23.その笑顔のために
時を遡り、死んでいた私は肉体を得てこの世に甦った。
死に際に手を握られた時の温かさを大切にしたくて、今世こそは手を握ってくれた娘──ユリアーナの幸せのためだけに生きると決めた。
「あのね、今までお母さまとお父様とあまりお話できなかったでしょう? だから、こうしてお話できるのが、とても嬉しいの」
頬に手を添えて、瞳を輝かせながら言う我が娘は誰よりもかわいい。
私は確かに自分を犠牲にしてまでもこの笑顔を絶やさない、と決意した。だが。
「ちょっと前まではお仕事ばかりで忙しかったお父様は、最近夜はお屋敷にいらっしゃるし、お母さまも痩せていらしたけれど今はとても美しくなられたわ。だから、お二人が並んでいる様を見るのが、私の幸せなの」
えへへ、と笑うユリアーナに対して、私は自然に笑えているだろうか。たぶん否だ。どうしても引きつってしまう。
何度でも言うが、私はユリアーナの幸せを願っている。望みは何でも叶えてあげたい。
「そ、そうなの……」
どうしよう、苦笑いしかできない。どう答えたらいいかしら。
「そういえば、お父様はどちらへ?」
「え、ええ、領地のことがあるから、と家令に呼ばれて行ったわ」
「そうなの……。まだ陽も高いから、三人でお庭でお茶会ができたらいいな、と思っていたのだけれど……」
ユリアーナがしゅん、と俯いてしまった。
う……こ、これでは私が悪みたいじゃない?
正直、カールハインツには必要以上に会いたくない。
でもユリアーナのこんな表情を見たら、私の嫌な気持ちは呑み込まなくてはならないじゃない?
ええい、腹を括れマルレーネ!
お前のやるべきことは、ユリアーナを笑顔にする事だ。そのためには何でもやると決めたでしょう?
「お父様は執務室にいらっしゃると思うわ。一緒に行ってお誘いしてみる?」
「いいの?」
「ええ。あまりにも忙しそうならお断りされるかもしれないけれど、そのときはお母様とピクニックしましょう」
ユリアーナは嬉しそうに笑い、コクコクと頷いた。
手を繋いで執務室を目指す。ユリアーナは少し緊張気味のようだ。
目的の場所に到着し、扉を叩いた。
「どうぞ」
聞き慣れた声がして、私まで緊張が走る。思わずユリアーナの小さな手を握る力がこもってしまった。
「お母さま、大丈夫ですよ」
「えっ? ……あ! ごめんなさい、強く握りすぎちゃったわね」
「私は平気です。おかげでドキドキが取れました」
逆に励まされてしまい、その頼もしさに惚れるところだったわ。
「失礼いたします」
「……ユリアーナ? と、マリー……? どうした? 何かあったのか?」
侍従と共に書類の見比べていたらしきカールハインツは、顔を上げて手を止めた。
「お忙しい中、失礼いたします。お父様、お手すきであればお庭でお茶会をしたいのですが、いかがでしょうか?」
「お茶会……?」
今までこういう事はなかったせいか、カールハインツは驚き、戸惑っているようだ。
返事が無い事にユリアーナの手を握る力が少し強くなった。
「まだ陽も高いし、お天気もいいから、とユリアーナの提案なんです。お忙しいのであれば、日を改めますわ」
「あ……すまない。いや、その、……私が一緒にいてもいいのか?」
今までの不甲斐なさを気にしているのだろうか。
私達が嫌そうにした事はないが、積極的に踏み込まれても……まあ、確かに私の気持ちとしては突っぱねてしまうだろう。
「お母さまと、お父様と一緒にお茶会をしたいのです。お仕事ばかりでは疲れてしまうでしょう? ですから、どうかな、と思いまして」
なおも誘うユリアーナに、言葉が見つからない様子。
嫌なら嫌でも構わない。私とユリアーナだけでも問題ない。
「ユリアーナ、お父様は……」
「行く! 行くよ。行きます。きみたちがいいなら、行く。いいだろう?」
侍従に聞けば、片眉を上げて頷かれた。
どうやらカールハインツはお茶会に参加するらしい。
ユリアーナを見れば、目が合った。とても嬉しそうな顔をして、今にも飛び跳ねそうな勢いで喜んでいる。
「ありがとうございます、お父様! 早速準備しますね!」
「あぁっ、ユリアーナ! 走るのは、はしたないですよ!」
「今日は見逃して!」
嬉しいのは分かるが、あんなにはねっ返りのようだったかしら? とため息が漏れる。
前回も含め、今まで大人しく、聞き分けのいい子だったが、あんな一面もあるのだと驚いた。
だが、今の方が子どもらしくていいのかもしれない。
ユリアーナには笑顔が一番似合う。
「んんっ」
声がした方を見れば、カールハインツが立ち上がり、なぜか咳払いをしながらこちらに向かって来た。
「……行くのだろう?」
ぶっきらぼうに腕を差し出す。エスコートをするつもりかしら?
「早く。ユリアーナが待っている」
そっぽを向きながら、気のせいかしら。耳が赤い気がするわ。
……そんな反応、求めていないのだけれど。
でも、紳士淑女として、礼節は重んじなければならないし、先程ユリアーナも私たちが並んでいるのを見るのが幸せだて言っていたわ。
ここは一つ、女は度胸ってところの見せどきね。
「早く行きましょう」
ええい、ままよ、と言わんばかりに差し出された腕に手を添える。
硬くて、温かくて、慣れない感触に緊張感が走る。
並んで廊下を歩いていると、メイドたちが頭を下げて見送ってくれた。
広庭にはお茶会のためのテーブルが準備されているところだった。
どうやらユリアーナが采配し、あれこれと指示を出しているようだ。
「あ、お母さま、お父様! こちらです!」
小さな手を大きくぶんぶんと振る様の可愛らしいこと。
嬉しそうに笑い、楽しそうに手を振る。
少しは並んできた甲斐があったというものだ。
「お母さまは、こちら。お父様はこちらです」
指定席に座ると、ユリアーナは控えていたメイドに合図を送る。
私の隣になるように円卓を囲み、ユリアーナは向かい側に座った。
「今日はようこそいらっしゃいました。お時間の許されます限り、おくつろぎくださいね」
どうやらユリアーナはお茶会の主催をしてくれるらしい。
あまりの可愛らしさに悶えてしまいそうで喉がぐるっと鳴った。
「素晴らしい席をご用意いただき、ありがとうございます」
カールハインツがユリアーナに便乗する。
ちらりと目配せをされ、私も向き直った。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。私も、楽しませていただきますね」
戸惑いが先にあってぎこちなくなった気もするが、ユリアーナに微笑んでみせる。
すると、ふわっと花が綻ぶような笑みが返されて、誰もいなければ転がりまわって悶えたいところだった。
もちろんそれは淑女として眉を顰められてしまうため、心の中で存分に悶えることにした。




