表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

魔性の百瀬さん

 人生で1番つらいことって、なんだろうか。


 千差万別な答えが挙げられるだろうが、俺はあえて言う。

 間違いなく人生で1番つらいこと、それは。


 それは、長年付き合っていた彼女にフラれることだ。

 

 行きつけのバーの入り口の前に立つ。今日はヤケ酒をしにきた。

 理由はもちろんお分かりだろう。俺の(元)彼女は、昨日の夜、荷物をまとめて出て行った。

 

 泣きたくっても涙も枯れてしまった俺は、今夜は酒に溺れてしまおうと思い立ってここへ来たのだ。

 ここのマスターはとても親身に話を聞いてくれるから、今日は酔い潰れるまで愚痴を言うつもりだ。


 しかし入り口のドアを開けると、見知らぬ女性店員がカウンターに立っていた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 マスターの姿はどこにも見当たらない。


「マスターなら、ちょうど今店を出ました」


「あ、そうなんですか……」


 キョロキョロと店内を見回していたので、マスターを探しているのがばれた。

 くそ、少し恥ずかしい。


 カウンター席に座りながらバーの制服姿の女性店員の胸元を見ると、百瀬ノノコと書かれた名札がついていた。

 見たところ高校生のようだし、新しく雇われたアルバイトの子だろう。


 そういえば、前に来た時お陰様で人手不足だーとか、マスターが言ってた気がする。


 俺はチャージ代を支払った後、片手でカウンターに頬杖をついて、ため息をこぼした。

 本当はすぐにでもマスターに愚痴を言いたかった。しかし居ないのでは仕方ない。


「大丈夫ですか」


「え?」

 

 声をかけられて顔を上げると、女性店員――百瀬さんが、腕を組んで俺を見下ろしていた。

 そして、俺の顔を見て開口一番に。


「すごいシケた面してますよ」


 ストレート豪速球。腕を組んだまま良い捨てる百瀬さん。


「……おいおい、言ってくれるね」


 失礼な事を言う彼女を少し怖がらせるつもりで、睨みを利かせてそう言ったが、本人は特にリアクションせず、真顔のまま少し頭を下げる。


「すみません、研修中なものですから」


 いや研修中は免罪符にならないから。だってミスとかじゃないじゃん。確信犯な悪口じゃん。


 物怖じしない彼女の態度に、責める気も失せてしまった。

 いや、もともとそんな元気はないのかもしれない。


「悩みでもあるんですか」


 百瀬さんは俺を見降ろしたまま、聞いてくる。


「別に聞きたくないですけど、客の悩みは聞けと言われているので聞いてあげます」


「君ねえ……」


 マスター、どんな新人教育してるんだ?店の評判が下がってしまうぞ。


「まあいいや……彼女が出て行ったんだよ」


 実際のところ、もはや誰でもよかった。

 交友関係の浅く広い俺には、悩みを相談できる相手なんてあまりいなかったのだ。

 この悲しみを誰かに聞いてほしい。俺を捨てたあいつの悪口を言ってやりたい。誰かが慰めてくれないだろうか。

 そんな藁にも縋る気持ちで、目の前の新しいマスターに思いの丈をぶつけようとした。


「なんで出ていったのかも分からない。彼女は何も言わなかったんだよ。俺に悪い所があれば言ってくれたらよかったじゃないか。大体あいつは……」


「タバコ臭くて服もヨレヨレで、清潔感が無いからじゃないですか?」


 俺の愚痴にかぶせるように回答する百瀬さん。

 確かに店に入る前、一服してきたし、服は適当に着てきたしわの入ったものだ。

 しかし言っていいことと悪いことがある。

 

 俺はマスターの代わりにこの新人に喝を入れるつもりで席から立ち上がり、今度は正面から彼女をにらみつける。


 彼女は何のリアクションもせず、相変わらず真顔で立っている。

 悪びれる様子もない。


「……もしかして俺にアドバイスしたつもりなのか?」


「はい」


 向いていない。圧倒的にこのバイトに向いていない。

 くそ、なんだって彼女に振られたあげくに、女子高生から罵倒の言葉を浴びせられなくてはならないんだ。


「はは、全く俺は……どうしようもないやつだな」


 席にどかりと腰を落としてため息をついた。

 項垂れる俺をしばらくの間見下ろしていた彼女は、ゆっくりと手を伸ばして、俺の頬に触れる。


「……そんなことないですよ」


「えっ」


 驚いて顔を上げると、眼前に彼女の顔があった。

 先程まで見下ろされていたが、今は同じ高さに顔を揃えてくれた彼女の瞳、綺麗で長いまつ毛に飾られた美しいそれに、口をぽかりと開けた阿呆な自分が映っている。


 思わず目を逸らすと、彼女の暗く長い髪が、カウンター席に掛かって光を反射している。


「お兄さん、ヒゲ伸びてるから清潔感ないですけど……結構顔整ってるし、立ち振る舞いも気品があると思いますよ。私が彼女だったら、捨てたりしないですよ」


 彼女の指が、俺の頬からアゴを伝う。


「は……?」


 さっきよりさらに近づいた彼女の、ほっぺたにあるほくろを見て、次に薄いリップの塗られた唇を見て、次にツンと尖った美しい鼻先を見て、おそるおそる再び目を合わせた。


 彼女の手は異様に冷たい。

 もしくは、俺の頬がとてつもなく熱いのかもしれない。


 この子は、この子は一体なんなんだ……?


「……マスターが」


 突然、百瀬さんの顔は再び離れ、元の位置に戻った。


「へっ?」


 気圧されて、もはや腰で椅子に座っている俺は、間抜けな声を出す。


「マスターが、お客さんと仲良くなるには下げてから上げろって言ってたので。けなした後に褒めてみました。良い気分でしたか?」


 椅子に座り直しながら、まったく、最近の若い子ときたら、大人をあまりからかうもんじゃないぞ。と、言おうとして。


「実にいい気分だった」


 手を束ねてそう伝えると、彼女は鼻を鳴らして、真顔でドヤ顔をした。

続きを書くかは未定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
面白いです。 (完全に個人的考えです。参考にはしないで下さい)  この物語はなんとも心地よくストンと終わって、いい読後感を味わえたのでここで完結したほうが好みです。例えば、二人が少しづつ恋人になっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ