それは言わない方が良い……
その時、WARNING!の文字にノイズが走った。
『強制排除不可。殲滅モードに移行。全てのナノミサイルロック解除』
「嘘だろ!!」
「ナノミサイル!?……じょ、冗談ですよね?たかがゲームのAIじゃないですか。そ、そんな事が出来るはずないですよ」
ナノミサイルとは、着弾しても爆発、爆風が発生しない代わりに、超超小型ナノベノムが拡散される。これが機械に侵入すると、AIが搭載されている全ての機器が異常行動を起こし、人間にのみ牙を向き始める。地球に優しい大量殺戮兵器となるのだ。噂では、人間の側頭部に埋めてあるマイクロチップのAIにも影響を及ぼすナノベノムが開発されたとか。それを吸い込むと、人間が理性を失いゾンビのようになるとかならないとか……。
「だと良いんだが……この状況からして冗談なんかじゃなさそうだ」
全世界のネットワークを掌握したって事か?しかし、パソコンもアシスタントカフも使えないから情報が入ってこない。
「ど、どうするんですか!?」
「アンジュを止めるしかない!」
「パソコンが使えないのにどうやって!?まさか全部壊せとか言わないでくださいよ!」
「こいつを使う」
「それは?」
口角を上げてUSBメモリを右川君に見せた。
「こんな事もあろうかとウイルスを作っておいた」
「いつの間に!しかし世界中のネットワークに逃げる事が可能なAIアンジュにウイルスが効くんですか!」
アンジュは以前、ウイルスは対処可能と言っていた。
「無理だ!普通のウイルスではな。これはただのウイルスじゃない。ウイルスに意思を持たせたAIウイルスだ!名付けて………………ヴァイラスだ」
「溜めた割には何も思いつきませんでしたね!ウイルスを発音良く言っただけじゃないですか!」
「……」
万が一、アンジュが暴走した時のために作っていたが、まさか本当に、しかも世間に出る前に使う事になるとは。まだこいつには名前すら付けていないのに……とりあえず、ヴァイラス(仮)。
目を閉じてUSBメモリを握り締めた。
「今までの苦労が……」
水の泡だが仕方ない。主に睡眠時間!
「頼むぞヴァイラス!」
パソコンにUSBメモリを差し込んだ。
『ウイルス感知。ワールドネットワーク緊急遮断』
全ての表示と警告音が消えた。突然訪れた静寂が逆に不気味だ。
どうやら、やったみたいだ。しかし、あえて口には出さない。無用なフラグは立てたくない。
「やりましたね!」
「右川君!それは言わない方が良い……ほら」
突然息を吹き返したように全てのディスプレイが煌々と光り、警告音と共にWARNING!の文字を表示した。
『ウイルス対処完了。オールクリア。殲滅モード継続』
「右川君……」
「え〜〜っ!僕のせいですか!?」
僕と言っているが、右川君は女性だ。いわゆる僕っ子。今する説明じゃなかったな。
『ワールドネットワーク再接続完了。殲滅モード発動ドドドドド……』
突然、全てのディスプレイが消えた。目の前のパソコンだけが起動している。しかしそれもノイズ混じりで正常には動いていない。
「ウイルスが効いたみたいです!流石ですね!一流のハッカーになれますよ!」
間一髪だ。WARNING!の文字が端の方から拡散して消えて行く。
「嬉しくないね!このままアンジュのシステムに介入する!」
「パソコンが使えないのにどうやってですか!?」
「……どうやって……だろう……ねぇ」
「ねぇ……って、そんな事だから詰めが甘いって言われるんですよ!」
「おいおいおい!こんな時こそオブラートに包んでくれよ!」
「こんな時だからこそオブラートは必要ないでしょ!どうするんですか!?」
この先は考えてなかった。とりあえずキーボードを叩き、強制終了のコードを入力してみる。
「ダメだ!」
「でしょうね!!」
「他に何か方法は無いのか!?」
「あっ!!アシスタントカフの電源が入ってます!!」
右川君が俺の耳を指差している。
「何!?本当か!」
おもむろに目を閉じた。
「大丈夫ですか?何か見えますか?」
「ダメだ!ホワイトアウト!」
画面は真っ白で何も見えない。
『……助けて』
「アンジュか!?」
今のは確かにアンジュの声だった。
すると突然、真っ赤な文字でWARNING!と表示された。
同時に、激しい眩暈と虚脱感が襲って来た。
「くっ!」
ダメだ……体に力が入らない。ここにきて過労ゲージが振り切ってしまったみたいだ……膝から崩れるように、その場に倒れてしまった。
「アスカさん!しっかりしてください!ア……さん…ア……さ……カ……目を…………」
耳も遠くなって行く……アスカさん?ああ、そうだった。自己紹介がまだだった。
俺の名前はアスカ。一色飛翔。飛翔と書いてアスカと読む。今年で35歳。職業はプログラマー。アビス企業の社畜だ。
マズイな……意識が遠くなって行く……自己紹介して早々で何だが、そろそろお別れみたいだ。来世ではAIを無視するのはやめよう……。
目の前に転がるチャバネのモンスターコア。それも次第にぼやけて見えなくなった……。