みんなの仇だ!
「う……うう……」
見慣れた天井だ。
「よう!目ぇ覚めたか?」
この声はジャックバッシュ。
「……ああ」
ここは桃源郷の渡り鳥亭だ。俺はベッドで横になっている。オークション会場からここまで運んでくれたみたいだ。
顎に触れるが痛みは無い。ポーションを使ってくれたのだろうか。窓の外は暗い。まだそんなに時間は経ってないみたいだ。
「覚えてるか?」
「……ああ……彼女は?」
「隣の部屋に寝かせてる」
「ごめんね。僕はてっきり再会の抱擁かと思ったから対応が遅れちゃったよ。知り合いじゃなかったの?」
水が入ったコップをアーヴァインから渡された。
「記憶がはっきりしないんだ。……勘違いだったのかも」
コップの水面に映る俺はいつもの顔だ。あの子が知っている一色飛翔ではない。そしてさっきは、殴られて当然の顔をしていた。あの子に向けた顔は、本当に酷い物だったと思う。
「まぁどっちでも良いさ」
「そうだね!彼女はシャロンが看てるよ。様子を見に行くかい?」
「そうだな……」
顔を合わせるのが気まずい。彼女にとっては最悪な初対面となった訳で……。
水を一気に飲み干し部屋を出た。そしてアーヴァインがノックしてドア越しに声をかけた。
「どうぞ」
シャロンの声だ。
中に入るとシャロンが椅子に座っていた。その向こうにあるベッドに狼耳の少女が寝ている。
「命に別状はありません。しかし、何故あのような事をしたのでしょうか。こうなる事は分かっていたはずなのに。一歩間違えたら死んでいたかもしれません」
「案外それが目的だったりしてな」
「分からない……くっ!」
まだ黒い手枷をしている。俺はそれを見ると恐怖で笑ってしまう。だから咄嗟に目を逸らした。
「ちゃんと本人に聞いてみたらどうだい?」
「まだ寝て……」
「手を離せ!!!」
少女の声!?
「えっ!?」
逸らした顔を上げると、俺の目の前で少女が殴り掛かろうと振り上げた拳をアーヴァインが止めていた。
「元気そうで良かったよ」
微笑むアーヴァイン。
「離せぇぇぇ!!!」
彼女が振り上げた足が目の前を通過した。
「チッ!」
ベッドで寝ていたはずが、顔を逸らした一瞬でここまで移動したのか!?
「どうして君は……」
「殺す!!!」
話を聞いてくれない。
「君は……」
「殺してやる!!!」
「聞いてくれ!」
胸の奴隷紋が淡く光った。
「っ!……」
大人しくなった。今の言葉が命令になったみたいだ。
「どうして君は、そんなに俺を殺したいんだ?教えてくれ」
悔しそうに歯軋りをする。
「お前は私を見て笑った!哀れみの目で私を見た!許せない!」
やはりそうだった。
「それは違う!俺は……」
俺は恐怖と絶望を感じると笑ってしまうとは言えない。
「また嘘をつくのか!?」
「え?また?どう言う事だ?」
「あいつは私に嘘をついた!あいつはお前だ!もう騙されない!!」
あいつは……俺?……嘘だって?……まさか俺が奴隷になった時、自分の事を勇者だと言った事か?あれは嘘じゃない!それとも必ず助けると言った事か?それも嘘じゃない!本心だった……でも結果的に嘘になってしまった……。
「でもどうしてあの時の……」
言えない!彼女は、あの時の俺と今の俺が同一人物だと分かるのか?
「お前は!私を捕まえた奴と同じ匂いがする!一族のみんなを殺した奴と同じ匂いだ!みんなの仇だ!!!」
匂い?そうか!獣人族は嗅覚が優れているんだろう。若しくは、ゴールドウルフ族特有のスキルかもしれない。
だから匂いで、姿を変える前の俺と同一人物だと言っているんだ。それに黒の手枷を金のバングルに変えたが、その時の匂いまでは変わっていないと言うことか?
だが、殺したのは俺じゃない!
「違う!俺じゃない!ヒトツメだ!」
「……今……何て……ヒトツメ……どうしてそれを?」
しまった!彼女がヒトツメに捕まっていたのは知らないはずなのに口が滑った。
「いや、それは、あの……ヒトツメは……」
ヒトツメを思い出すと勝手に笑顔になる。
「笑うな!!!」
顔を突き出し噛みつこうとする。
「落ち着きなよ」
アーヴァインが掴んでいた彼女の手首を軽く捻った。
「うっ!」
「このままじゃ話が進まないよ。それにこの手枷も外せないよね」
アーヴァインが指にかけた鍵をクルクルと回した。
「そ、そうだな。俺は君の敵じゃない。手枷を外すから暴れないでくれ」
「ダメだ」
ジャックバッシュが答えた。
「どうして!?」
「あれが外れるとスキルが使えるようになる。どんなスキルを持っているか分からない」
「それは……そうだけど」
「だから、スキルを使うなと命令するんだ」
気が進まないが仕方ない。
「分かった……スキルを使うな」
奴隷紋が淡く光った。
「じゃあ外すよ。暴れないでね」
アーヴァインが手枷を外した。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「こいつスキルを使いやがった!死にたいのか!」
「ぁぁぁ……」
「気を失いました」
「困ったね」
「これじゃあ、埒があかねぇな」
「みんなごめん……」
「アスカが謝らなくていいよ。彼女はまだ混乱してるんだよ」
「そうです。ここからは彼女の問題です」
「だが、落ち着くまでアスカは顔を合わせない方が良いな」
「そうだね。彼女が目を覚ましたら僕達で話をしてみるよ」
「分かった……俺は外に出てるよ」
部屋を出てそのまま宿を出た。
だからと言って行くあてもない。目の前にあるギルドの扉を開けた。
「はぁ……」
俺は、絶望と恐怖の表情をヒトツメに奪われてしまっているから、それを感じると対応する表情が無いから笑ってしまう。彼女を見た時も、黒い手枷が目に入りヒトツメの事を思い出して笑っていた。それがいけないんだと思っていた。奴隷を見て薄ら笑いを浮かべているんだから当たり前だ。
だがそれだけじゃなかった。
「あの子は、今の俺をあの時の俺と同じ人間だと知っているんだ。あの時言った事を謝らないと……俺は……逃げちゃダメだ!ちゃんと話さないといけない!」
今直ぐ戻って、あの子が目覚めたらちゃんと話をしよう。
覚悟を決めて顔を上げると、いつもの冒険者と目が合った。
「そこで俺は言ってやったのさ!一昨日きやがれってな!」
「ギャハハハ!毎日来てる奴に言う言葉かよ!」
締まらないな……。




