第三章 警視庁への挑戦状
警視総監宛の手紙が届いた。
怪人21面相を名乗るものからの手紙だった。
便箋には水道に毒物を混入し、首都を混乱に落としいれるという内容で、末尾に怪人21面相と名乗っていた。
これに対して警察当局はどのような手が打てるのか。
〔1〕警視総監への手紙
都庁に手紙が届いてから二日後の17日水曜日の午前10時過ぎに、警視庁に総監宛の封書が届いた。
警視庁でも郵便物は、都庁と同じような手続きで各部署に届けられる。
最初にこの郵便物に気付いたのは、総監室の秘書をしている吉元はるかであった。
封書の表には警視庁の住所と、警視総監宛とのみ記されているのみで、裏には都庁に届いた手紙と同じ住所、氏名が書かれていた。
中の便箋には都庁と同じように「水道に毒物を混入する」とのみ印刷され、末尾に「怪人21面相」と書かれている所が異なっていた。
手紙は直ぐに総監室に届けられた。
総監は手紙には触れずに、「すぐにこのまま鑑識に届けろ。」と命じて、すぐに公安部長に電話を掛けた。
「例の手紙が私の所にも届いたよ。文章は前と全く一緒だ。ただ最後に〔怪人21面相〕と名乗っているよ。」
「怪人21面相と言えば、あのグリコ、森永事件の犯人では。」
「そうだ、広域重要114号だ。」
「しかし、あの事件はもう30年も前の事件では有りませんか。その後全く動きは有りませんが。」
「これがあの時の犯人とは限らない。模倣犯かもしれない。」
「それで、この後どうします。」
「今はまだ打つ手が無いが、そのうち何か言ってくるよ。それまで待とう。」
公安部長が電話を切りかけたのを感じて、総監の上田は慌てて「広瀬君、この事は口外無用だよ。」と念を押して電話を切った。
警察内部でこの事件に付いて知っているのは、まだこの二人だけだった。
鑑識で指紋照合された手紙と便箋からは、何も解らなかった。
〔2〕秘密の共有
その日の午後、知事室で書類の片付けをしていた直子は隣席の大場に「大場さん、ちょっと教えていただきたい事が有るのですが、仕事が終わってから渋谷に行きませんか?」と小声で話しかけた。
「なんだい、難しい話かい。」
大場も書類に目を落とした顔を少し直子の方に向けて、小声で聞いたが、直子の顔を見たままで「それじゃあ、6時にいつもの店で落ち合おうか。」と言った。
「お願いします。」と直子は答えた。
渋谷の喫茶店には直子のほうが先に着いた。
駅から5分ほど東に歩いた所に有る、古い商店街の入り口近くに二階に上がる階段が有り、ドアを開けて入った右側に10席ほどのカウンター席が有り、右側に下の商店街を見下ろせる窓に沿って4人掛けのテーブル席が4つ並べて置いてある。
直子は一番奥の席に腰を下ろした。
二人は会う時にはいつもこの店を利用している。
いつ行っても客は10名足らずで、奥のこの席が空いているので、ここが指定席になった。
今日はカウンターに2名と二つのテーブル席に2名ずつの客が座っている。
直子はコーヒーを注文して、側のラックに入れてある女性週刊誌を取り上げた。
読むとも無く、ページをめくり、大場の来るのを待った。
10分近く待った頃に、大場が入り口のドアを開けて入ってきた。
「やあ、待ったかい。」
「ううん、そんなでもないわ。」
テーブルの上のコーヒーカップには、まだ半分ほどのコーヒーが残っていたが、すでに冷めていた。
大場もコーヒーを注文してから「教えて欲しいことってなんだい。」と切り出した。
直子は自分を落ち着かせるように、コップの水を一口飲んで口を開いた。
「月曜日のあのこと、気になるんだけど、どうなったのか誰も何にも言わないから、余計気になるのよ。」
「僕たちが気にしたって、どうにもならないよ。」と大場は少し突き放したように答えた。
その時大場の注文したコーヒーが運ばれてきたので、二人の会話は途切れた。
「私のお父さん、水道局にいるでしょう。」
「もしあんな事されたら、水道局の人が困るでしょう。」
直子は少しの間、考えていたが思い切ったように、昨夜の父との会話の様子をを話した。
直接的には話していないが、水道管に細工を施して、異物を混入出来るのかという質問をしている。
その事を大場にも聞いて欲しかったのである。
大場は「僕も水道管に細工をしたり、浄水場に賊が入れるとは思わないな。」と言ってコーヒーカップを取り上げた。
「でも、あの手紙を送ってきた人、本当にあんな事するのかしら?」
「それは僕にも解らないよ。」
「もう警察に届けているんだから、あまり考えない方が良いよ。」
「そうね、私たちにはどうしようも無いわね。」
直子は大場と話した事で、少し気が楽になったような気持ちになった。
この問題はもう考えまいと自分に言い聞かせた。
その後20分ほど、二人は会話を切り替えて二人だけの時間を楽しんだ。
その間だけ直子は事件の事を忘れて会話を楽しめた。
今では直子にとって、大場は無くてはならない存在になってきている。
店を出た二人は、いつものように渋谷駅の構内で分かれた。