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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

永遠の人魚少女

 永遠に憧れる人魚の少女が、永遠になるお話です。

『不老不死』


 人魚の少女は、永遠に憧れていました。


 永遠の愛、永遠の魂、永遠の命。

 どんなことがあっても無くならない、ずっとずっと続くもの。


 自分も永遠になれたら、どんなにステキなことだろう!

 小さな人魚はいつも憧れていました。


 キラキラ光る水面から覗く高い空。

 どこまでも深く深くまで覗く暗い海の底。


 幼いころは、空は永遠に上まで続いていると信じていました。

 海は深く深く、どこまでも永遠に潜ることができると疑っていませんでした。


 けれど、大きくなっていくにつれて、そんな途方もないようなものさえも、永遠ではないことを知りました。

 永遠ってどんななんだろう。

 少女はますます永遠に憧れていきました。


 ある時、少女は家のお手伝いさんから、自分たち人魚のことについて、詳しく話を聞きました。


 人魚の肉。


 それを食べることで永遠の命が手に入る、という話を聞いたとき、少女はとても腹立たしくなりました。

 自分自身の肉です。こんなに身近に永遠のためのものが。

 身近どころか身そのものが永遠のためのものだったなんて!

 

 お手伝いさんは、少女が生まれた時からウチのお手伝いをしてくれている、優しいおばあさんの人魚です。

 とても物知りで、料理も上手で、少女のお願いをなんだって聞いてくれる、我が家の自慢のお手伝いさんです。

 少女はぷりぷりと怒りながらお手伝いさんに聞きました。


「お手伝いさん!わたしも永遠になりたいの!ねぇ、どうすればいいのか教えて!」


 お手伝いさんは困ったように笑って、分からない、と少女に伝えました。

 それから、がっくりと肩を落とす少女に、もしも自分にできることがあったら、その時は何でも言ってほしい、と伝えました。


 少女は、その言葉を聞いて元気を取り戻します。

 

 人魚の肉を食べることで、永遠の命が得られることを知った少女は、しかし、人魚の肉を食べようとは思いませんでした。


 自分の肉を食べることなんて恐ろしくてできません。他の人魚を食べることなんてもっての他です。

 それに、そもそも人魚は肉を食べない種族でした。

 この方法はとれそうにもありません。


 少女は別の方法を探すことにしました。

 

 きっと、陸にだったら、他の方法があるはずです。

 

 その日から、少女は浜辺から陸を眺めることにしました。


 陸には人間がいます。

 人魚の掟で、陸の人間に必要以上に近づくことは許されていませんでした。

 もしも、お母さんにバレてしまったら、ひどく叱られるに違いありません。


「陸に近づいてはいけません。私たち人魚にとっても、陸の生き物にとっても不幸なことが起こってしまうでしょう。」


 お母さんは、事あるごとに、人魚たちにそう言って聞かせていました。


 少女のお母さんはとても偉い人魚です。

 自分にも他人にも厳しく、でも、それ以上に優しい自慢のお母さんです。

 みんながお母さんのことを尊敬しています。

 少女ももちろん、尊敬しています。


 だから、そんなお母さんの言いつけを破ることに胸が痛みました。

 それでも、永遠への憧れが少女を突き動かすのでした。


 ある日、少女がいつものように陸を眺めていると

 浜辺に誰か倒れているのを見つけました。


 驚いた少女は、波打ち際にまで行って、その人に声を掛けました。


「もし?もし!大丈夫ですか?」


 するとその人はゆっくりと身を起こし、少女の方を見て目を丸くしました。


「これはこれは、もしかしてお嬢さん、人魚なのかい?」


 倒れていたと思っていたのは、旅の青年でした。

 ただ、横になって、波の音を聞いていただけだから大丈夫、と話します。


「長く旅をしているけれど、人魚と話をするのは初めてだよ」


「まぁ、私も人間さんとお話をするのは初めてなんですよ」


 二人は笑い合いました。


 それから、少女は、青年から沢山の旅の話を聞きました。

 

 七色に光る宝石の話、空に浮かぶお城の話、空へと流れる滝の話。

 少女には想像もつかないような世界中の旅の話を聞かせてもらいました。


 話を聞かせてくれたお礼に、少女は歌を歌ってあげました。

 少女は歌には自信があります。

 歌が上手な人魚の中でも、頭一つ抜けて、少女は歌が上手でした。


「とても綺麗な歌声だね」


 褒めてもらったのが嬉しくて、少女は歌い続けました。

 風の音に合わせて、波の音に合わせて、鳥の声に合わせて。

 青年に歌って聞かせました。


 そうしているうちに、いつしか空に月が上りました。


「いけない、もう帰らないと」


 月を見て少女は言います。そして、水面から上目遣いで青年を見て


「また、会えますか?」


 と聞きました。


「うん。またここにいるから、会いに来てほしいな」


 少女はその言葉が嬉しくて、満面の笑みを作りました。

 

 それから、少女は何度も青年の元を訪れました。

 青年は、世界を旅して、色々な景色を見て回っているのだと語りました。


「いつか死ぬときまでに、できるだけ沢山の景色が見てみたいんだ。」


 青年の言葉に、少女は胸がざわざわとしました。


「もし永遠に生きられたら、ずっと世界中の景色を見られるのに」


 小さな声でぼそぼそと言う少女に、青年は困ったような笑顔を浮かべ


「そうだね」


 と返しました。

 それから、何かを思い出したように、おもむろに鞄から巾着袋を引っ張り出し、その中身を手のひらに出して、少女に差し出しました。

 少女はきょとんとそれを見つめます。


「これは?」


「僕の故郷の、数え豆、っていう食べ物だよ。毎年一回、自分の年の数だけこの豆を食べると、その人はいつまでもいつまでも長生きができるんだ」


 青年は説明してくれました。

 

 話を聞いていた少女にも、それが本当に不老不死になるための食べ物ではないことはわかりました。

 しかし、青年が、自分のことを気遣って豆をくれたことを、たまらなく嬉しく思いました。


 少女は、一粒一粒、噛みしめながら豆を食べました。


 その様子をニコニコしながら見つめていた青年は


「今度、きみ達人魚の食物も食べてみたいな」


 と言います。


 少女は青年に、ごちそうをすることを約束して、別れました。


 少女は、ますます青年に惹かれていきました。


 それから、少し経ったある日のことです。


 少女のお母さんが亡くなりました。


 渦潮に巻き込まれる事故のせいでした。


 少女は、深く、深くショックを受けました。

 

 数日の間、ショックで臥せってしまいます。

 お手伝いさんは心配しますが、それでも立ち直れそうにありません。

 少女のショックはあまりに大きかったのです。


 たとえ、自分が永遠になったとしても、周りのみんなは永遠なんかじゃないんだ……

 母を永遠に失ってしまった少女は、そのことが怖くて怖くて堪りませんでした。


 つらいことは、それだけではありませんでした。


 何とか少しずつ元気を取り戻した少女が、再び青年に会いに行くと


「もうそろそろ、ここから旅立とうと思うんだ」


 少女は、また怖くなってしまいました。

 どれだけ永遠を望んでも、否応なしに、ものごとは変化していきます。

 自分が憧れていた永遠とは一体何だったのか、少女はわからなくなってしまいました。


「人魚の食べ物をごちそうしたいの。明日まで待っていてくれないかしら」


 少女は咄嗟に言って、青年を食い止めました。

 青年は笑顔で了承してくれました。


 お母さんは永遠にいなくなってしまいました。

 青年もいなくなってしまいます。

 もしかしたら、青年も永遠にいなくなってしまうかもしれない。


 永遠、永遠、永遠。


 かつて憧れた言葉が、ぐるぐる頭の中を回り始めます。


 そうして、かつてお手伝いさんが教えてくれた、永遠の話を思い出しました。


 もう、少女には永遠が何なのかはわかりませんでした。


 しかし、ならば、せめて青年は永遠であって欲しい、

 そんな風に願いました。


 その晩、少女はお手伝いさんに料理をお願いしました。

 人魚のごちそうを、青年に振舞うためです。


 お手伝いさんはとても驚き、「そんな恐ろしいことは出来ない」と言います。

 しかし、少女は譲りませんでした。


「なんでもしてくれるって約束したじゃない!」

「彼には永遠でいてほしいの!」

「お願い!お手伝いさんにしか頼めないの!」


 何度も、何度も食い下がりました。


 母を失った悲しみ故か、それとも青年への恋慕の故か。

 少女の永遠への狂気が、お手伝いさんにはわかりませんでした。

 

 結局、お手伝いさんは、少女の願い聞き入れてしまいました。


 肉を食べない人魚が肉を料理することは簡単ではありません。


 お手伝いさんは身を粉にして取り組みました。

 せめて、おいしく食べてもらうために

 肝煎りで調理し、心骨を削り、血肉を注ぎました。


 そうして、人魚の料理が完成しました。 


 次の日、お手伝いさんは、少女の代わりに、青年にご馳走を食べさせてあげました。

 少女が会いに来れないことを聞いた青年は寂しそうでした。

 しかし、少女が約束を守ってくれたことを嬉しく思い、料理を頂くことにしました。


「とてもおいしいです!」


 青年は夢中になって食べました。

 これほどおいしい料理は、旅の中でも食べたことがありませんでした。

 お手伝いさんは、その様子をじっと見守っていました。


 青年は、料理を残さず綺麗にたいらげ、尋ねました。


「こんなにおいしい料理は初めてです。一体、何の肉だったのですか?」


 お手伝いさんは答えました。


「それは、人魚の肉です」



 



 心優しい青年は、毎晩毎晩、人魚の少女の夢をみます。

 自分がどれほど恐ろしいことをしてしまったのか。

 朝も昼も夜も、いつでも恐ろしくなって、少女のことを思い出します。


 海を見るたびに少女を思い出します。

 魚を見るたびに少女を思い出します。

 月を見るたびに少女を思い出します。


 少女の姿を思い出します。

 

 風の音を聞くたびに少女を思い出します。

 波の音を聞くたびに少女を思い出します。

 鳥の声を聞くたびに少女を思い出します。


 少女の歌を思い出します。

  

 青年の命が続く限り、青年は少女を思い出します。

 青年はずっとずっと生き続けます。


 少女は永遠になりました。

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