16.予想外の新事実
「ラルス殿下の婚約者は保留だそうだ」
晩餐の席でカールハインツは言った。
ユリアーナは婚約者にはならなかった。けれど、ラルス殿下の婚約者は決まらなかった。
だからまだ安心はできない。
ユリアーナの様子を窺うけれど、気にした素振りもない。
だからユリアーナには記憶は無いのかもしれない。
「それから、ボルク伯爵家は……というか、再婚した女性とその令嬢は、不敬罪が適用された」
上の空で聞いていた私のステーキを切る手が止まる。
不敬罪が……適用?
「あの後……席を外したとき、国王陛下に進言した。あの母子は王家の目の届く場所で管理したほうがいいと」
事も無げに淡々と話すカールハインツを見て、警戒心が湧いてくる。
「わざわざ王家に管理させるのですか?」
あなたの愛人と娘なのに? という言葉は喉奥で止めておく。
「ああ。思えばフォルクハルト元殿下の婚約、その他数組の婚約を改変させ貴族社会を荒れさせた罪として、たった数年牢獄に入っただけというのが生温すぎたんだ」
そしてカールハインツは、私の予想を超える発言をした。
「フォルクハルト元殿下の子を身篭ったからと言って、温情をかけたのがそもそもの間違いだった。殿下もろとも処刑していればよかったんだ」
「……は? ……え?」
この男は何と言っただろうか。何を言っているのだろうか。
誰が……フォルクハルトの子を身篭ったと?
「まさか……」
私の様子を訝しんだのか、カールハインツは真面目な顔をして見返してきた。
「食事が終わったら話がある」
それだけ言うと再び食事を再開した。
私は彼の言うことが上手く呑み込めず、そのせいかステーキの味が分からなくなった。
晩餐が終わり、自室に戻ってソファに座ると身体がずんと重く感じた。
私はずっとティアナはカールハインツの愛人で、クラーラはカールハインツの血の繋がった娘だと思っていた。
前回私が死んだあと、すぐにティアナを後妻として娶り、ユリアーナをそっちのけにして二人を溺愛した。ユリアーナのそばにいた私はそれを目の当たりにしてきた。
それはブランシュ公爵家の後継者としてクラーラを手元に置いておきたかったのではなかったの……?
仮にクラーラがフォルクハルトの子なら、他人の子でも可愛がるくらいティアナを愛していたの……?
──ああ、気持ちが黒くなる。
私が見ていたアレは、あなたの愛おしげに見る視線は何だったの?
本気だったからこそ、クラーラを止めずユリアーナが虐げられるのを止めなかったのではないの?
思考の渦に嵌り巻き込まれて、心が吹き荒ぶ。
もう、二度とこんな思いはしたくないの。
せっかくやり直す機会を貰えたのだから、ユリアーナと二人、穏やかに過ごしたい。
「マルレーネ」
ソファに座り蹲る私を、室内に入って来たカールハインツが心配そうに見上げていた。
そんな目で見られたことなど無かった。
私も、ユリアーナも、ずっと放っておかれて、心配なんてされたこと一度も無かった。
「あなたは……クラーラは……あなたの娘ではないの……?」
どろどろと、とぐろを巻いたように私を雁字搦めに縛り、真っ黒に染め上げては嘲笑う。
ティアナの笑みが、クラーラの恍惚の表情が、私とユリアーナを飲み込んでいく錯覚に襲われる。
「違う。クラーラは……フォルクハルト元殿下の子だ」
「嘘よ……嘘だわ! あなたは私と婚約していたときからティアナと親密だった!」
「アカデミーの頃は王太子殿下の派閥にいただけだ。友人関係ではあったが、彼女はフォルクハルト元殿下と恋人関係だったから……」
嘘だわ。ここにきてそんな事実が許されるはずがない。
ロッテも言っていた。使用人たちだって、ティアナと結ばれていればと言っていた。
「フォルクハルト元殿下の処遇が遅れたのはティアナが身篭っていたから、真実に王家の子か確かめる必要があった」
生まれた子はティアナと同じ髪色で、フォルクハルトと同じ碧眼だった。
王家の子に受け継がれるロイヤルブルー。
ラルス王太子殿下も同じ色だ。
「きみはずっと……クラーラが私の子だと……思っていたのか……?」
哀しげに瞳を揺らがせ、カールハインツは私を見つめた。
「あなたは……ティアナには表情を緩ませていたわ。私には……目も合わせてくれなかった。
ユリアーナを授かっても、私たちを顧みることはなかった」
前回の行動を併せても、ティアナを愛していないと周りに思わせる方が困難だ。
ロッテの行動も把握しておらず、私が死ぬのをみすみす見逃した。
「あなたが本当に愛しているのは、ティアナなのでしょう?」
これでティアナを愛していないと信じろという方が無理だ。
カールハインツを見ていると視界が滲む。
悔しくて、愛しているのに報われなくて死んでしまった前回の私が、悲鳴を上げて泣いている。
今だって信じられない。
カールハインツが明日ティアナとクラーラを連れて来ても不思議じゃない。
私とユリアーナを捨てて再婚すると言っても驚かない。
胸が痛んで頬が濡れる。拭いたくても手を握られていて身動ぎもできない。
雫がカールハインツの手の甲を濡らす。
どうしようかと逡巡する間に、硬い胸に抱き寄せられた。
「すまない。私の今までの愚かさのせいで、きみを……ユリアーナを傷付けた。償っても償いきれない」
しっかりと頭を抱き寄せられ、カールハインツの悔恨の言葉が室内に響く。涙は彼の肩に吸われ濡れていく。
「マルレーネ……マリー、私は……私が愛するのはきみとユリアーナだけだ」
そんな……バカな。
そんな、そんなバカげた事実があるはずがない。
腹が立って、力任せにカールハインツを押し退けようとするけれど、しっかりと抱き留められて動けない。
それでももがくが、抱き締める力が強くなった。
「信じられないだろう……な。私は今までずっときみを、ユリアーナを蔑ろにしていた。
自分が間違っているとも思わずに、正しいと思っていた。だがそれは大きな間違いだった」
前回の最期の慟哭のような叫びが蘇る。
ユリアーナが弑されたとき、カールハインツは血まみれになるのも構わず抱き上げた。
「守っているつもりだった。
仕事に熱中していれば、きみたちの生活は守れる。贅沢させてやれる。望みを叶えてやれる。
きみたちはただ、公爵家で優雅に過ごしていればいい、そう、思って……バカみたいに……」
何を、言っているのだろうか。
そんな独りよがりの考えで、私たちは死なねばならなかったのか。
「あなたは……あなたは勝手だわ。あなたのその自分勝手な考えで、私たちの生活は脅かされた」
「すまない」
「今は生きているからいいと思っている? では死んだらどうするつもりだったの? 人は簡単に生き返らないのよ……?」
「……ああ。……すまない」
謝れば済む話ではない。
それで許しては、一度は死んだ私たちが報われない。
「私はあなたを許さないわ」
「……ああ」
抱き締める力が強くなる。
それでいい、と言うように。
あなたを愛して死んだ私は喜んで泣いている。
けれど今の私には抱き締め返す力は無かった。




