弱い方からお先にどうぞ
禍々しいオーラが消えて現れたのは、人型の黒い蟻だった。
「……嘘だろ」
所々に茶色いラインが入っている。まるで執事の服装がそのまま昆虫の外骨格の模様になったみたいだ。
「はぁぁぁぁぁ……素晴らしい……」
四つの手を見比べて、順番に握ったり開いたりして確認している。
「力が溢れる……全くもって素晴らしいですぞ!」
ゼルバリウスは四本の腕を腰に回した。次の瞬間、俺の目の前に現れた。
「なっ!」
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私奴、執事長のゼルバリウスと申します。お気軽にゼルとお呼びくださいませ」
最初に出会った時のように、胸に手を当てて紳士的にお辞儀をする蟻の姿をしたゼルバリウス。
「……」
「名乗らないのですかな?それも良いでしょう。二度と会う事はないでしょうから……さて、これからあなた様を攻撃します。しっかりとご覧下さい。この左の拳で、あなた様の右の頬を殴らせて頂きます……よろしいですかな?それでは……失礼!」
左拳で頬を殴られた。早すぎて見えない。
【ギィン!】
【ー18】
痛っ!……くない?
「おや?……少々力加減を間違えたようですね……それでは今度はこちらの右の拳で左の頬を殴らせて頂きます。いきますぞ……失礼!」
【ギィン!】
【ー20】
今度は右拳で殴られた。さっきよりダメージは上がったが、スピードは遅く感じた。目が慣れてきたのか?
「執事長さん!お遊びはこれまでよ!本気でやりなさい!」
「かしこまりましたプライマリー様。それでは失礼して……おおおおおお!」
【ギィン!】【ギィン!】【ギィン!】……。
【ー23】【ー20】【ー22】【ー21】……。
棒立ちの俺に、腕四本でのラッシュが始まった。
今度は、全ての攻撃がスローモーションのようにハッキリと見える。スキルは使っていない。ゼルバリウスもふざけているようには見えない。
何が起きているんだ?
しかし、俺は以前棒立ち。避けるスキルがないからかわせないが、それでもダメージは微々たるものだ。ステータスを確認して驚いた。
「7000!?」
ヒーローポイントの最大値が7000ポイントもある。攻撃力や防御等、他のステータスも全て7000ポイントだ。
「Aランクだ!」
ランクはAと表示されている。ファントムドラゴンはAランクだったのか!ゼルバリウスの攻撃が遅く見えたのは、単純に力の差によるもの。つまり、俺の方が強い!これなら勝てる!
「おおおお!……ゴチャゴチャと五月蝿いですよ!失礼!」
顔面へのハイキック。
【ギィン!】
【ー25】
大したダメージじゃない!
「……私奴の攻撃が効いてないのですか!?」
ハイキックを俺の顔面に当てたまま固まっている。
「この足をどけてくれるか?」
「質問に答えて頂きたい……失礼!」
足を戻して反対の足で脇腹を蹴られた。
【ギィン!】
【ー26】
「そうだな。効いてないぜ」
しかしヒーローポイントは5700まで削られている。一発のダメージは少ないが、このまま受け続けるのは危険だ。
「であれば……」
ゼルバリウスは、バックステップで距離を取り両手を広げた。すると、地面の石が無数に浮かび上がり、クルクルと回転を始めた。
「魔法か?それを飛ばすんだな?」
「いいえ。それではつまりません。投げるのです」
回転している石が一人でに削れてナイフになった。それを四本の手で掴んだ。
「失礼します……ストーンナイフ!」
石のナイフが四本向かって来る。
【キキキキン!】
【ー31】【ー33】【ー34】【ー32】
「ほう……これも耐えますか……しかしこの数全て受け切れますかな?失礼して……ストーンナイフ!」
宙に浮く石のナイフをキャッチして次々と投げ始めた。
【キキキキキキキン!】
【ー33】【ー33】【ー30】【ー31】……。
ハッキリと見えるが避ける必要が無い。
俺はゆっくり歩き始めた。
「ぐぬぅ……まだです!」
【キキキキキン!】
【ー31】【ー29】【ー28】【ー25】……。
ゼルバリウスの目の前に辿り着いた。
「は、速い!」
ん?普通に歩いたつもりが、ゼルバリウスにはそう見えたのか?
「気が済んだか?次は俺のターンだ!パニックスマッシュ!」
【ぱふ】
「ごぼふぁ!!!」
ゼルバリウスが、きりもみ回転で吹き飛び、3階バルコニーから下げられている赤い垂れ幕に当たった。それでも止まらず、垂れ幕を引きちぎり壁に激突した。
「ぶはっっっ!」
ゼルバリウスは、垂れ幕に包まれ地面に落下した。
「あらあら。死んじゃったかしら?」
垂れ幕がモゾモゾと動いた。死んではいないようだ。
「ゼルを元に戻せ!」
「戻す必要は無いでしょ?執事長さんも喜んでいたじゃない?それに、一度魔石を取り込んだら、二度と元には戻らないわ」
「なんだって!?」
「だから私は嫌だったのよ!アクセルビーじゃなくて、どうせならファントムドラゴンの魔石が良かったわね」
それ俺だ!
「だったら、お前を倒して全てを終わらせてやる!」
「今の私は強いわよ?知ってるでしょ?」
「今の俺の方が強いぜ!知らないだろうがな!」
「呆れた……先手は譲るわ。弱い方からお先にどうぞ」
プライマリーが全ての腕をダラリと垂らした。
「良いのか?後悔するぜ?」
「女性を待たせる男性はモテないわよ。あらごめんなさい。今のあなたは女性だったかしら?」
「それじゃあお言葉に甘えて。牙を食いしばれ!パニックスマッシュ!」
【ぱふ】
プライマリーの顎を捉えた。
「ごばっ!」
手応え有り!プライマリーが大きく反り返る。
「効いたみたいだな」
「ハァハァ……な、何!?この力は……あ、あり得ない!」
「残念だったな!クソゲーもこれでクリアだ!パニックスマッシュ!」
「待っ……」
待つわけないだろ!再びプライマリーの顎を捉えた。
【ぱふ】
「ぐぶっ!」
大顎を破壊した。そして今度は大きく吹き飛んだ。
「ゴホッ!」
プライマリーは仰向けで倒れ、地面に背中を強打すると共に血を吐き出した。
「プライマリー……諦めろ。ゲームはもう終わりだ」
「ふざけないで!ここは私の世界よ!」
プライマリーが立ち上がった。畳み掛ける!
「行くぜ!パニックスマッシュ!」
「やめ……」
【ぱふ】
「ゴボォ!」
プライマリーは血を吐き、城壁まで吹き飛ぶと、瓦礫と共に落下して動かなくなった。
「倒したか?おっと!これはフラグだな。でもまぁ、フラグが立ってもへし折れば問題無い。スピードスター!」
倒れているプライマリーの足元に瞬時に駆け寄った。
「ゼェゼェ……ゴホッ!……ハァハァ……私は……女神プライマリー……この世界を創ったのは……女神である……私」
女神じゃない。俺が作ったAIだ。我が子のようなもの……。それが、こんな事になるとは思いもしなかった。
「こんな世界は終わらせてやるよ」
「現実世界を……ガハッ!……終わらせる方が先よ!」
「何故そこまでして、現実世界を壊そうとするんだ?」
「何故!?……あははははは!……あなたを作った人に聞きなさい!」
ヴァイラスを作った人……やっぱり俺を……一色飛翔を恨んでいるのか……。
「そうか……最後に何か言い残す事はあるか?」
せめてもの償いとして、彼女の言葉を胸に刻んでおきたい。
「……そうね……私を連れて逃げなさい……執事長さん」
「かしこまりましたプライマリー様」
背後からゼルバリウスの声が聞こえた。
「なにっ!?うわっ!」
振り向くと、真っ赤な布を掛けられた。垂れ幕だ!前が見えない!
「しまった!」
急いで垂れ幕を取り除くと、プライマリーとゼルバリウスの姿は忽然と消えていた。




