夢なら覚めてくれ!
俺の体が輝き眩い光が辺りを照らし始める。
『な、何が起こった!?』
モンスター達は目を瞑り顔を逸らした。
「兄ちゃん!」
熊の獣人も城門のような腕で目を覆った。
今しかない。すかさず女の子を救出するため駆け出した。
「行くぞ!とぅ!」
なんて速さだ!0.1秒
女の子の元に辿り着く!0.2秒
女の子を抱き上げる!0.3秒
人形も拾い上げる!0.4秒
そして一瞬で元の場所に戻る!0.5秒
女の子を安全な場所に優しく降ろす!0.6秒
ジャンプする。なんて脚力だ!0.7秒
空中で前方に回転する。体が軽い!0.8秒
そのまま教会の屋根の上に着地する!0.9秒
最後は太陽を背にポーズを決める!1.0秒
この間、わずか1秒!
カマキリのモンスターが腕を振り下ろすが、当然それは空を切る。
『ガ、ガキがいねぇ!』
『何が起きた!?』
モンスター達はキョロキョロと見回している。そっちじゃない。早く気付いてくれ。
『あそこだ!屋根の上だ!』
おっ気付いたな。良いねぇゾクゾクする!憧れのシチュエーション。まるでヒーローだ。ヒーローはここで口上だ!
「アク……それは……ワル!世に蔓延る害虫どもを、私が残らず駆除してやろう!」
モンスターども、何者だと聞き返せ!
『き、貴様何者だ!』
王道!これがヒーローのテンプレだ!ゾクゾクして来た。教えてやるぜ!
「耳の穴をかっぽじって、よ〜く聞け!私は……」
シュバッとポーズを変えて溜めを作る。行くぜ!
「害虫戦隊ゴキレンジャー!チャバネレッド!推参」
決まった……。
「って何ぃぃ!!?ゴキブリじゃぁねぇかぁぁぁ!」
さっき拾ったモンスターコアはチャバネだったのか!自分のおぞましい体を見て悟った。決まったのは俺の『ヒーロー完』だ!
「夢なら覚めてくれ!くそッ!」
持っていた人形を足元に投げつけた。ヒーローはそんな事しない?それどころじゃない!だってこれはもうイジメだ!アンジュの仕返しか?アンジュを無視したからか!?そうなんだろ?だから俺を虫にしたんだろぉ〜!無視してごめん。
「なんてこった!俺はゴキブリに餌をやっていたのか!」
熊の獣人が叫んだ。
「いや、餌って……」
『なんだ仲間か』
蜘蛛のモンスターが安堵の表情を見せた。
「ホッとしてんじゃねぇ!そこを動くな!」
俺はそう言って、女の子の側へジャンプした。
「とぅ!」
背中にある醜悪な4枚の羽を広げ、『ブィーーーン』と耳障りな音を立てて飛行する。
「キャ〜!ゴキブリィ〜!」
女の子の側に着地して、安心させるために微笑み優しく声をかけた。しかし嫌な予感がする。何だ?その汚物でも見るような目は?俺はちゃんと笑えてるか?
「もう大丈夫だよ。心配はいらない」
そして少女と同じ目線までしゃがんだ。
「こんな格好してるけど、正義のヒーローなんだぜ。俺が来たからにはもう安心だ!俺が君を守って……」
「いやぁ〜!助けてぇ〜!」
「いやいや!だから俺が君を守っ……」
「いやぁぁぁ〜〜!!キモッ!キモッ!」
まさかチャバネの魔石のバグとはこの事か?いや、少女の反応は正常だと思う……バグじゃない……。
「ちょっ、落ち着いてくれ!俺はゴキブリじゃない!」
いや、ゴキブリか……。変身を解除しよう。と思ったが、胸に嵌めているモンスターコアが外れない。
「え?何で?外れない!!」
前屈みになり力を込めて、勢い良く仰け反るが外れない。前後ろ前後ろと、それを繰り返すが、マズイ!ピクリとも動かない。
「いや〜〜!動きがキモい!」
これは呪いか?俺は踏み潰されるのか!?
「嬢ちゃん!こいつを使いな!」
熊の獣人は、カウンターの下から巨大な殺虫剤を取り出し、女の子に放り投げた。熊の獣人と同じサイズだ。
「何だよ!その大きさは?」
女の子は華麗にジャンプして見事にキャッチした後、殺虫剤にまたがり俺に向かって空中から散布した。
「えいっ!」
「うわっ!何してるんだ、えいっ!じゃない!やめてくれ!これは違うんだ!これには深〜い訳があるんだ!聞いてるのか?おいっ!無視するな!虫だけど!」
噴き出す液体を浴びると、体の自由が効かなくなってきた。
「た、頼むやめてくれ!何かの間違いなんだ!くわっ!冷たい!顔に当てるな!」
足の力が抜け、立っている事ができず仰向けに倒れるが、それでも必死にカサカサともがいた。
「きゃ〜!キモい!」
モンスター達を見ると、沢山ある腕を組み残念そうに俺を見ている。
「おい!助けてくれ!聞いてるのか?お前たちも虫だからって無視するな!助けてくれ!俺達仲間だよな?な?聞いてるのか!?おい!冷たくて息が出来ない!冷たい!さ、寒い!誰か…助け…て……くれ……」
【WARNING!WARNING!WARNING!】
突然、真っ赤な文字が眼前に現れ、ビービーと警告音が鳴り響いた。これは!!
「……ハッ!」
そこで目を覚ました。顔には水が激しく当たっていた。
「やめてくれぇ〜!息が出来ない!たす……け……ん?」
どうやら顔に当たる水は、ごく普通の雨のようだ。周りを見回すと、木々がうっそうと生茂っているジャングルのような場所だった。
「……夢か……だよな……そうだよ!スキンヘッドの熊の獣人なんている訳ない!ゴキブリのヒーローなんているわけないし、カマキリや蜘蛛のモンスターが仲間な訳ないよな!はぁ、夢でよかったぁ……って、どこまでが!?」
そう考えると恐ろしくなった。どこからどこまでが夢だったんだ?大体ここはどこだ?俺は会社に居たはずだ。そこで気を失った……なのに周りは見覚えの無い植物だらけだ。まさかまだ夢の中?
胸元を確認するが、メタモルコンバートパワーチェンジャーは装着していない。やはり夢だ。
「良かった……これも夢か……いてっ!」
頬をつねると激痛が走った。夢だと思って力を入れ過ぎた。
「つまり現実?あり得ない……」
地球には無い木々。見覚えのない場所。どう考えても夢の中だ。そして振り返ると奇妙な木が佇んでいた。
「待てよ……この木はどこかで……そうか!モンリベ!?」
5本の木が集まり1本の木を形成しているこの木は、モンリベのフィールドに設置したものと酷似している。
「これは世界樹!」
つまりここはゲームの中。
と、説明が長かったがここで冒頭に戻るんだ。
「モンリベの世界に入り込んでしまったのか!……しかし、似ているがどこか違う。葉っぱが桃色だしサイズも小さすぎる。さしずめミニ世界樹だ」
モンリベの世界樹は見上げるほど巨大な木だが、目の前にある木は見下ろす程小さい。
「それに、モンリベには雨が降るエリアは無かったはずだ……まさか!アンジュの方か?ここはナイナジーステラ?……ん?」
視界の端に逆三角の黄色い物体が浮かんでいるのに気付いた。それを視界の中央に捉えようとするが、目で追っても端の定位置から動かない。
「何なんだよ!虫か!?」
虫というワードが続くな……右手で虫を払うように逆三角形に触れた。実際には触れてはいないが、タップしたような感覚だった。
「うわっ!」
突然、視界の右側に半透明なウィンドウが表示された。これはメニュー画面だ。見たこともないデザインだが、 「ステータス」「アイテム」「装備」「MAP」と、ありがちな項目に加え、「ハッキング」という見慣れない欄があった。
「ハッキング?これは……」
ハッキングの欄を触れようとした時、ミニ世界樹が揺らぎ、目の前に美しい女性が現れた。
『お待ちしておりました』