欲しいのは……
コーヒーまみれになったキャッスリンは、どれでも好きな物を上から下まで一式選ぶように言って、カウンターの奥へと消えて言った。合わせて1万ギャリーで売ってくれるそうだ。
「気前がいいな!あのパンのお陰かな?アーヴァインが言ってたのは本当だった。……入り口の鎧にしようかな。この衣も大魔道士みたいで惹かれるなぁ。うお!マントも良い!ドラキュラ伯爵みたいだ」
映画や漫画でしか見た事のない防具に興奮する。
漆黒の兜、獣皮の前垂れ、銀色に輝く籠手、目にする物全てが欲しくなる。
その中で、何故か気になるアイテムを見つけた。
「これは何だ?」
カウンターの隅に手のひらサイズのアクセサリーが飾られている。それは、小さなトライアングルのようなもので、中には細い紐で美しい幾何学模様が結ばれている。視界の端にあるステータス画面を呼び出すアイコンに似ているな。色は雲のように白い。
「綺麗だな」
「ありがとう♡」
キャッスリンが、コーヒーで汚れたタンクトップから、肩を露出した服に着替えて出てきた。頬を赤く染めている。
「お前じゃないよ!!おい!肩を出すな!チューブトップは鎖骨が綺麗な人が着るから良いんだよ!ゴツモリじゃないか!」
「これはベアトップよ〜ん♡」
「どっちでもいいよ!なんでもかんでも熊に寄せんな!」
「あら♡それは装備した者のステータスを隠す認識阻害アイテム『隠者の傘』よん♡」
「もしかして、これを装備すれば鑑定水晶でもステータスが見れなくなるのか?」
「そうよん♡」
「へぇ〜凄いな」
でも、ギルドでの登録は済んだからこれは必要ないな。
「その他にも鑑定のスキルも無効化するわ♡」
キャッスリンの言葉に背筋を凍らせた。
「ス、スキル!?まさか鑑定のスキルってのは誰でも使えるのか?」
「誰でもじゃないわ♡使える人は少ないわね♡でも、マジックアイテムを使えばぁ、見れるわよぉ♡」
「嘘だろ……」
知らなかった!マジックアイテムは鑑定水晶の他にもありそうだな。まずいぞ!誰かに俺のステータスを見られたら消滅するんじゃないのか?
「じゃあ!これを装備すれば見られないのか?」
「そうよん♡ステータスを認識出来なくするの♡要は鑑定を強制的にレジストするって・こ・と♡」
「レジスト?抵抗するって・こ・と?」
しまった。つい乗ってしまった。
「正解♡」
「これをくれ!!是非欲しい!1万ギャリーでどうだ?」
「残念だけど、これは1万じゃ売れないわ♡この店の上位に入る高額商品よん♡」
「何ぃ〜嘘だろ!幾らするんだ?」
「ごめんねぇ♡お金じゃ売らないの♡今決めたわ♡」
「どういう事だ?物々交換か?魔石ならある!頼むどうしても欲しいんだ」
「魔石なんて要らないわ♡私が欲しいものはもう決めてあるし♡」
キャッスリンは指をくわえ、俺を上から下まで全身を舐め回すようにネットリと見ている。嫌な予感がする……体が勝手に後退りをする。自然と笑顔になった。絶望か恐怖を感じているんだ。悪寒が止まらず両手で自分を抱き締めたが、凍った背筋が全身まで行き届き体中が固まった。
「ゴクリ……ま、まさか……」
「そうよ♡そのまさか♡貴方の……」
「それだけは勘弁してください!!」
嫌な予感が的中!そんな物、拒否するに決まってる!
「でもそれ以外は今どうでもいいの♡欲しいのは……」
お色直しをしたキャッスリンの顔面が目と鼻の先に迫る。荒い鼻息を受けて気絶しそうだ。
「む、む、無理に決まってるだろ!」
「どうしても欲しいの♡貴方のその珍しい服一式♡それとなら交換しても良いわ♡」
「嫌だぁ〜!それだけは勘弁してくれ!俺の服だけわぁぁぁ!!……あ?俺の……服?この服でいいの?」
「そう!一式よ♡一式♡靴もね♡悪い話じゃないと思うわよん♡貴方は隠者の傘が欲しい、私は貴方が着ている珍しい服♡お互い欲しい物を交換する♡これで貴方と私はベアベアの関係でしょ?」
「WinーWinみたいに言うな!」
自分のボロボロな服装とキャッスリンを交互に見て疑問に思ったが、気が変わらないうちに交渉を進めることにした。
「どうかしらん♡」
「オッケー良いぜ!でも破れてるぞ?本当に良いのか?」
「私は珍しい防具を集めるのが趣味なの♡着替えが無いなら私が1万ギャリー相当の服を見立てて、あ・げ・る・チュ♡」
「ギャ〜〜!」
キャッスリンは投げキッスという名の即死スキルを至近距離で口から飛ばすと、店の中を素早く回り両手に服を抱えて戻ってきた。即死スキルを紙一重でかわした俺は、後頭部を床に強打して、ブリッジの状態で固まっていた。
「はいこれ着てみて♡サイズは合ってるはずよ♡さっき測ったからねん♡」
「逆さ吊りで体中を弄ったあの時か!」
「そこの更衣室を使って着替えてね♡手っ取り早くこの場で着替えても良いけど♡それとも私が手伝って……」
「結構です!自分で着替えるよ!」
強引に服を受け取り更衣室に入った。
絶対覗くなよ、と付け加えて。
〜〜〜
服、ズボン、手袋、靴。全て何かの皮で作られている。割と頑丈そうだ。更に、革の胸当ても着心地が良い。ジャストサイズ。本当に測られたみたいだ……。
「似合ってるわよん♡これはおまけ♡ちょっとしたアイテムしか入らないけど必需品でしょ?無理やり入れないでねん♡」
「マジックバッグか!?」
「そんな高級品はタダじゃ渡せないわよん♡それは普通のショルダーバッグよん♡」
「でも、これは助かる!」
「でしょ♡それとこれもね♡首に下げれるように紐を付けておいたわよ♡逆さまにしてみたわ♡こっちの方がお洒落でしょ♡これはサービスだから気にしないでね♡ちゃんと服の下に隠すのよ♡レアアイテムなの♡狙われるかもだから♡」
ステータスのアイコンと同じ逆三角形だ。
「サンキュー!じゃあこれ、って結構汚れてるけど……こんなにサービスしてもらって本当に良いのか?」
「良いの良いの♡最高に気分が良いから♡これもあげちゃう♡怪我したら直ぐに飲むのよん♡」
ポケットにポーションを入れてくれた。気前が良いな。
「ポーションか!助かるよ」
「キャ〜♡何の素材で出来てるのかしらん?」
キャッスリンは虫眼鏡のような物で、俺が着ていた服を舐めるように観察し始めた。
「スーツ?スーツってなにかしら?聞いた事ないわね♡」
げっ!?どうして分かるんだ?あれがマジックアイテムってやつか?あれで俺を見たらステータスも分かったのか?
「危ねぇ……」
「チキュウの靴?チキュウ?ん〜ムズムズするわねぇ♡今日はこれを愛でながら晩酌ね♡」
「じゃ、じゃあ俺は行くよ。いろいろありがとな!助かったよ!」
素早く出口へと向かったが、Uターンをして忘れてたと告げ、握りしめていた1万ギャリーの金貨をキャッスリンに投げつけた。
「毎度あり〜♡クマった時にはまた来てねん♡」
キャッスリンがバチンと片目を閉じると、身の危険を感じたため無言で半身になり即死スキルを最小限の動作でかわした。
店を出た俺は振り向かない。悪夢を見ていたのだと自分に言い聞かせ逃げるように街の中心へと向かった。熊男の呪いを祓うため教会に行かないと……。




