逃げるが欲しい!
俺は今、うつ伏せになり息を潜めている。
「……290、291」
五感を研ぎ澄ましモンスターの気配を探る。
「292、293、294」
と言っても、それ系のスキルが無いので、実質、目と耳だけが頼りだ。
「295、296、297」
心臓の音がやけにデカく聞こえる。
「298、299、300」
クールタイムが終わった。
「ふぅ。胃が痛い……」
額の汗を拭いながらゆっくりと立ち上がり、左手のレイビの魔石を見つめる。ピンク色に輝くビー玉程度の小さな玉だ。
「頼むぞ」
次にモンスターと出会ったら、この魔石を使って変身する。戦闘から逃走するためのスキルをゲットしないと、クールタイムの度にうつ伏せで息を潜めないといけないからな。だが、グレムリンとレイビの魔石がそれぞれ1個。変身はあと2回。状況はあまり良くない。
「進むしかない……」
いつでも変身できるように、魔石を握りしめた左手を胸に添える。そして周囲に気を配りつつ歩き始めた。
何事も無く進んでいたが、不意に何かが顔にまとわりついた。
「うえっ!蜘蛛の巣だ!!」
運が悪い。顔に蜘蛛の巣がかかった。
しかし手で掴んで剥がそうとするが、なかなか取れない。
「な、なんだこれは!?」
蜘蛛の糸の粘着力が強く顔から剥がれない上、右手も糸から離れなくなった。
体を反らして右手を引く。それでも剥がれない。変身するか?
「落ち着け俺!」
こんな時こそ落ち着いて考えるんだ。
右手だけでは剥がれない糸。左手も使うべきか?いや、左手も張り付くかもしれない。それに、左手はいつでも変身できるように魔石を持って胸に添えている。最終的に変身すれば取れるはずだ。だが、蜘蛛の糸を取るためだけに変身はしたくない……。しかしそれしか方法は無いかもしれない。魔石が勿体無いが使うしかないのか……。
「ヴァイ……待て待て」
他に方法があるはずだ。
落ち着いて自分の置かれた状況を整理するんだ。
今の自分の姿を俯瞰して見てみると、右手は顔に張り付き、左手は胸に添え、体を反らして立っている。
この立ち姿……格好良い。……じゃない!!
「このっ!取れろ!ん〜!ハァハァ……取れない」
何度引っ張っても、伸びるだけで剥がれる気配がない。生身の力では弱すぎて剥がせないのかもしれない。
1人でバタバタしていると、音も無く、目の前に悪魔の生首が降りて来た。
「うおっ!」
1メートル程の巨大な悪魔の生首がユラユラと宙に漂い、般若のような恐ろしい形相で俺を睨みつけている。
「なんだこいつは!?」
それと目が合うと同時に、体が痺れたように動かなくなった。
「か、体が動かない?」
何かのスキルか?マズイ!
すると、頭の上がキラリと光った。
「糸?」
蜘蛛の糸だ。頭から蜘蛛の糸が出ている。
体は麻痺しているが、かろうじて動く目でそれを追うと、木の枝に張り付いている。浮いてるのではなく、蜘蛛の糸で吊られているようだ。
『キチキチキチ』
不気味な音に視線を戻すと、生首は地面に降り立ち、上を向いている。そして、顔の横から虫の足が8本広がり、不快な音を立ててこちらへと動き始めた。アゴ付近にある無数の赤い玉が鈍く光る。
「く、蜘蛛か!」
悪魔の生首だと思っていた物は、背中に悪魔の顔のような模様がある蜘蛛のモンスターだった。
『キチキチ』
アゴ付近にある本当の口を開き飛びかかって来た。
「くっ!」
動けない!
が、幸い魔石を握った左手は、胸に添えている。変身だ!
「ヴァイラス!」
胸に添えたレイビの魔石を銀糸が包む。
『説明しよう!レイビの魔石に秘められたスキル、【逃げる】【素早さ+1】【MP+1】の中から1つ取得可能である』
「逃げるが欲しい!」
『説明しよう!逃げるを取得した』
ナレーションの後に、胸のアザからピンク色の帯が幾重にも飛び出し俺を包んだ。変身完了!
「I’m ready!」
顔にへばりつく糸を力任せに剥ぎ取った。簡単に剥がせた。やはり力が足りなかったみたいだ。
『ギギッ……』
「お?」
飛び掛かって来た蜘蛛のモンスターに、糸を剥がした右手がたまたま当たり、強烈な裏拳を繰り出したような形になった。
「ラッキー」
蜘蛛のモンスターは地面に激突して力尽きた。
「危ないところだった」
まさか麻痺するとは思いもしなかった。胸に魔石を添えていて助かった。
「お前の魔石は何色だ?」
ゴブリンナイフで蜘蛛の魔石を取り出した。
「ピンク色だ!ナレーションこの魔石なら変身できるだろ?」
『説明しよう!変身可能である。デーモンスパイダーの魔石は幻属性なのである』
「良いぞ!これでまた変身できる!」
こいつはデーモンスパイダーというのか。次からは蜘蛛の糸にも気を付けよう。
「こいつはどんなスキルを持ってるんだろうな」
デーモンスパイダーの魔石を握り締め、街を目指して走り始めた。
『説明しよう!
【ブックマーク】【リアクション】【評価】の中から1つ取得可能である』




