うるせぇ!
「あぁあぁぁぁぁ……」
視界が歪む。飛び降りたのに、下降しているのか上昇しているのか分からない。グニャングニャンだ。
次第に体の感覚が無くなり、まるで溶けているみたいに体が伸びていく。
意識が朦朧としてきた。
「俺は……このまま……消えてしまうのか……」
胸に張り付いているヴァイラスは剣山のように尖ったり、風船のように膨らんだりと形を次々と変えている。
「……ヴァイラス」
無意識でヴァイラスの名を口にしていた。すると俺の声に反応したのか、様々に形を変えていたヴァイラスが、蜘蛛の糸のように細い紐状の物を幾重にも伸ばして俺を包んだ。
「これは……」
消え入りそうな意識がハッキリと戻ってきた。体の原型も保たれている。ヴァイラスのお陰だろう。見た目はまるで全身にアルミを巻いているかのようだ。これが職業ヴァイラスの真の姿だと言うのか?
「守ってくれているのか?」
コーティングされた全身の表面を、バチバチと稲妻が走り発火して消える。一瞬にして凍り、ガラスのように砕けて消える。それでもヴァイラスに守られている俺は、熱さも寒さも痛みさえも感じない。
直後、異物を排除するかのように次元の狭間からぺっと吐き出され突然視界が切り替わった。
「脱出した!!……うっ!眩しい!」
俺を照らしているのは太陽だな。やけにデカい気がするが……ん?雲?雲に乗っている?俺は雲の上にいるみたいだ。雲に乗れるなんて流石ゲームの……。
「え?うわぁぁぁぁぁ!!!」
そんなはずはなかった。期待を裏切り雲を突き抜けていく。今度はハッキリと分かる。
「落下してるぞぉぉぉ!!!」
雲から抜けると視界一面に広がる海!
「海に落ちたらアウトだろ!」
視線を下げると落下地点には陸地がある。
「陸の方がアウトだ!」
陸より海が良かった。
いや!それどころじゃない。
……気持ちがいいな。まるで鳥になったようだ。
いやいや!それも違う!このままじゃ陸地に落ちて御陀仏だ。空中で平泳をして少しでも生き残る可能性がある海上を目指す。そこであることに気付いた。
「何だあれは!!」
視線の先で海は無くなっていた。
「海が切れてる?」
海はどこまでも広がっているものだと勝手に思い込んでいた。体を捻り後ろを見るとやはり切れている。左右も同様だ。この世界の大陸と海は、何故か四角いマス目の中にあるようだ。
つまり、真下には陸地。それを囲む海。そしてしばらく続いた海は、バッサリと切られたように突然無くなっている。
「これがナイナジーステラ!?マジでゲームの世界だ!」
そんな事より、このままでは死んでしまう。ん?……待てよ。ヴァイラスが守ってくれるかもしれない。落下の衝撃も吸収してくれるかもしれな……って、おい!
「お、おいおいおい!待ってくれ!」
全身を覆っていたヴァイラスが胸に集まり輝き始めた。それは、小さな三角形の中にビックリマークがありウイルス検知のマークに似ている。その光が消えると、目尻にあった三角形に並んだ三点のホクロが胸に現れた。
そんな事より俺は無防備な状態に戻ってしまった。このままだとゲームオーバーだ。
「うわぁぁぁぁ!!どうすりゃ良いんだよ!コンテニューできるのか!」
ここはゲームの世界だろ?だったらコンテニューは有るのか?リセットできるのか?いや!分からないものは試したくない。そもそもステータスにはリセット選択は勿論、セーブやロードの表示は一切無い。
『説明しよう!』
「うおっ!お前の定位置はそこか!無事で何よりだけどっ!」
驚いた。ヒーロー妖精の声が背後から聞こえた。俺の背中にしがみついている。
『ナイナジーステラでの死は現実世界での死を意味するのである。すなわちコンテニューは出来ないのである』
「おいおい!どうする事も出来ないのか!?」
『説明しよう!我らがヒーローヴァイラスに変身するのだ』
「ヴァイラスに変身?さっきのアルミホイルマンのことか?」
『説明しよう!それは融合時の姿である。融合は正常に行われたのだ。ヴァイラスの真の姿は変身する事により発揮されるのである』
「それは本当か!?どうやって変身するんだ?」
『説明しよう!現在、我らがヒーローヴァイラスは力を失っているのである』
「何だよそれ!?ダメじゃんか!どうすれば力を取り戻す!?」
『説明しよう!私と契約するのである』
そう言うと、ヒーロー妖精は俺の目の前に飛んで来て胸にしがみ付いた。契約?何の契約かは分からないが考えてる時間なんてない。
「了解!契約でも何でもする!」
『説明しよう!お別れである』
「と、突然何言ってるんだよ!会話が支離滅裂だ!契約するんだろ?お別れってあるか!お前がいなくなったら俺はまた1人になるだろ!」
『説明しよう!【ヴァイラス】と唱えるのだ』
聞いてくれない。意味が分からないが地面はもう目の前だ。言われた通りにするしかない。
「分かったよ!後でちゃんと説明してくれよ!!ヴァイラス!!!」
俺の声に反応し、胸にある三角に並んだホクロが輝き、それぞれがラインで繋がりビックリマークが現れた。再びウイルス検知のマークのようになったかと思ったら、無数の銀糸が飛び出しヒーロー妖精を包み込んだ。
「ちょっ!ヴァイラス!?何をしてるんだよ!?」
直後ステータスウインドウが表示された。そこにはこう記されている。
〔いずれかを選択せよ〕
『HP×1000』『MP×1000』『ヴァイラスキル×1』
これが契約なのか?雪崩式に情報が溢れて処理が追いつかない。しかし今は悩んでる場合じゃない。どれか1つ選べってことだろう。だとすると、HPはヒットポイントで体力の事だろ。俺の最大HPの25×1000だとしても、地面に激突したら25000になったくらいじゃ足りないんじゃないのか?MPは論外。魔法やスキルが無い今は全く必要ない。ヴァイラスキルってのは何だ?もしかしてスキルの中でも特殊で、個体特有のスキルで唯一無二とか?だったら一択だ。
「ヴァイラスキルにする!頼む使えるスキルであってくれ!」
ヴァイラスキルを選択すると、ヒーロー妖精を包み込んでいたヴァイラスは、吸収するかの如く小さくなり元のホクロに戻ってしまった。
『説明しよう!ヴァイラスキル【ナレーション】を取得したのだ』
「うわっ!ビビった!イヤーカフから聞こえたぞ!」
左耳のイヤーカフから聞こえた。しかもヒーロー妖精の声が……嫌な予感がする。
「取得したナレーションって、もしかして今イヤーカフから聞こえた声の事か?」
『説明しよう!その通りである』
ハズレだった……落下に抵抗するスキルは手に入らなかった。HP×1000にしておけば良かった。ナレーションか……アシスタントカフに似てるから重宝しそうだが今は全く必要無い!
だがしかし、これで変身するはず。もう変身に賭けるしかない。…………変身しない!?
「変身はどうしたっ!?もう間に合わない!夢なら覚めてくれぇ!!」
『説明しよう!夢ではないのである』
「うるせぇ!」
死を目前に感じた次の瞬間、心臓が大きく脈打ち胸のホクロがウイルス検知マークになり、そこから弾けるように無数の帯が飛び出し俺を包み込んだ。
そして地面に激突した。