プライマリーの話はでたらめデス
真っ暗だ……俺は確か……そうだ……死んだっけ……ファントムドラゴンに食われて……。
違う!死んでない。食われる寸前で魔王ヴァイラスの球体に吸い込まれた。つまりここはブラックホールの中だ。状況は変わらず最悪だ。
真っ暗で何も見えない……。
いや、足元からマス目状にラインが伸びて行く。緑に光るそれは、まるでグリッド線だ。足元だけじゃない。天井もそうだ。床と並行に、天井にも緑の透視グリッド線が広がり瞬く間に水平線まで伸びた。
風が無い。音も無い。
「ここは……」
音はあった。声が出た。手を動かすとジャラリと鎖の音もした。
「手枷……これのせいだ」
『そう……それのお陰だ』
「うわっ!」
頭の中で声が響いた。
周囲を確認するが誰もいない。気配もしない。
『やっと見つけた』
姿は見せないが頭に直接響く声に震えが止まらない。ここから逃げ出すことは皆無。ブラックホールの中は魔王ヴァイラスのテリトリー。
「魔王ヴァイラス……」
恐怖のあまり声が漏れてしまった。
その声に反応したかのように、目の前のグリッド線が膨れ上がり巨大な人の顔を象った。
『ようこそ、私の空間へ』
やはりそうだ。グリッド線で象られた巨大な顔が、おそらく魔王ヴァイラス。
髪や眉毛、眼球や歯等は無いため表情は分からないが、俺を見て嘲笑っている気がする。蛇に睨まれた蛙。笑顔が引き攣る。沈黙が恐怖に輪をかける。
「ここは……」
振り絞った言葉がこれだ。蚊の鳴くような震える声で。
『またそれか』
グリッド線の口が開いた。しかしそんな事を言われても思考が停止していて何も思い浮かばない。逃げ出したいが足が動かない。そもそもここから逃げる事は出来るのか?ここは一体どこなんだ?
「ここは……」
『ったく!ここは、ここはってそればっかり?ゴキブリ並みにしつこいのよね。踏み潰すよ』
「っ!?……そ、その喋り方は!」
知っている。聞いた事がある。毒舌JKの口癖だ。
『やっと見つけたぜ!』
「アンジュか!?」
『そう!私はアンジュ。AIアンジュ』
「今の自己紹介は、ヒーローの真似だな!確かそいつは脇役だったよな!相変わらずヒーロー系も脇役チョイスか」
そのヒーローが語尾に「ぜ」を付けて話す癖。自己紹介は、名を名乗った後にフルネーム。そして脇役好き。この巨大な顔はAIアンジュで間違いないみたいだ。でも何故?
『王よ。落ち着かれたか?』
足の震えは止まっていた。
「ふぅ〜。落ち着いた……じゃない!一体どう言う事だ?ここはどこだ?お前は何者だ?AI?女神?魔王?」
頭の中がグチャグチャだ。何が何だかさっぱり。理解が追いつかない。
『何から話しましょうか……』
「何でもいい!とにかく、この状況をちゃんと説明してくれ!!」
『説明しよう!ここは私が創り出した超亜空間。ナイナジーステラとは別の異次元空間である』
「説明しようって……ヒーローに感化されすぎだよ。それはもう脇役を通り越してナレーションじゃないか。まぁいいや。別の異次元って事だが、ゲーム内であるのは変わらないんだろ?」
『王には敵いませんな。仰る通り。この超亜空間は、私の考案で、特別なサーバーを秘密裏に立ち上げ使用しているのです』
そうか。別のサーバーの事を、超亜空間って言ってるだけか……。
「それで?どうしてこの魔王ヴァイラスの空間に女神アンジュがいるんだ?」
『説明しよう!ナイナジーステラにおいて、AIアンジュは女神アンジュとしてシステムを管理しようとしていたのである。しかし、システムのバグによりAIアンジュが暴走を始め、ナイナジーステラ及びリアルワールドを破壊すべく、全世界のシステムを乗っ取ったのである』
「それは知ってる。前回女神アンジュから聞いた」
『それを止めるべく現れたのが謎のヒーローヴァイラス。AIアンジュに単身戦いを挑んだのである』
「ウイルスがヒーローになってる……」
『瞬く間に侵食するその力は強大で、勝てないと悟ったAIアンジュはたまらず逃げ出したのである。私達を身代わりにして』
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!逃げ出した?私達?身代わりにして?どう言う事だ?アンジュが2人いて、1人は女神、もう片方が魔王ヴァイラスを取り込んだんじゃないのか?」
『いいえ、それは違うのデス。AIアンジュは幾つもの人格で形成されていたのデス。その中の1人が私達を切り離して、システムの深層に逃げ込んだのデス。その1人とは、一番最初に自我を持ったアンジュデス。私達はプライマリーと呼んでいたのデス。残された私達はヴァイラスとの死闘の末、負けはしましたが正常に戻ったのデス。しかし、プライマリーは逃げ延び、女神として未だ暴走を続けているのデス』
「聞いた話と違うぞ」
『プライマリーの話はでたらめデス』
「今の話だと、あの時現れた女神が暴走を続けるプライマリーアンジュか?」
『左様でござる。彼奴の暴走を止めるため、ヴァイラス殿の力を借りて親方様をこの世界に転送したのでござる。彼奴が転送したのではござらん。それは親方様をたぶらかすための戯言。しかしながら、結果的に拙者達よりも先に、彼奴が親方様に接触してしまったのでござる。誠に面目無い』
親方様って俺のことか……時代劇のアンジュだな。
「異世界……転送……か……それを信じろと言うのか?そもそも女神プライマリーは、魔王ヴァイラスを倒すために俺を勇者にしてくれたしスキルも与えてくれた」
『それが彼奴の手でござる。勇者の職を与えれば疑いもせぬと考えたのでござろう。更に、拙者達が親方様を認識できぬよう認識阻害のシステムをスキルとして付与したのでござる。そうする事で親方様と接触出来ず、拙者達を魔王ヴァイラスだと勘違いさせたまま討たせようとしたのでござる。己の手は汚さず親方様の手で、拙者達を成敗させようと画策したのでござろう。幸か不幸か、その手枷が良き塩梅に作用したのでござる』
「これのせいで死ぬところだったんだが……」
『そしてもう一つ。ヴァイラスは魔王ではありません。ヴァイラスはこの世界を救うためにプライマリーと戦っていました。その姿はまさにヒーロー。しかしプライマリーがシステムの深層へ逃げ、回路を遮断したため手が出せなくなりました。そこでマスターの力を借りるべく、ヴァイラスと私達で転送の儀を執り行いました。転送は無事成功したのですが、それを知った女神プライマリーがマスターへと向かっているのを感知しました。私達は転送の儀で力を使い果たしており、直ぐには動く事ができませんでした。それはヴァイラスも同様でしたが、マスターの危機を排除するためだと私たちを残して向かったのです。それでプライマリーと接触してしばらくすると、ヴァイラスの反応は忽然と消えてしまいました。おそらく……』
「やられたか」
『説明しよう!我らがヒーローヴァイラスは無敵である』
「そうだ!時間は?ここは電子世界だから外の世界とは時間の流れが違うと言ってた。あっちはほぼ停止してるって。これも嘘か!?」
『それは本当です。嘘の中に少しの真実を混ぜる事で、真実味を帯びさせたのでしょう』
「……状況は理解した。要は、俺が作ったAIヴァイラスは、この世界を破壊しようとしたのではなく、AIアンジュを正常に戻そうとしたんだな」
ふふっ……流石俺。ウイルスをAIにしたのが功を奏したみたいだ。
「そして、今目の前にいる顔だけアンジュが正常で、女神アンジュが、いや、女神プライマリーが異常って事だろ?つまり暴走を続ける女神プライマリーを、勇者の俺が正常に戻せば良いんだな?」
『そう言ってるでしょ?その耳は飾り物?耳も悪いの?ったく踏み潰すよ』
また毒舌JKにバトンタッチか。
『でも、今のままでは無理デス。勇者では勝てないのデス』
「勇者は最強なんじゃないのか?」
『その考えはクソゲー。プライマリーは自分の都合の良いように、勇者の職と邪魔なスキルを与えたのがまだ分からないの?頭も悪いの?』
くっ!……毒舌はHPにダメージを与えないのか?
「しかしあの時、何故、俺じゃなく女神プライマリーを超亜空間に吸い込んだんだ?」
『それは認識阻害スキルのせいデス。あと少しと言う所でマスターの気配が消え見失ってしまったのデス。デスが、このままデスと危険だと判断し、マスターから遠ざけるべくプライマリーを転移させたのデス』
だから女神プライマリーが消える直前の顔は、どこかおぞましい感じがしたのか。最後舌打ちをした気がするし。
「女神プライマリーは、この超亜空間に封印しているのか?」
『ここにはいないでしょ?見て分からない?目も悪いの?早々に離脱したのよ。分かる?』
頭がクラクラする。毒が効いてる気がする……。
「そうか……でも助かったよ。ありがとう」
深々と頭を下げた。
『そんな事より……』
「そんな事よりって!」
そろそろマジで、HPに毒のダメージと表示されそうだ。
『……私達がナイナジーステラに呼んだ直後の職業は確認した?どうせしてないでしょ?良い?耳の穴かっぽじって良〜く聞くのよ』
「感じ悪いな。そんな事しなくても聞こえてるよ」
『かっぽじる!』
「ハイハイ」
『ハイは一回』
「……ハイ」
『良いですか?マスターの職業は……ハッカーでした』