10.二人が死んだあと【side カールハインツ】
目の前の惨劇が、スローモーションで流れていく。
ユリアーナの血飛沫が王太子殿下の顔を濡らし、その後ろに隠れている書類上の義娘は、恍惚の笑みを浮かべていた。
両陛下が王太子殿下の茶番に顔を曇らせ、興が冷めたと言わんばかりに席を立った瞬間だった。
「衛兵、その女を処罰して」
その言葉で一人の近衛兵が剣の柄に手を掛けた。
止める間もなくユリアーナの胸に剣が突き刺さる。
凍り付いた場を王妃殿下の声が支配する。
まさか、と。そんなバカな、と思いながら疑心暗鬼で出遅れた。
たった一人の大切な娘が。
最愛の妻が遺した生きた証が。
負の輩の命令によって、無惨にも狩り取られてしまった。
錯乱しながら捕らえられた衛兵は叫ぶ。
「クラーラ様ばんざい!」
王太子は使いモノにならず、ただ驚愕に目を見開き呆然としている。
クラーラは……かつての盟友で罪人の娘は、辺りに笑いを響かせながら衛兵が退場させた。
「ユリアーナ……」
私が唯一愛した女性であるマルレーネが生んだ娘。
母親に似て美しく、優しく、淑やかで、周りからの人望も厚いと聞いていた。
王太子殿下と仲睦まじいと聞いていたのに、なぜだ。
青白い顔、生気のない唇、細い身体。
何もかもが幻想のように霞がかったものが晴れて、そこに横たわるのはおびただしい血を流す容れものだけ。
何故だ。
何故、ただの罪人の娘ふぜいがユリアーナを弑すのだ。
何故、何故だ。
なんの為に……
なんの、為に……私は……
気付けばユリアーナの葬儀は終わり、ひと月が過ぎた。
「旦那様、何かお召し上がりください。このままでは死んでしまいます」
「マルレーネも、ユリアーナすら死んでしまった。私に生きている価値などない。死ねるなら本望だ」
執事長のクラークが訴えるが、願ったり叶ったりだ。二人がいないなら何の未練もない。
「カール、ちゃんと食べて?娘はまた生めばいいじゃない」
監視の為に毒婦を入れたことが間違いだった。
廃嫡なんて生温いことをせずに、処刑していれば良かったんだ。
「お前、まだいたのか。また生めばいいって、マルレーネはもういないのに?」
「……え?」
「誰が生むんだ? 私が一度でもお前を抱いたか?」
「カール……?」
「穢らわしい。お前がフォルクハルトと繋がっていなければ公爵家に入れなかった。
ユリアーナを害すると分かっていれば、出所したその日に殺してやったのに!!」
沸々と内に秘めた魔力が渦巻く。悲鳴も、叫びも巻き込んで爆発しようともがいている。
「止めときなよ、そんなことをしてもマリーは戻らない」
誰かの肩が手に置かれ、相殺されるように魔力がおさまっていく。
「ヴァイス……私は……間違っていた。誰よりも大切にしなければならなかったのに、誰よりも傷付けて死なせてしまった」
いつから間違っていたのか。
良かれと思った方は間違いで、結局楽な方に逃げて、取り返しがつかなくなってから過ちに気付く。
「そうだね。まずマリーと婚約したのが間違いだね。きみと結婚しなければまだ幸せでいられたし、今でもきっと笑顔を見せていただろう」
マルレーネとの出会いをなかったことにはできない。
ユリアーナの誕生を不幸にしてはいけない。
「仕事にかまけすぎて二人を蔑ろにしたのはいけなかったね。忠義よりも大切な二人だったのに」
フォルクハルトが廃嫡されて、リュディガー殿下が王太子となった。
過ちを繰り返さぬよう当時を知る者として正しく導かねばならなかった。リュディガー殿下からも懇願された。
さらに、フォルクハルトが市井に放り出され、裏組織と繋がっていなければ、ティアナなんか出所して放置しても構わなかった。
裏組織に匿われたフォルクハルトを誘き出す為に、ティアナを愛している振りをした。
ユリアーナに害が及ばないように、クラーラを可愛がり、王宮で匿う目的で婚約を取り付けた。
それがどうだ。
私に愛されている事を鼻にかけ、ユリアーナを害していたというではないか。
私のとった愚かな行動が、二人の死に繋がったと聞かされたときは絶望して頭がどうにかなりそうだった。
そして、マルレーネは病死ではなかった。
彼女の死体を埋めた墓地には、滅びの花が咲き乱れていた。
恐ろしい程の勢いで死体を食い破り、芽吹き、棺桶を突き抜け墓を荒らす毒花。
マルレーネに盛った毒は、ティアナに面会していたロッテがフォルクハルトを紹介されて手に入れた。
少しずつ盛ることで病死に見せ掛けられる。
そして死んだあとに、嘲笑うように墓の周りに咲き誇るのだ。
マルレーネの死因に気付き、リュディガー殿下に相談した。
ティアナに、ロッテに逃げられでもしてはたまらないので書類上だけは夫婦となった。
リュディガー殿下が即位され、宰相に抜擢された。
屋敷に帰る暇も無く忙殺される毎日。
フォルクハルトが裏に潜み、何かを企んでいると情報を掴むがなにも分からず、子を成したティアナと何らかの連絡を取り合うかもしれないと泳がせていたのも間違いだった。
私の傲慢さが、目論見の甘さが、二人を殺した。
マルレーネを見る度緊張で話せなくて冷遇してしまうのも、いつか、態度を改めなければと思いながらも彼女が病んでいくのを見る度愛されているのを実感してまた放置して。
「ヴァイス、私は二人に会いに逝く。ブランシュ公爵家は終わる」
「ふざけるな……! お前は光の公爵家を継ぐ者。
その血を繋ぐ義務がある。妻子が死んだなら、新たに娶れ。愛していなくても、それが公爵家の務めだ」
「私にはもう無理だ。子など作れない。直系は途絶えるが傍系がいる。無能な私よりよほどいい」
この国は六大公爵家と王家から成っている。
血を繋ぐことで均衡を保ち、対になる二家が互いに監視役を担っている。
光のブランシュと闇のノワール。
火のヴァインロートと水のチェレステ。
風のヴェールと土のラセット。
王家は全てを見張り、全てから見張られる。
均衡を崩すことはできない。
もしも一家が途絶えれば、そこから瓦解してしまう。
私もブランシュ公爵家当主然としていたはずなのに。
「……禁術を使えば、あるいは……」
「禁術?」
「ノワール家に伝わる禁術の一つに、時を戻す魔法がある」
但し、時を戻すには相応の対価がいること。
対価を支払っても、どれほどの時を遡るかはやってみないと分からないこと。
やり直すにあたり必要な記憶を保持しているとは限らないこと。
それから、光と闇と、王家が必要なこと。
「それでも、ブランシュ直系が滅びるならば、試す価値はあると思う」
ヴァイスは言う。
やり直せるならばやり直したい。
今度こそ、二人を守りたい。
覚悟を告げるとヴァイスは対価の話をした。
聞き終えたあと、私は目を瞑り頷いた。
数日後、全ての責任は自分たちにあると、国王陛下と王妃殿下は毒杯を賜られた。
残りはあと一人しかない。
ヴァイスと共に、私は塔を駆け上る。彼がいるだろう場所を目指して。
「失礼致します」
扉を開けると彼もまた毒杯を煽るところだった。
外の不穏な空気を察知したのか、罪悪感に耐えきれなくなったのか。
婚約者だったユリアーナを処刑するように命じたのは自分が信じた女性だった。
その責任を取り、両親は毒を煽ったことは知らないはずだが。
私は彼を説得した。
彼がいなくては時を戻れないから。
「ユリアーナがやり直せるならば……」
気が変わらないうちに、と頷き合い、早速準備にとりかかった。
「それでは儀式を始める」
ヴァイスが文言を唱え始めた。
魔法陣の中に立った私は、その全てを捧げる為にブランシュ公爵家に伝わる短剣で胸を突いた。
どくどくとあふれる生温かい生きている証。
私と同じように王太子殿下も胸を突く。
ヴァイスは悲痛に顔を歪め、それでもなお文言を唱える。
「きみたちの献身は忘れない。時を戻り、次こそは後悔することの無いように」
薄れゆく意識の中、いるかも分からない神に祈った。
どうか、マルレーネとユリアーナは幸せになれるよう。
私と離れても、二人だけは幸せに……
どうか……
そこで意識は途絶え、次に気付いたときにはマルレーネから睨まれていた。




