呆れ返っておりますから、今更かと」
「ぐっ……」
引き際が悪いし、どうせ聞いたところで下らない理由だろう。聞くだけ無駄のような気もしている。
「きみが…………からだ」
「はい?」
「きみがっ! ……すぎるからだ」
ボソボソと言う怪しい男の声は聞こえない。
顔を真っ赤にして、頭をがしがしと掻いている。
「言う気が無いならはっきり」
「きみが! きれいすぎるからだ!!」
カールハインツが顔を真っ赤にして叫ぶ。
はっきりと聞こえたはずだが、私の頭は理解することを拒絶していた。
「はぁ?」
「きみは自覚がないかもしれないが、きれいすぎる。幼い頃から可愛かったし、段々美しくなって、周りの男たちからどんな目で見られていたか知らないだろう?」
「……はぁ……」
「きみに合わせて衣装を仕立てた。それを見るのが楽しみだった。だがきみを見た男たちがどんな邪な目で見るか分からない。だから、俺は……きみを隠したかった」
うーん、理解不能だわ。
この人は何が言いたいのかしら。
私の理解が及ぶ範疇で解析すれば、私がきれいすぎるから他の男性に見せたくなかった、とかで合ってる?
うーん、ひとかけらも理解できない。
えーと、こういう男性のことを何て言ったかしら。死んでいたときに『萌える』を教えてくださった方が、確か……言ってたのは……
「控えめに言って、気持ち悪い?」
「ぐふっ」
「無能の上に冷害クズ野郎?」
「ごふっ」
「お父様カッコ悪過ぎます……」
「うぐぅっ……」
ユリアーナにトドメを刺されたところで、カールハインツは再起不能になった。
前回の私、こんな男を愛していたのか……
これは葬り去りたい歴史の一つになってしまったわ……
「今までそんな下らない理由で夜会に一人で行かないといけなかったなんて、思いもしませんでした」
「……申し訳無い」
「今まで知らなかったことをまとめれば、結局、あなたは自分が一番可愛いのですわ」
仕事にかまけて私たちを蔑ろにし、使用人たちにバカにされる隙を与えた。
そして一度、私は殺された。ユリアーナさえも、犠牲になった。
時を戻っていることは知らないだろうから、今のカールハインツには何も言えない。
だが今までの冷遇の結果は出ている。私が正気に戻ったから前回のような最悪の事態は回避したと思うが、そんな下らない理由で虐げられなければならなかったのかと力が抜ける。
「返す言葉もない。本当に、申し訳無かった。格好悪いと嫌われたくなくて、現実を見ないようにしていただけだった。本当に、下らない……本当に、バカだった」
彼は落ち込んでいるが、落ち込みたいのは私の方だ。
「お母さま」
「言わないで、ユリアーナ」
娘から憐れまれているような目線が痛い。
カールハインツのいいところ、なぜ愛していたのかを思い出そうとしても思い出せない。
前回の記憶が朧気にしても、その気持ちをなくしてしまうなんて思わなかった。
「今度の夜会は一緒に行くのでしょう?」
「ああ」
「お母さま、お父様は放っておいて、楽しんできてくださいね」
ユリアーナに言われれば、……うん、そうね。
カールハインツのことは忘れて、楽しみましょう。
私は考えることをやめた。




