さよならだ
ひどい頭痛だ……。
胸も焼けるように熱い……。
二日酔いか?そんなに酒を飲んだっけ?
……思い出せない……。
まぁ良いか……久々の睡眠だ。もっと寝ていたい……。
???……どうして俺は寝てるんだ?
……昨日は確か……アンジュが……暴走して……。
「そうだ!俺は!?痛っ!」
目が覚めるのと同時に体中に激痛が走る。右目が開かない。地面にぶつけた場所が腫れ上がっているようだ。ここは鉄格子の内側か……。
「イテテ……何が何だか……」
左耳も痛い。触れると南京錠が掛けられている。かなり錆びているみたいだ。
そうだ……これはギザールに……怒りが沸々と蘇る。ギザール。マルコイ。そしてヒトツメ。あいつらは絶対に許さない!と、言ってもこの状況だとどうする事もできないが……まずはここから脱出しないと。
スキルを使いたいが、グレーに表示されたまま触れても反応が無い。両手首に嵌められた枷を外さないと使えないようだ。
「これさえ外せば」
石畳の地面に叩きつけてもビクともしない。自分の手首の方が痛い。
「くそっ!何か手は……」
周囲を見回すと、部屋の隅で膝を抱えて座る少女がいた。犬耳が付いてる。馬車で見た少女だ。体中泥だらけで至る所に傷がある。見た感じだと15歳前後。
「大丈夫か?」
そんなはずない事は分かっている。しかし他にかける言葉が見つからなかった。
「……」
少女は焦点の合わない視線を地面に向けたまま微動だにしない。
「君も捕まったのか?でも大丈夫だ必ず助ける!」
陳腐な言葉しか浮かんでこない。何が大丈夫なんだ?どうやって助けるんだ?
「……」
少女は口を閉ざしている。
「俺はアスカ。イッシキアスカ。君は?」
どこかのヒーローがする自己紹介を真似てみた。名前を言った後にフルネームで名乗る。
「……」
反応が無い。もしかしたら喋れないのかもしれない。耳が聞こえないのかもしれない。
「どうにかしてここから出ないと……くそっ!これさえ外せれば!」
今度は鉄格子に叩きつけた。金属音が響き渡る。
「無駄……」
「喋った!口がきけるのか?」
「……」
少女は地面を見つめたままだ。
「大丈夫だ!この枷が外れれば何とかなる!スキルさえ使えれば……クソッ!」
「静かにして……」
少女は目を閉じて俯いた。
「すまん。だが、俺は……俺は勇者なんだ」
「勇者様っ!?……嘘」
「いや本当だ!アイツらは知らないが俺は勇者だ!スキルさえ使えれば何とかなるはずだ!」
少女は目を見開き俺を見たが、その目からは一瞬で覇気が消えた。
「……無駄」
「どんなスキルがあるかは分からないが、全てのスキルが使えるんだ!きっと何とかなるはずだ!」
「例え……」
「ん?」
少女は顔を上げ、燭台の火を見つめた。火の周りを蛾のような虫が飛んでいる。
「例えスキルが使えたとしても、奴隷の烙印は消せない。ここから出る事はできない」
「それはやってみないと……」
「分かる」
「いや、必ずここから出る!」
「……諦めて」
「君も助ける!」
「無理」
「俺は勇者なんだ!」
「じゃあどうして奴隷なの!?勇者様なら今直ぐ助けてよ!」
「それは……」
それは無理だ。俺にも分かっている。自分が勇者だと声に出す事で不安を紛らわしているだけだ。まだこの状況が信じられない。それに俺が知っている勇者は、どの物語でも主人公だ。奴隷?あり得ない。レベル1の奴隷勇者に何ができる。分かっているが認めたくなかったんだ。枷が外れても奴隷の烙印は消えない。それも分かってる。
仮に烙印を消すスキルがあったとしても、そのような強力なスキルは、今の俺ではMPが足りず使えないだろう。
この状況は明らかに詰みだ。
燭台の周りを飛ぶ蛾は、火が燃え移り力無くその場に落ちた。
沈黙が続く中、複数の足音が近付いて来た。足音は部屋の前で止まった。扉を開けたのはギザールだった。中に入ってきたのはヒトツメと、執事のような格好をした見知らぬ男だった。
「あなた、出てください」
ヒトツメに逆らう事は許されない。歯を食いしばり鉄格子から出た。
見知らぬ男が俺を一瞥した。
「彼ですか?」
「そうですよ」
「怪我をしていますね……まあ、良いでしょう」
「それではこの契約書にセバスさんの血を垂らしてください」
セバスと呼ばれた執事風の男は、ナイフで指先を切り羊皮紙に血を一滴垂らした。
「えっ!?」
羊皮紙と俺の胸の烙印が淡く光った。
「これでこの方は貴方の奴隷です。ご自由にお使いください」
「承知しました。使い道は一つですよ」
セバスは懐から何かを出してギザールに渡した。
あれは金か?俺はセバスに買われたのか……。
「ついてきてください」
セバスに呼ばれた。逆らえない。
ギザールにすれ違いざま睨み付けた。
「覚えてろよ!」
「助けてやった事をか?気にするな金は貰った。つまらん事は忘れてくれ。さよならだ」
ギザールは半笑いで手を振ってきた。ムカつくが何も出来ない。
扉の前でセバスは立ち止まり振り向くと、布袋を俺の頭に被せた。真っ暗で何も見えない。
「その袋は、良いと言うまで外さないでください」
そのまま鎖を引かれて部屋を出た。
何度か階段を登り、幾つかの扉を通過すると、再びセバスに話しかけられた。
「馬車です。乗ってください」
手探りで荷台に乗ると、座る間も無く動き始めた。
「ぐはっ!」
出発時の動揺でその場に倒れた。
「動かないように」
寝そべったまま俺は身動きが取れなくなった。
どうしてこうなった……俺はどこへ連れて行かれるんだ……
セバスが執事だとすると、貴族の屋敷なのかもしれない。そこでこき使われるのか?それとも傭兵や、私兵として貴族に仕える事になるのか?
色々考えても仕方がない。チャンスを窺って逃げるしかない。必ずチャンスはあるはずだ。
30分ほどで馬車は止まり、降りるように指示をされた。
手探りで馬車を降りると、そのまま鎖を引かれ再び歩き始めた。