その名前がこのタイミングで出て来るなんて……
レースは好調だ。
北の塔を通過した俺は、森の塔まで残り半分の地点にいる。
目の前には赤マント。追い越す!
いや、待てよ。赤マントを1位にしなきゃダメだった。
「どうしてこんなところにいるんだ!もっとスピードを上げろ!」
「私の事は気にしないで!」
女性の声だ。顔はゴーグルではっきりとは見えない。
「そうはいかない!1位になってもらわないと俺が困る!」
「それは無理よ!私はきっとゴール出来ないから」
「まだ分からないだろ!諦めるのが早いんじゃないか?」
「諦めてるように見える!?それより前を見て!先頭集団が折り返したわよ!」
早いな!森の塔を折り返した先頭集団が向かって来ている。
「大丈夫だ!直ぐに追いつく!」
「そうじゃない!前を見て!危ない!!」
「え?」
前を見ると、先頭を走る髭面の紫マントが、すれ違い様に俺に向かって鞭を振った。
「誰に追いつくって?」
「ぐわっ!!」
【ー9】
鞭が胸に当たり激痛が走る。衝撃でアクセルビーから落下してしまった。
「うはっ!」
【ー3】
ゴロゴロと転がり止まった。
「う……うう」
「残念だったな〜!」
後続の黄色マントが振った鞭が、足に巻き付きそのまま引きずられた。
「うわぁぁぁぁぁ!」
【ー2】【ー2】【ー2】……。
背中が焼けるように熱い。HPが削られる!
「どこまで持つかな?」
「くそっ!エイト!!」
『ブィンブィーン!』
Uターンをして俺の元に戻って来たエイトの足にしがみついた。それと同時に、絡みついていた鞭が外れた。
『ブブブ』
魅了が切れる!
「チャームフォグ!ハァハァ。ど、どうして攻撃して来るんだ!!……攻撃しても良いのか!?」
HPの残りは5ポイントだ。
続けて向かって来る白マントが鞭を振る。
「あはははは!何でも有りだ!」
アクセルビーの頭に当たった。
『ブィン!』
「ハァハァ……大丈夫か!?」
『ブィーンブィーン!』
額に傷が付いたが無事のようだ。エイトの足から、急いで背中へと移動した。
「ハァハァ……このレース甘く見ていた!ルールは、各塔を順に通過する事と、アクセルビーに乗ってゴールする事。つまり他は何でも有りかよ!」
「その通りよ!」
黒マントが鞭を振り後ろから追い上げて来る。
「あれを喰らったら死んでしまう!急いでくれ!」
『ブブブ』
こんな時に急ブレーキだ。
「やばっ!チャームフォグ!」
『ブィーン!ブィーン!』
加速し始めたが、黒マントに追い付かれた。
「ルーキーは脱落しなさい!」
「うわっ!」
鞭を避けるために体を前に倒した。間一髪だった。
「危なかった……」
しかし、無意識にエイトの前足の付け根を踏み込んでいた。
『ブブブ』
エイトがブレーキを掛けた。
「しまった!」
「じゃあなルーキー!」
緑マントが追い越しながら鞭を振る。それがアクセルビーの足に当たり体勢を崩した。
『ブィィン』
エイトがスピンする。
「ぐうぅぅぅ!落ちてたまるか!」
エイトから放り出されるのを必死に堪えた。
「お先に!」
青マントが抜き去るのと同時に鞭を振った。スピン中の羽に当たり、バランスが崩れてアクセルビーが不時着した。
「ぐはっ!やられた!」
停止したエイトは目を回している。
『ブ……ブブ』
「目が……回る……」
俺の視界もグルグルと回転する。
ここで止まってる訳にはいかない。ブンブンと頭を振って眉間を押さえた。
「うっ……吐きそうだ」
顔を上げると赤マントが向かって来ていた。
「マ、マズい!……次から次と!」
赤マントが鞭を振りかぶった。攻撃される!
「そこをどいて!」
そう叫んで鞭を振った。
「しまった!!」
俺は死を覚悟した。
『ピィィィィィ!』
赤マントが俺を抜き去った。
「え?」
俺は……生きてる?
「今の鳴き声は?」
その時、目の前に鷲のような大きな鳥が落ちて来た。
「うおっ!こ、こいつはレッドイーター?まさか!」
顔を上げると、赤マントの上空をレッドイーターが飛び交っていた。
「そう言えば、レッドイーターは赤い物を襲う習性があるんだったな。赤マントは常にレッドイーターの妨害を受けるから倍率が高いのか……」
『ブブブ』
「おっと!チャームフォグ!飛んでくれ!!」
『ブブィーン!』
魅了している時間が短くなった。エイトに、チャームフォグの耐性がついたのかもしれない。早いとこゴールしないと、チャームフォグが効かなくなったらお終いだ。そんな不安などお構いなしに、俺は再び最下位からのスタートだ。
「このままじゃ終われない!」
ポーションを一気に飲み干す。HP全快だ。
『ブブブィーン』
エイトの飛び方がおかしい。左右にブレる。
「速度が落ちた!羽がやられてる!?」
青マントの攻撃で羽が裂けたみたいだ。
「頼む!持ち堪えてくれ!」
『ブィーン!』
速度は落ちたがまだ飛べる。気性が荒いのは伊達じゃないな。根性を見せてくれ!
エイトは折り返し地点を目指して飛び始めた。地面には、またしても力尽きたレッドイーターが。
「これは!」
前を向くと赤マントが視界に入った。
「レッドイーターに襲われてる!」
上空から2羽のレッドイーターが狙っている。蛇行するアクセルビーを操る赤マントは、右手で触角を握り左手で鞭を振っている。上空に向けて振るそれは、素人目に見ても下手クソだと感じる。おそらく彼女は俺と同じ右利きだろう。それでも必死に振り続けている。
『ピィィィッ!』
短く鳴いたレッドイーターは、赤マントから離れるように上昇を開始した。
「諦めたのか?」
赤マントもそう感じたようで、触角を両手で持ち、風の抵抗を減らすように体勢を低くした。
しかし次の瞬間、レッドイーターが2羽同時に急降下を開始した。
『ピィィィィィィィィ!』
翼を折りたたみ、首を伸ばして一直線に急降下する様はまるでダーツだ。赤マントは気付いていない。
「上だ!!攻撃されるぞ!」
俺の声を聞き、赤マントが上空を見た。そして、レッドイーターに気付き右手に鞭を握り直した。
「スネイクバイト!」
赤マントが繰り出したスキルで、鞭が蛇のように動きレッドイーターの喉元に噛み付いた。
『ピィッ!』
1羽を退ける事に成功したようだ。しかし背後から襲う2羽目までは対応出来ないみたいだ。
「危ない!」
『ピィィィィィィィィ!』
「きゃぁぁぁっ!」
レッドイーターの鋭い嘴が、振り向いた赤マントの顔面に突き刺さる。
「させるか!!!スピードスター!」
その直前で俺が振った鞭がヒット。
『ピィィッ!』
レッドイーターは軌道を変えて地面に激突した。
「怪我は無いか!?」
「ええ……助かったわ」
ゴーグルが壊れている。レッドイーターの攻撃が当たったみたいだ。しかしそれで目元が見えるようになった。
ターコイズブルーの大きな瞳は、離れた距離からでも俺が映って見えそうなほど透き通っている。気の強そうな目をしているが、背伸びをしているのか、まだあどけなさが垣間見える。
「あ、ありがとう……あなたは何故私を助けるの!?」
「君には1位になってもらわなきゃ困るんだ」
「それは無理よ!」
「大丈夫だ!今からでもまだ間に合う!」
「違うの!このレースの1位は、1番のゼッケンを付けたハウリーよ」
字が読めないから、どれが1と書いてあるのか分からない。
「ハウリー?」
「あなたを最初に攻撃した紫の男よ」
先頭にいた、あの髭面の厳ついオヤジか!
「どう言う事だ?」
「1位と2位は、レースが始まる前から既に決まってるの!」
振り向くと、先頭集団が鞭で戦っている。スキルの応酬で、見ごたえがある。観戦している観客は大盛り上がりだ。しかしよく見ると、順番に攻撃をして全て対処している。まるで組み手のようだ。
「八百長か!」
「私とあなた以外のテイマーは全員グルよ!手を組んでいるわ!」
「何だよそれ!マリスガンはその事を知ってるのか!?」
「知ってるも何も、今回の順位はマリスガンからの指示よ!」
「何っ!?マジでイカサマをしてたのか!」
ジャックバッシュが言っていたイカサマ野郎って本当だったんだな。
「だから、私のような低ランクのテイマーは上位に入れないの……」
『ブブブ』
「チャームフォグ!……それで泣き寝入りか?」
「違うわ!諦めるもんですか!私は死んでも1位にならないといけないの!1位になって賞金を手に入れるのよ!」
「賞金だって?1位は賞金があるのか?」
「あなた、そんな事も知らないで参加したの?今回の1位の賞金は一千万ギャリーよ」
「一千万ッッッ!!?」
「王族の結婚式のイベントに花を添えるためよ!こんなチャンスは二度と無い!私は何が何でも1位にならないといけないのよ!!」
その賞金、俺が欲しい!
もしかしたら、彼女が1位で俺が2位になった時の払い戻し金よりも、俺が1位になった時の賞金の方が高額じゃないか?一千万ギャリーもあれば、修理費を払ってもお釣りが来るかもしれない。そうなれば、ジャックバッシュの奴隷落ちも回避できる。
それに、レッドイーターに狙われている彼女よりも、最速のアクセルビーに乗る俺が1位を狙う方が現実的だ。
作戦変更!!彼女には悪いが、俺が1位になる!
「じゃ、俺は先に……」
「アーヴァインと約束したの!」
「え?誰だって?」
「勇者アーヴァインよ!」
「その名前がこのタイミングで出て来るなんて……」
まさか彼女が勇者のストーリーに絡んでいたとは……。
「孤児院を救うには1位になるしかないの!!今度は私がローザさんのために戦うのよ!」
「あ〜ね……」
完全にメインストーリーだ。俺が1位になっちゃダメなやつだ……。
「だから、もう二度と諦めたりしない!!」
「ヘーソーデスカ……」
……ローザさんって誰ですかネ?……今度は?もう二度と?……一度は諦めたストーリーがあったんですネ……。アーヴァインが励まして、彼女がやる気になったってとこでしょうネ……。
「行くわよ!ハチ!」
『ブィーン!ブィーン!』
ハチとはアクセルビーの名前ですかネ。蜂だからハチ……。それ……ナイスネーミング!




