12.味方
あれから穏やかに時は過ぎ、何の問題も無くユリアーナは間もなく六歳の誕生日を迎える。
前回私はユリアーナが六歳のときに儚くなった。
今はそんな気配は無いが、時を戻ったとて運命がそう簡単に変わるとも思えない。
何らかの力が働き、いきなり命を奪われることもあるかもしれない。
カールハインツは頼れない。
使用人たちの件が落ち着くまでは公爵家にいたが、流石に王城の執務が滞ってしまったのか、王太子殿下に呼び出された。
現在の王太子殿下はリュディガーだ。イルゼ様が王太子妃殿下。
前回の二人は自分の息子である王太子の不貞を諌めもしなかった。
アカデミーの頃は一緒にいてくださって心強かったのに失望が強い。
二人にも頼れないだろう。
だから私は、前回自分が頼らなかった実家へ行くことにした。
「お嬢様? ……マルレーネ様! お帰りなさいませ!」
「え? お嬢様? 本物?」
先触れはしていたけれど、帰るなり実家の使用人たちに驚かれ、そして思いの外歓迎されているように見えた。
「旦那様にお伝えして! 至急!」
「マルレーネ様、どうぞこちらへ。ユリアーナ様も……ようこそラセット公爵家へ」
ユリアーナも連れて来たけれど、使用人たちのあまりの歓迎ぶりに驚いて固まってしまっている。
無理も無い。私ですら固まってしまったから。
「ユ、ユリアーナ・ブランシュと申します。よろしくお願いします」
先に我に返ったユリアーナは、ドレスを摘みお辞儀をした。
それを見た使用人たちはみな動きを止め魅入っている。
誰も動かない、動けない中、態勢を戻したユリアーナがおろおろとし始めた。
「かっ」
そこへ、野太い声が響く。
「可愛い! 美しい! 素晴らしい! 我が孫娘がこんなにも……!」
「あなた!」
奥から怒涛の勢いで走ってきたのは私の両親だった。
「マルレーネも……久しぶりだな」
「お父様」
久しぶりに再会したお父様は、少しシワが増えた気がした。
お父様を最後に見たのはユリアーナが生まれた日だった。
カールハインツは不在の中、クラークが連絡してくれたのか両親揃って来てくれたのだ。
その後は私は荒れていたから、もしかしたら訪問してくれたこともあったかもしれないけれど、会うことは無かった。
同じ公爵家とは言えど、光のブランシュと闇のノワールは他の公爵家と格が違う。その為気軽に会える仲でもなかった。
「何度も公爵家には行ったし手紙も書いていた。だが侍女に突っぱねられていてね。お前たちが会いたくないならば、と手をこまねいていたのだが、考えてみれば私たちの娘と孫なのだから、何も遠慮することはなかったな」
思えば結婚して一度も実家には戻っていなかった。
カールハインツの愛が得られない、それを辛いと思うならばできることは沢山あったのに。
私が拒絶していたからお父様たちは途方に暮れるしかなかったのだろう。
前回も頼ることはしなかった。
「これからは遠慮なく頼らせていただきますわ」
真面目な顔をして言えば、お父様も真面目な表情を返した。
「……ユリアーナはお祖母様と庭を見ておいで」
お父様の言葉にユリアーナは不思議そうにしながらもお母様が優しく手招きすると、遠慮がちに私から離れた。
チラチラと気にしていたので、行ってらっしゃいと促すと小さく頷いて手を繋いで庭へ向かった。
「公爵の話は聞いている。お前たちを蔑ろにしているのだろう?」
「おかげさまで死に損ないました。公爵からすれば私がいなくなったほうが都合が良かったのでしょうが」
「あのバカが……。マルレーネを守ると言うから結婚を許可したのに」
渋い表情のお父様を見て、出された紅茶を一口含む。
一度は婚約解消を検討した相手だった。
カールハインツが解消を拒み、私を守ると言い切り、また私も彼と別れることを選べなかったのでお父様は渋々結婚を許可した。
それがどうだ。
社交界では私たちの不仲が囁かれ、カールハインツには愛人までいると噂もある。
私を守るとは、とお父様からすれば笑わせるなと言いたいところだろう。
公爵家であった出来事は、包み隠さずお父様に告げた。
「お父様、私はユリアーナを守りたいのです。
ユリアーナは王太子殿下のひとつ下。おそらく婚約者候補として名前が挙がるでしょう。
しかし王族は信用できません。先の王太子殿下が婚約破棄をしたように、ユリアーナも同じ憂き目に遭わないとも言い切れない」
歴史は意図せず繰り返すものだ。
私たちの世代ではフォルクハルトが婚約破棄をした。歴史が繰り返さないとは言い切れない。
現に前回の生で現王太子殿下のラルス様はユリアーナと婚約しておきながらクラーラに乗り換えた。
更に断罪しながら求婚するという暴挙をしでかしたのだ。
また同じことを繰り返さないとも限らない。
「なるべくユリアーナと王太子殿下の婚約を回避したい。けれど、二大公爵家である以上、王家を支える双璧であることは免れられない。
だから、私はせめてユリアーナが婚約を破棄されたときの為に逃げ道を作っておきたいのです」
理想は婚約しないこと。
けれど王家に命令されれば避けられない。
だから私は破棄されたことを考えておきたかった。
「待て、待て。ユリアーナは聡明ないい子だと聞いている。王太子殿下も先の婚約破棄を知らぬわけではないだろう。伯父がしたことを反面教師として国王陛下らも口酸っぱく諌めるだろう」
「いいえ、お父様」
人間は、平時であれば理性的に振る舞うことができる。だが。
「恋をすれば、誰しもが判断力を失います。
愛する人の為に何でもしたくなる。
その先で破滅しようとも、犠牲者が出ようとも、己の愛を貫くためには手段を選ばない者もおります。──フォルクハルト元殿下のように」
ラルス殿下もユリアーナと出会った頃はまともだった。
お父様の言う通り、伯父にあたる男の末路を反面教師としていたはずだ。
だが結果はどうだ。
クラーラに出会い、クラーラを愛し、ユリアーナを間接的に殺した。
「私も……傷付きましたわ……」
カールハインツも恋を知り愛を知り、変わってしまった。
私も愛を求めておかしくなってしまった。
お父様はハッとした表情になり、顔を強張らせた。
「まだ、仮定の話に過ぎません。ですが、近い将来起こり得る未来の話です。
カールハインツが愛人を迎えた場合や、ユリアーナが王太子殿下と婚約をし、万が一にでも破棄されるようならば、私はカールハインツと離婚をします。
そのとき、ユリアーナだけでも……お父様に保護していただきたいのです」
前回は頼れなかった。
けれど今回は恥も偲んで頭を下げた。
「マルレーネ、頭を上げなさい」
お父様の硬い声が響く。
「愛する娘と孫娘を守る為だ。いつでも戻って来なさい。お前たちは家族だ。
私はラセット公爵家当主として、家族を守る義務がある。嫁いでも、お前は私の大切な家族だよ。
よく、無事だった。よく、生きていてくれた……」
お父様は立ち上がり、私を抱き締めてくれた。
ああ、前回の私は愛されていたことに気付かなすぎた。
カールハインツに愛されることだけが私の価値だと思い込み、それが叶わないだけで荒れ狂いティアナを恨み嫉妬した。
けれどユリアーナや両親はこうして惜しみなく愛してくれていたのに。
「お父様……ごめんなさい、お父様……!」
前回私が死んでしまったあと、お父様たちはどうしていただろう。
ユリアーナまで奪われて、嘆き悲しんでくれただろうか。
拒絶しなければ、私にも逃げ道があったのに。
今度こそ間違えない。
私を愛してくれる人を大切にしよう。
お父様たちの協力を取り付けて数日後。
ユリアーナが無事に六歳の誕生日を迎えた。
今年は色々あったので、家族だけのささやかなパーティーをした。
とはいえ、ユリアーナからすれば初めての誕生日パーティーだった。
カールハインツも何故かいた。
誰の誕生日にも帰宅したことなんてなかったのに。
けれどユリアーナが両親が揃い、祖父母が揃ったパーティーをとても喜んでくれたので嫌味を言うのは控えた。
それから更に数カ月後。
ティアナが出所したとの知らせが入った。




