いまさら、水の聖女の私に戻って来てくれと言われても、もう遅い
一か月前に聖女を追放した王子は、憔悴しきっていた。
「聖女は、いや、聖女様の返事は?」
やつれた王子に、報告をする騎士団長。
「聖女様はこの国に戻ってくるのを拒否しました」
「これまでの十倍の報酬を出すことはちゃんと説明したのか。そうだ、国中の宝石をあいつの物にする法律を作ってもいい。土下座しろと言われたら、土下座する」
「そんなことをしても、聖女様は戻ってこないと思います」
「あいつが帰ってくれば、まだ間に合う。まだ間に合うんだ!」
「王子、現実をみてください。あなたはもう手遅れなんです」
一か月前に追放された元聖女ルルは、元気に売り子をしていた。
魔法石を発掘し、加工し、適正な値段をつけ、客に売る。
どれも高度な技能を必要とする過程だが、父親にそれらの技術を仕込まれたルルは難なくこなし、一日で必要な資金を手に入れることができた。
「王国から追い出された時にはどうなることかと思いましたが、魔法が使えなくなっても生活できるように仕込んでくれたお父様に、感謝しなければ」
食堂で山盛りのご飯を食べる姉に、妹のミリカはそのタフさに感心しつつあきれる。
「お姉さま。王国からあんな理不尽な扱いを受けたのに、よくそんなに食べられますね」
「よく食べて、よく寝る。それが、生きていくのに必要なことですよ。当面の生活資金は確保したから、のんびりと旅をしながら定住する場所を見つけましょう」
「そして、王国に復讐するのですね」
「しませんよ、そんなこと。無意味で愚かなことです」
「お姉さまは憎くないんですか。王国はさんざんお姉さまに魔法を使わせて、危機を乗り切ってきたのに、追放したのですよ。お姉さまが魔法を使えなくなるまで酷使した挙句、役立たずの聖女と罵倒したのですのに」
「過去のことは過去のことです」
ため息を吐きつつも、ミリカはそんな姉のことが誇らしかった。
「でも、王国のやつら、勝手に大混乱に陥っているみたいですよ。今頃になって、お姉さまが一人でやっていた水不足の対策ができなくて、近い将来に致命的になると理解したようです」
「前々から警告していたんですけどね。でも、正直、いい気味です」
「王子はお姉さまの呪いがばっちり効きまくっているそうです」
「あれはやりすぎました。反省してます。私もついかっとなってしまいました」
「当然の報いですよ。あのクソ王子は、お姉さまのことを侮辱しまくったあげく、追放宣言したんですから。でも、呪いの言葉なんて効くんですか?」
「人間の思考や行動は言葉に支配されやすいのですよ。本人が私の言葉をちょっとでも信じたら効力を発揮するのです」
それは聖女追放時の出来事。
「とっとと出ていけ。役立たずの聖女が」
大勢の前で聖女ルルを罵倒する王子。
ルルの味方は妹ひとりで、その他は王子に追随して魔法を使えなくなった聖女ルルを中傷していた。
ルルはこの王国から去ることを決断する。
ただ、一言ぐらいやり返したい気持ちが、ルルの心の中に生まれる。
「王子。私を追放すると、どうなるかわかっているのですか?」
「おまえはもう魔法を使えないのだろう」
「確かに、めぐみの雨を降らせるだけの力は、私にはもうありません。ですが、わずかばかりの魔力が、私には残ってます。この王宮で快適にすごせるようにいままで湿度を保っていたのが、私なのです」
「そんなくだらんものはいらない」
「私がいなくなると、水分がなくなりカラカラに乾燥した空間になると言うことです」
「だったら、どうした?」
「私が追放されたら、あなたはハゲます」
おわり