Are you ready?
「起きろ!」
大量の水が顔に掛かった。
「かはっ!ゲホゲホッ!」
顔に水が当たって目覚めるのは二度目だ。
「ゆっくり休めたか?」
小太りの男が空の桶を投げ捨てた。隣には無精髭のギザールもいる。
「ここは……いっ!」
後頭部に激痛が走る。
「さぁて、どこだろうな?」
暗くて良く見えない。どうやら何かの建物の中みたいだ。薄暗い部屋には鼻が曲がるほどの異臭が充満している。立ちあがろうとしたが、両手に鎖が掛けられていて思うように動けない。
「くっ!」
腕を前に突き出して鎖を確認する。両手首には黒い鉄の枷が付いており、それが鎖で繋がっている。まるで罪人だ……。
「おっと!手を下げな。スキルを使おうとしても無駄だ。その手枷がスキルを無効化するからな」
スキル?両手を確認しただけで、使おうとはしていない。そうか。スキルを使えば逃げ出せるかもしれない。視界の端にある逆三角形をタップする。そして表示されたステータス欄のスキルに触れる。しかし開かない。何故かグレーに表示されている。この手枷のせいだろう。
「ううっ……」
奥に誰かがいる。目を凝らして見ると、鉄格子の向こうに人がいるのが微かに見える。ここは牢屋だ!こいつらは人攫いだ!
「騙したな!!」
ギザールは溜め息を吐き顔を左右に振ると口角を上げた。
「おいおい命の恩人にそりゃないだろ。俺は何一つ騙しちゃいないぜ。ホイホイ着いて来たのはお前だ」
「くそっ!こんな場所に連れて来るなんて聞いてない!」
「だな。言ってない。聞かれてないからな」
「約束はどうした!」
「約束?ああ、ここはギャリバングのどこかだ。約束を違えた訳じゃあない。ちゃんと連れて来てやったろ?だははは!そろそろ静かにしてもらおうか。ヒトツメの旦那ぁ!」
「……威勢が良いですねぇ」
後ろから声が聞こえた。振り向くと身なりの良い長身の男が扉を開けて入って来た。顔は確認出来ない。黒い仮面を付けているからだ。その仮面は起伏が無くのっぺらとしており、左目の箇所には日の丸のように真っ赤な丸がある。その周りには3本の細いサークルが描かれている。まるで鳥よけの目玉風船のように不気味な仮面だ。
「さて……これから貴方は奴隷となります」
は?奴隷?何を言ってるんだ?意味が分からない。混乱し過ぎて言葉が出ない……。
仮面の男が小声で何かを口ずさむ。そして指を鳴らすと魔法陣が現れ薄暗い部屋に明かりが付いた。
「っ……」
壁に掛けられた燭台に火が灯った。不思議な事に蝋燭はない。火が宙に浮いている。仮面の男の魔法か何かだろうか。
鉄格子の向こうにいるのは馬車に乗っていた少女だ。やはり手枷が掛けられている。そして胸には奇妙なタトゥーがある。服で全ては見えないが、馬車に乗っていた時には無かった物だ。
「あれは……」
「心配しないでください。貴方にも、漏れなく奴隷の烙印をプレゼントします」
奴隷の烙印?胸のタトゥーのことか!?
嘘だろ……アンジュに連れてこられたゲームの世界で右も左も分からないうちに、いきなり奴隷なんて無理ゲーだ……やっぱりこれは夢なんだ……そう夢だ……。
「夢だ……」
「ヒャハハハ!その顔!たまりませんねぇ!その顔を見るために眠っている貴方をわざわざ起こしたんです!眠ってる間に奴隷にするなんて勿体無い!絶望と恐怖に歪んだ顔は最高に美しいんですよ!ヒャハハハ!夢だ……ヒャハッ!あいにくこれは現実です!ヒャッ、ヒャ〜ハハハハハハ!」
「嘘だ……やめてくれ!!俺が何をしたんだ!?」
「痺れますねぇ!貴方最高ですよ!そちらの子は人生を諦めていましたからねぇ。奴隷になる事を受け入れていたのですよ。全くつまらない……それに比べて貴方!ヒャハッ!」
「冗談じゃない!!奴隷になんかなってたまるか!!」
立ち上がり走り出そうとした。しかし足がもつれる。運動不足のせいか思うように動かない。手間取っているところをギザールと小太りの男に両腕を掴まれた。
「そう簡単に逃げられると思うなよ」
「諦めるんだな」
「くそっ!離せ!!」
何としても逃げなければ!
「貴方良いですねぇ。それではチャンスを与えましょう」
「チャンス?」
「2つ質問します。答えによっては奴隷堕ちは免除します。よ〜く考えて答えてくださいねぇ。Are you ready?」
仮面の男は指を1本立てた。それと同時に俺は生唾を飲んだ。
「1つ……貴方は貴族ですか?」
貴族だと答えるのが正解か?だが……。
仮面の男は2本目の指を立てた。
「2つ……その服は何処で手に入れたのですか?」
スーツの事か?これは外の世界の物だと言っても……。
「時間切れです」
「ま、待ってくれ!まだ何も答えてないぞ!!」
「ええ。答える必要はありません。何を言っても貴方は奴隷堕ちですから」
「なっ……」
「ヒャハッ!良い!今日一です!その顔今日一ですよ!ヒャハハハ!それ頂きます!」
仮面の男が指を鳴らした。
「ロブ」
ロブという言葉の後にヌルリと俺の顔から表情が剥がれた。
「私のコレクションに加えます」
俺から剥がれた絶望に歪んだ表情を、仮面の男は懐にしまった。
狂ってる……。
しかし顔は自然と笑ってしまう。何故だ?
「ヒャハハ!絶望の表情は私が頂きましたので、貴方は金輪際、絶望することは出来ませんよ」
「ふざけ……」
自分の意思とは関係なく、どんどん口角が上がっていく。
「……あれ?その顔。もう諦めちゃいましたね。残念。そうなると貴方にもう用はありません」
仮面の男が俺を指差し何かを呟いた。すると、指の前に魔法陣が現れ、俺の胸が急に熱くなり始めた。
「ぐあっ!……」
視線を落とすと、奴隷の烙印が胸に浮き上がってきた。