15.婚約者再会のお茶会
とうとうこの日がやって来た。
今日は王太子殿下の友人候補となる者が集うお茶会の日。
私と仕事を休んだカールハインツも同席して見守っている。
──そう。
何故か、カールハインツまでいる。
「皆の者、今日は集まっていただき感謝する。
今日は我が息子であるラルスとの交流を深めていただきたいと思っている。
ラルス、挨拶しなさい」
国王陛下に促され、ラルス殿下は壇上に立った。
前回はこういう催しあったかな? と頭を捻らせるけれど記憶に無い。
「今日はよろしくお願いします」
ラルス殿下はあまり乗り気でないのか、表情も乏しく声も小さい。
王妃殿下が背中を支えているけれど、何かあったのかしら?
ユリアーナの様子は、というと、ラルス殿下をじっと見ている。
というか、今気付いたが、空より深く海より明るい青色のドレスに、所々黄色の差し色が今日のユリアーナの格好だけれど……
金髪碧眼のラルス殿下のお色では!?
私の視線に気付いたユリアーナはハテナを浮かべたような表情で微笑んだ。
ちょ、ちょっと、待って?
その可能性は全く頭に無かったけれど、時戻りをした私に記憶があるように、まさか、ユリアーナにもあったりして……?
そうこうしているうちに、ラルス殿下がそれぞれの円卓を回ることになった。
参加者はそれぞれ円卓に着席し、まずはラルス殿下の訪れを待つスタイルだ。
全ての参加者を回ったあと、気になる令嬢令息の所へ行くらしい。
「ラルス殿下のおなりです」
従僕の方が宣言されたので、椅子から立ち頭を下げた。
ユリアーナは見事なカーテシーをしている。
六歳になったばかりなのに、見事な! カーテシーを!
「面を上げよ。……宰相の娘だったのか」
「初めまして、ユリアーナと申します」
ユリアーナがゆっくりと顔を上げる。
二人の目が合った瞬間、今まで呆然としていたラルス殿下の目に光が宿った気がした。
「ユリ……アーナ……」
小さく呟いたあと、ラルス殿下の顔がくしゃっと歪んだ。
けれどすぐにハッとなって「今日は楽しんでくれ」と次の座卓へ行ってしまわれた。
着席してから、ユリアーナは少し寂しそうに微笑んだ。
「お気に召されなかったみたいですね」
そんなことないと思う。どちらかと言うと──
「ユリアーナ、殿下に召されなくても他にも候補は沢山いる。今日は交友を拡げる場だと思えばいい」
意外にもカールハインツがフォローした。
前回は彼がユリアーナとの婚約を取り付けていた。
今回も同じようにするかと思えばそうではないらしい。
「ありがとうございます、お父様。そう思うことに致します」
ユリアーナは微笑み、目の前のお菓子に手を伸ばした。
……どういうつもりだろう。
前回と行動が違いすぎてカールハインツの動向が読めない。
今日この場に来たのも──
私が思考し、ラルス殿下がそれぞれの座卓を巡回し伯爵家に差し掛かる頃、この場にそぐわぬ声が響いた。
「素敵な王子様、はじめまして! クラーラと言います! よろしくね!」
ああ、そういえば、伯爵家の養子となったクラーラもこの場にいるんだった、と眉を寄せた。
ということは、クラーラの母であるティアナも……
チラリと声がした方を見て、腑に落ちた。
カールハインツはきっとティアナの様子を見に来たのだ。愛人と、愛しの娘の。
大胆だと思わないこともないけれど、ボルク伯爵家に入ったらしいティアナに、おいそれとは接触できないから思いが燃え上がっているのかもしれない。
私同伴ならば夫婦で交流することは、不自然ではないからそれを狙っているのだろう。
とはいえ、アルビーナ様と離婚して間もなく再婚したエッカルト様とティアナ様は渦中の人だ。積極的に関わりたくないわね。
「……娘の躾がなってないようだな」
「申し訳ございません」
「奥方の顔が変わって間もないのに、よく顔を出せたものだ」
「なっ……!」
「お前たちと交流するつもりはない。これ以上の恥を晒したくなければ伯爵とデニス以外は帰らせろ。ここは正当な貴族の血を引く者たちの集まりだ」
──え?
え? ……え?
な、にが起きているの……?
「王子様酷いです……。私はこの日を楽しみにしていましたのに……」
「僕はきみとは交流したくない。二度と顔を見せないでくれ」
吐き捨てるようにしてラルス殿下は座卓をあとにする。
嫌悪と憎悪と、何故か焦燥が混ざったような表情をしてこちらを見た──ような気がした。
けれどすぐに目を逸らし自分の席へと戻って行く。
気のせいか、なんだか顔色が悪い気がした。
残されたティアナとクラーラは屈辱だったのか顔を真っ赤にして俯向いている。
私は予想外のことに呆然としていた。
もちろん、私だけでなく周りの者たちみな呆気にとられていた。
「少し席を外す」
カールハインツが私に小さく耳打ちしてきた。
驚き過ぎて肩が跳ねる。
「え、ええ……」
「ユリアーナを頼む」
言われなくてもそうするつもりだ。
しかしなぜ、と思う間に理由が分かった。
ティアナがその場から逃げ出していたのだ。
クラーラは俯いたままだが、ティアナはエッカルト様の静止を振り切り駆け出した。
それを追い掛けたかったのか、と納得した。
仮にもこの場に妻も娘もいるのに、ね。
落胆で疲れがどっと出てきた。
「お母様、あとは自由なのでしょう? 私、お友達を作りに行ってきてもいいかしら?」
「え? え、ええ、もちろんよ。行ってらっしゃい。一人で大丈夫?」
「ええ。では行ってきます!」
ユリアーナはニコリと笑うと、少女らしく行ってしまった。誰かお目当ての子でもいたのかもしれない。
私は小さく溜息を吐くとお茶を飲んだ。
少し温くなったけれど、今の私にはちょうどいい。
「あの……すみません、公爵夫人」
二人がいない今、どうしようかと思案すると声がした。
「ラルス殿下」
「その……ユリアーナ……嬢はどちらへ行かれましたか?」
「ユリアーナ? え、と、他の子と交流しに席を外しております」
ラルス殿下は小さく溜息を吐き、「そうですか」と明らかに落胆したようだ。
ま、まさか、ユリアーナを気に入ったの……?
あの短時間で?
確かにユリアーナは可愛らしいし、他の子と比べて素晴らしいと自負しているけれど。
「ユリアーナ嬢は僕のこと、何か言っていませんでしたか?」
「い、いえ、特には」
──あ、また、この瞳。
焦燥と悲嘆と慟哭が混ざったような瞳。
「そうですか……。すみません、失礼いたします」
しょぼんとして離れた殿下は、後ろ姿に哀愁を漂わせている。
このなんだか可哀想な背中の持ち主が、前回ユリアーナに婚約破棄を突きつけてクラーラに求婚した茶番劇の主人公だったのよね……?
……いいえ、絆されてはだめよ。
そう、茶番劇の主人公。
ユリアーナを不幸に追いやった張本人なんだから。
忘れてはいけない。
ユリアーナが受けた痛みを。
けれど、今の彼はまだ何もしていない。
先程クラーラに対して不快感を隠しもしなかった。
それがなぜだか引っ掛かる。
それからしばらくラルス殿下の動向を見ていたけれど、どうやらユリアーナを探しているふうだった。
けれどユリアーナはどこまで友人探しに行ったのか、ラルス殿下とは会わないままお茶会の時間は終了した。
カールハインツは、というとすぐに戻って来ていた。
そのまま愛する人を救うヒーローのように二人で消えるかと思ったけれど、そうではなかったらしい。
前回と違うことが起きている。
私だけの行動で、というには態度が変わりすぎている気がする。
そういえば、神様は最後「協力」と言っていた。
他にも記憶がある人がいるならば──
味方になってくれるかもしれない?
──そんなはず、無いわね。
例え味方になってくれても、前回何もしてくれなかった人たちばかりだわ。
一番近いのは、ユリアーナをみすみす危険な目に遭わせた父親と婚約者。
今回ばかりは阻止するわ。




