アメリアと親友
客室のソファーにルルを座らせ、アメリアはコニーにあたたかいお茶を持ってくるよう申し付けた。
「ルル、具合はどう? ドレスを着替えるなら私のナイトドレスでよければ貸すけど……まあ、どうしてサンドイッチを食べてるの! 横になっていなくていいの?」
「平気よ、仮病だもの。うまいでしょ。コニーやウィンダム家の執事長には事前に相談しているから、今は扉の前で見張りしてるはずよ」
「いったいどういうこと……?」
さっきまで青い顔をしていたルルが、素知らぬ顔でテーブルに用意されていた軽食をパクパクと口に運んでいた。
その元気そうな姿に、アメリアは呆気に取られたる。
「今日のパーティーに、あなたが苦手にしているあの親戚の派手派手悪趣味夫婦が来るって聞いていたから。アメリアって元々は人見知りだし、大勢の人たちと過ごすと疲れやすいでしょう? 私なら成人前の子供のわがままってことで、みんな納得するし」
「そう、だったの……ありがとう。たしかにちょっと離れたかったわ……」
「それにしてもなんなのあいつら! 何が『ナタリア様によく似てらっしゃる』よ! 昔アメリアに対して自分が言ったことを忘れてるなんて! それでどれだけアメリアが傷ついたことか……」
先ほどの中年夫婦との会話を聞いたのだろう。ルルの言葉には怒気が含まれていた。
ルルは子供の頃、郊外の療養地で地元の子供たちと触れ合っていたため、普段の言葉遣いは実に率直だ。
金髪碧眼の童顔という見た目の愛らしさ、コロコロと変わる豊かな感情表現、素直な言葉遣いが、アメリアにはかわいらしくて仕方がない。
アメリアは親友の気持ちがとても嬉しかった。
ルルの隣に座りながら、ふふっと微笑む。
「ルルったら、私より怒っているじゃない」
「当たり前でしょ! 大切な親友を馬鹿にされたのよ?!」
「でも、ナタリアお姉様が絶世の美女なのは事実だし、幼い私が今より地味で垢抜けなかったのも本当のことだから」
今では社交界の華などとチヤホヤされることが多くなったアメリアだが、昔は今よりも大人しくて目立たない容姿をしていた。そのため、傾国の美女と称される姉のナタリアと比較されることが多かった。
先ほどの派手な身なりの中年夫婦は、嫁ぐ前のナタリアがいた五年前のパーティーでアメリアの容姿に、「おかわいそうに、ナタリア様に少しでも似ていらしたらねぇ」と憐れみの言葉を口にしたのだ。
幸いなことにウィンダム家の家族仲は良好で、姉のナタリアも兄のノーマンも末の妹をかわいがっていたため、ナタリアが即刻父親のハロルドに言いつけた。
かねてからその中年夫婦の振る舞いや金の使い方を不快に思っていたハロルドが、中年夫婦の周辺を洗い、ウィンダム家との関わりを吹聴して不当に金儲けをしていたことを突き止めた。
怒りのハロルドは中年夫婦を当主の座からおろし、跡継ぎをまともな長女に据えた。
それから五年、その長女から成果を聞くために本日のパーティーに呼んだのだが、中年夫婦は何を勘違いしたのか許しを得たと思い、のこのことついてきたのだった。
ルルが両手でアメリアの両頬をぐっと挟んだので、二人は向き合った。
ルルの大きな瞳から今にも涙がこぼれ落ちそうで、アメリアははっとした。自分の諦観めいた言葉が、ルルを傷つけてしまったことに気がつく。
「アメリアは今も昔も美しいわ。優しくて辛抱強くて努力家で私の憧れの、一番の友達よ。なんとかハロルド様やアメリアのご機嫌取りをして悪あがきしている中年夫妻のことなんか、すぐ忘れて!」
「心配かけてごめんなさい。あのね、私、本当に大丈夫よ。だって大好きな親友がこうして守ってくれたから」
「も〜アメリアは〜! 私も大好き〜! まったく、こういうときに婚約者がアメリアを守らないといけないのに、ルイスは何してんのよ!」
「ルイスは人脈作りで忙しそうだから。私にはルルがいてくれるからいいのよ」
ルルがうるうるした瞳でアメリアに抱きついたかと思えば、ガバっと顔を上げて、ここにいないアメリアの婚約者でルルの兄であるルイス・バンデスの名を口にして頬を膨らませた。
その時、ドアの外からコニーの声が聞こえた。
「アメリア様、ルイス様がいらっしゃいました」
「わかったわ。お通しして」
「アメリア、ちょっとこのまま座っていて。お願いだから」
「え? ええ、わかったわ……」
アメリアを隠すようにルルが立ち上がった。
訳が分からないアメリアに、ルルが思わせぶりにウインクをよこした。