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ホラー系短編

一生瓶

作者: 涼風岬

 近頃、世間の人々の注目を浴びている物がある。それは一升瓶の中に入っているという。その中身は日本酒や焼酎の酒類、醤油や味醂みりんの調味料類、また人間が踏み入ることが困難な場所にある泉から湧き出ている水とか様々な噂がささやかれている。


 それに関して共通する噂がある。それを飲むと病気がよくなるという点だ。なので人々は入手しようと情報を血眼ちまなこになってき集めている。しかし、その物の出所でどころは上がってきてない。


 今のところ、確かと言える情報がある。それは、その物の名前である。それは『雫の溜まり』だ。入手者の家族や友人等が、そうラベルに記されていたとの複数の情報がある。その者たちからでも実物を撮影したり飲んだという情報は上がってきてない。


 周辺からの情報は多数上がってくるが、雫の溜まりを入手した者からの情報は一切上がってきていない。なので、一種の都市伝説化しつつある。


 それでも、信じる者は少なくなくネット上で情報収集している。彼らは専門のサイトを立ち上げたり、動画配信サイトで実在を熱弁したりしている。中には本物だと証明されたら一千万円で買い取るという金持ちすら存在して熱は冷めやらない。





 とある六十代の女性が雫の溜まりを手に入れた。彼女は箱を開け一升瓶を取り出す。それにはひもがかけられ折りたたまれた紙が同封されている。それは製品説明書のようである。そこには


『雫の溜まりは貴重な液体から成分を抽出し丹精込たんせいこめてつくり上げました。この世に、二つと御座いません。お口に合うと確信しております。創り上げた雫の溜まりで、これまでの人生を振り返る為に少しでもお役に立てればさいわいで御座います。ささやかですがお贈りさせていただきます。これまであゆまれた人生を振り返りながら、よく味わって御愛飲ごあいいん下さいませ』


と記載されている。





 彼女は余命三か月を宣告された末期癌まっきがんの入院患者である。そのため激痛に苦しんでいたが、雫の溜まりを飲み始めてから嘘かのように痛みがやわらぎ歩けるようになった。なので退院し、通院しながらの治療に切り替えた。





 それから一年ほどが経った。彼女は残り少なくなった雫の溜まりをコップに全て注ぐ。一升瓶はからになった。彼女は味わいながら一滴残さず飲み干す。


 その数日後、彼女は夫、子ども夫婦とその孫たちに看取みとられながら痛みに苦しむこともなく息を引き取った。彼女の表情は穏やかそのものだった。彼女を悼み、悲しみと感謝の涙が溢れた。





 とある五十代の男性が手に入れた。彼は心臓に持病があり薬を服用していた。しかし、雫の溜まりを飲み始めてから改善が見られ服用の回数が減っている。


 男性は雫の溜まりの一升瓶の専用ケースを特注し、肌身離さず持ち歩いている。それは誰にも飲ませたくないからである。ただの一滴さえもだ。


 男性は車庫に車を止める。そして専用ケースから一升瓶とショットグラスを取り出しグラスに雫の溜まりを少量注ぐ。そして、ちびちびと飲み始める。


 飲み終えると玄関へと向かう。その途中、激しい心臓発作に見舞われる。するともだえ苦しむ男性の脳裏に、苦痛に顔をゆがめる者たちの表情が次々と走馬灯のように駆け巡っていく。


 あくどい商売をしている男性が間接的に死に追いやった者たちの最期の瞬間の表情だ。それを見終えると男性は絶命する。その表情は男性の脳裏を駆け巡った誰よりも凄惨せいさんな表情を浮かべている。





 男性の葬式が執り行われている。涙する参列者が見られる。彼らは弔問しに来たのでなく仕方なく出席しているだけだ。彼ら全員が流してしている涙は嬉し涙だ。遺族さえもそうである。


 大半の参列者は悲しみの表情は見せているが涙はしてない。なぜなら彼らにとって、死んだ男性は葬儀場ですら涙を流す全く価値のない人間だからだ。その皆が帰ってから流すことだろう。そう嬉し涙を。





 今現在、雫の溜まりの創造主のかたわらに一升瓶が二本ある。創造主は交互にその二瓶を眺めている。


 女性の一升瓶は少しずつ雫が落ち溜まり続けている。一方、男性の一升瓶は今でもめどなく溢れ続けていている。

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