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変身ッ!!!

ガヤガヤと話し声が聞こえてくる。


真っ白な光が収束し、次第に視界が晴れていく。


「これは……」


目の前には円形の大きな広場がある。その中央にある美しい噴水に、子供たちが足を入れてバシャバシャと水遊びをしている。ここはどこだ?確か……俺は会社に居たはずだが?


公園の奥には、レンガ造りの二階建てが見える。

年季がかったその建物の入り口は、西部劇に出てくるようなウエスタンドアだ。

今仕方、店の中から酒に酔った冒険者風の男がウエスタンドアを乱暴に開けて外に出ようとしたが、反動でドアが戻って顔に当たり、巻き戻しのように店内に消えて行った。昼間から酒を飲むからだ。

その二階の窓には、『冒険者ギルド』と書かれた垂れ幕が下げられている。この景色どこかで……。


硬質な何かを叩く甲高い音が鳴り響く。

公園の左隣には、赤々と燃え盛る炉の前で、子供のような背丈の毛むくじゃらな大人が二人、赤くなった鉄を一心不乱にハンマーで叩いていた。

看板には『ドワーフの鍛冶屋』と書いてある。

あれは、『ドワーフの』を付けるか否かで右川君と揉めたやつだ。右川君の意見が反映されている……。


公園の右手には、白を基調とした厳かな教会が建っている。窓にはステンドグラスが煌びやかに輝き、白い屋根の上には黄金に輝く、紅葉の葉に似た教会のシンボルが存在感を強調していた。そして眼前には、北欧風の人達が行き交っている。あの教会のシンボルは右川君が考案したやつだ……ここは……。


「ここは……見覚えがあるぞ……モンリベのオープニングだ!まさかゲームの中に入ってしまったのか!?」


歩く人達の髪の色がピンクや緑色だ。身長も様々で猫耳や尻尾、肌に鱗が付いた人達が歩いているんだからそりゃあもう確定だ。何とも、メルヘンで賑やかな街並みが広がっている。

こんな事があるのか?何度も瞬きをしてみる。どうやら、目を閉じてVRゴーグルを見ている訳でもなさそうだ。もしかしたら寝不足と過労で死んだのかもしれない。だがこれは明らかに現実だ……。


「お母さん!このお人形さん買って〜」


「仕方ないわねぇ。大切にするのよ」


「やった〜!ありがとう!」


店の前で楽しそうに話す親子を、俺は気の抜けた表情で眺めていた。


「よう兄ちゃん!いつまでそこに突っ立ってるつもりだ!」


不意に背後から怒鳴られた。振り向くと、日に焼けたスキンヘッドを輝かせ、白のタンクトップがはちきれんばかりに筋肉を強調させる、城のようにデカくて厳つい男が立っていた。太い腕を胸の前で組んでいる。店のカウンター越しに俺を見下ろす様は、まるで城を塞ぐ城門のようだ。


「何も買わねぇんならどいてくんねぇか?商売の邪魔だ!」


商売?大男にそう言われ店を見渡すと、様々な種類のパンが置いてあった。どれも美味そうだ。カウンターの上にはパンのマークが描かれた看板が掛けられていた。

そこには『キャッスルのパン屋』と書いてある。これにも見覚えがある。キャッスルとマッスルのどちらにするかを議論したんだった。またもや右川君の意見が反映されている……。

ここはモンリベのオープニングで間違いない。街の名前は……なんだったかな?


「ああ……」


パンの良い香りが刺激したのか、腹の虫がギュルリと鳴った。慌てて腹を押さえたところ、大男は白い歯を見せ豪快に笑い始めた。


「だはははは!ウチのパンは見ただけで腹が減るんだよ。兄ちゃん新顔だな、試しに一つ買っていかないか?」


「……金が無いんだ」


しかし腹の虫は正直で、先程よりも大きな音で鳴いた。


「だはははははは!仕方ねぇなぁ!持って行け!」


嘘だろ?初めて会ったのに良いのか?大男は紙袋にパンを包み、横に置いてあった飲み物と一緒に無理矢理押し付けてきた。


「ちょっ……聞いてたのか?」


「良いんだよ!兄ちゃんの左目尻にある三角形に並んだホクロ。そいつはウチのかみさんと同じ位置にある。初めて会ったとは思えねぇ。これも何かの縁だ気にするな!今度仲間を大勢連れて買いに来てくれ!」


そんな事で?なんて良い人なんだ。

しかしオープニングでは店員までは作成していない。ゲーム内では細かく設定されてるって事か……。

ゲームの世界に来て初めて話すNPC……いや、人間は、とても気持ちの良い人間だった。俺はこの先、まだ見ぬゲームの世界に心を躍らせた。


「これも飲んでみてくれ!ウチの新商品だ」


「じゃあ遠慮なく……美味い!コーヒーみたいだ!ありがとう!」


「だはは!礼なら今度ウチのかみさんに言ってくれ!」


左目尻のホクロに触れた。このホクロに感謝だな。


「今度来た時にお礼をするよ。パンもいただきます!……ゲロうま!」


「当たり前だ!不味いはずがない!」


「必ずまた来るよ!」


「おう!宣伝頼むな!」


「ヒトは見た目じゃない……」


ヒトだろうが、AIだろうが、NPCだろうが関係ない。心が通じればヒトなんだ。


「ん?何か言ったか?」


「いや独り言だよ」


そしてコーヒーを口に含んだ。大人の香りが鼻腔を刺激する。


「またのご来店を!」


そう言って城のような大男は頭を下げた。するとスキンヘッドの天辺に、丸い熊の耳がちょこんと付いていた。ゲームの世界で初めて話したのは、人間ではなくスキンヘッドの熊の獣人だったのか。まさかスキンヘッドに熊の耳が付いているとは夢にも思っていなかった。意表を突かれてコーヒーを吹き出してしまった。


「ぶーーーーっ!ヒトの見た目じゃない!」


スキンヘッドがコーヒーまみれになり、血管が浮き上がった。やってしまった……。


「兄ちゃん……さっきはそこをどけって言ったがよぉ……そこを一歩も動くなよ!!」


「やべぇ!申し訳ない!」


「この野郎!」


熊の獣人が、目の前のカウンターをハンマーのような握り拳で殴りつけた。それと同時に、耳をつんざく爆発音が響き渡った。


「何だ!?」


爆発音は背後からだ。そして続け様に爆発が起こる。広場の向こうの建物から炎と黒煙が上がった。あそこは冒険者ギルドだ。賑やかな街並みは一変。逃げ惑う人達の悲鳴や怒号が響き渡った。


「キャ〜!!」


「邪魔だ!どけ!」


「早く逃げろ!」


ああ……そうだった。思い出した!オープニングでこの街はモンスターの襲撃で火の海と化す。だから鍛冶屋の名前や、パン屋の店員等、細かい部分の設定は重要じゃなかったんだ。

となるとマズイ。ここにいたら巻き込まれてしまう。


「逃げないと!」


しかし我に帰った途端、逃げ惑う人とぶつかり、貰ったパンとコーヒーを落としてしまった。


「あっ!」


そして押し寄せる人々に、パンは踏みつけられてグチャグチャになった。


「俺のパンとコーヒーがぁ!!」


「モンスターだ〜!」


何?モンスター?眉をピクリと動かし声のする方を注視すると、破壊された建物から人型のカマキリと、人型の蜘蛛のモンスターが現れた。


「着ぐるみじゃなさそうだ!」


「おい!兄ちゃんも逃げろ!」


熊の獣人がそう叫んだが、モンスター達の目の前には逃げ遅れた女の子が倒れている。さっきの子だ!


「お母さ〜ん!怖いよ〜!え〜ん」


『キシシシシ!うるせぇガキだな!』


そう言ってカマキリのモンスターが鎌のような腕を振り上げた!まずい!間に合わない!

すると足元にピンポン玉サイズのボールが転がって来た。


「これは……モンスターコア!?」


俺はとっさにモンスターコアを拾い、胸部に装着しているモンスターチェンジャーに嵌めた。そしてポーズを決め、無意識のうちに叫んでいた。


「変身ッ!!!」


それと同時に眩ゆい光に包まれた。

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