22.婚約の話し合い
貴族として生まれたならば、結婚問題は避けては通れない。
婚約とは、そこに愛情があろうがなかろうが、家の関係を強固にするために結ばれるものだ。
特に我が国カシミニアは、公爵家の存在意義が他の国と変わってくる。
六大公爵家が血を繋ぐことで、国に張られた結界が維持される。
この結界はあらゆる脅威から国を守るとされ、公爵家が存続することが肝だ。
ゆえ、王家と公爵家が乱れるとき、国が荒れるとされている。
外からの脅威には強いが、中から攻撃されては弱いからだ。そのため、強固な結束を必要とし、婚姻を結ぶことで互いに監視をしてきた。
だが、今の状態は、不安定だ。
フォルクハルトの婚約破棄騒動から間もない次の世代でも、婚約破棄騒動が起きる可能性を秘めている。
恋に溺れ、恋に破れ、人間関係が乱されていく。
公爵家も同じ。私も当事者の一人だ。他人事ではない。
時が戻る前は恋が原因で早くに死んでしまった。
今、ユリアーナはまだ六歳。
まだ、恋を知る年齢ではないだろう。
今はシュバルツ様と仲がよくても、将来的にどうなるか分からない。
「……マリー?」
「えっ? ……あ、す、すみません」
「驚かせてしまったかな?」
「いえ。……あの、ヴァイス様」
「うん?」
「私は、ユリアーナの幸せだけを願っています。
だから、婚約は、ユリアーナの意思を尊重したいです」
ヴァイス様は真剣な表情をしている。
本来ならば、王家を除けばいい縁談だと思う。
ユリアーナも仲良くしているし、同じ年頃の令息の中でも条件もいい。
次男だからブランシュ公爵家に婿入りも可能だ。
だが、自分の経験から、うまくいくばかりではないと知っている。
「幼いうちに婚約者を決めても、アカデミーに入学する頃に人間関係が変わってしまうこともあります」
──フォルクハルトだけではない。
カールハインツも、誤解だったとはいえ、夢中になるものが見つかると、私たちの関係性が曖昧になってしまった。
時を戻る前のシュバルツ様はどうだっただろうか。
ラルス殿下の側近だった気がするが、常にそばにいただろうか?
「マリーの言うことはもっともだね」
ヴァイス様の言葉にはどこかトゲがある。
もっともそれのトゲは、私にではなく隣にいるカールハインツに向けられていると思えるのは、目線の先がそうだからだ。
ちらりと隣を見てみれば、無表情で睨む男がいる。
ヴァイス様は幼い頃から私を思いやってくれていた兄のような存在だから、義理の家族のような存在に責められて居心地が悪いのだろう。
「……私も、ユリアーナの気持ちを尊重したい」
カールハインツが口を開く。
前回は勝手に婚約を取り付けてきたが、今回はまだそのような気配はない。
ヴァイス様はしばし見据え、ソファに背をもたらせた。
「二人の気持ちは分かった。ではこちらも、シュバルツの気持ちを聞いてからとしよう。男女のいらない諍いは避けるが無難だからね」
ヴァイス様の言葉にホッとして息を吐く。
政略結婚とはいえ、お互いの意思が反発してしまっては元も子もない。
せめて尊重しあえる関係を築ける相手であってほしい。
「それはそうと、ユリアーナ嬢はラルス殿下……王家からの打診は来ていないのか?」
「今のところはまだ。ユリアーナが候補としては一番だと思っているのですが、王家からはお話はいただいておりません」
「そうか」
ヴァイス様は考えるような仕草をする。
私としては、ラルス殿下の婚約者を早く決めてほしいというのが正直なところだ。
いつユリアーナに打診が来るか分からない。
王命を出されれば、臣下として答えなければならないため、ユリアーナに婚約者がいた方が都合がいいが、慌てて決めてもいいことはない。
王家も公爵家も、後継者問題は頭を悩ませるものだ。
確実に次代へ引き継ぐため、慎重に調査されて決められる。
カールハインツが勝手に決めたとはいえ、調査はなされたはずだ。
「ユリアーナは、王家にはやらない」
考えていると、カールハインツの声がした。
「ユリアーナはひとり娘だ。ブランシュ公爵家の後継者として育てるつもりだと、国王陛下にはすでに伝えてある」
ヴァイス様も、私も、カールハインツを見て目を見開いた。
前回と違う行動に鼓動が速くなる。
どうして? あなたはユリアーナが邪魔なのではないの……?
「確かに、きみたち二人にあとが続かないなら、ユリアーナ嬢が後継者となるのは当然だが……」
時を遡り、私とカールハインツの寝室は別だ。
当然ユリアーナの弟妹ができるはずもない。
「……マリーは身体が弱っているから、今後出産できなくても、ユリアーナがいる。ユリアーナが嫁ぎたいなら家門から養子をもらう。直系ではないが、ブランシュ公爵家の血は繋げる」
結界は直系であるほど結びつきが強固となる。
血筋を絶えさせないようにと、女児を家門に嫁がせたり、次男以降に爵位を与えたりして一族を増やしてきた。
長男長女が代々繋いできたものが直系、それ以外は傍系にあたる。
私とカールハインツの間に、これ以上子を授からないならば、ユリアーナに負担がいくのではないだろうか。
──けれど、ユリアーナの幸せのために、次の子を作る気にはなれなかった。
ユリアーナには好きな道を歩ませて、次の子には足枷をつけるのか、と思うと、それは違うような気がした。
「……とはいえ、ラルス殿下の候補の筆頭は、ユリアーナ嬢で変わらないだろう。このまま他が見つからなければ、覚悟はしておいた方がいいだろうな」
ヴァイス様の言うとおりだ。
だが、伯爵家以上であれば、候補はそれなりにいるはず。
全ての家が断らない事もないだろうが……
──ああ、ボルク伯爵家のクラーラがいたわ。
きっとそこで決まるわよね、と私は安易に考えていた。
シュバルツ様との婚約は一時保留となった。
帰宅して、改めてユリアーナの意思を確認してみた。
「確かにシュバルツ様は適任だと思いますが……、たぶん、エルナ様を好きなんじゃないかなって」
なんですと?
「シュバルツ様はエルナ様とお話してる方が楽しそうだもの。私のときはちょっとそっけない気がするの」
……なんですと?
「結婚って、ずっと一緒にいるってことでしょう? だから、私はちゃんと私を見てくれる人がいいわ」
これは……女子二人と男子一人、どう解釈したらいいか分からないわね。
エルナ様をなんとも思っていないから、楽しくてしゃべれるのかもしれないし、ユリアーナといると緊張してうまくしゃべれないのかもしれない。
それならばまだマシだ。
むしろ、エルナ様を好きで、興味の対象がエルナ様にしか向いていないから、ユリアーナにはそっけない。
このパターンだと、ユリアーナが婚約者になると大変だ。
へたをすると、ユリアーナがお邪魔虫になってしまう。
それは許されない。
「いいのよ、ユリアーナ。あなたの婚約者を今慌てて決める必要はないわ。シュバルツ様とエルナ様の気持ちも大切にしないといけない。だから婚約の件は保留にします」
「……ありがとうございます、お母さま」
ユリアーナがはにかむように笑う。
ああ、この笑顔を見れただけで、私は天に召されても構わない……
いや、まだだ、まだ心残りばかりだ。まだ死んでられない。
「あのね、お母さま」
「なあに?」
「私、婚約者ができるより、お母さまとお父様が仲良しな方が嬉しいわ」
……なんですと?




