終章 犯人逮捕なるか
有力な容疑者が浮かび上がった。
果たして真犯人なのか?
捜査陣は証拠品との照合に力を注ぐ。
犯人グループを逮捕する事は出来るのか?
物語は最終章を迎えた。
〔1〕 山中次郎の取調べ
喫茶店で時間を潰していた二人の捜査員は、6億円の現金を略取された当日に捜査車両の5号車に乗っていた今川と君津で、午後5時に再び運送会社の事務所に行った。
間もなく山中次郎の乗ったトラックが帰ってきた。
社長に伴われて山中は、捜査員の待つ応接間に入ってきた。
その男はまさしく似顔絵にそっくりであった。
社長は今川から部屋を出るように促されて、部屋のドアを閉めて事務室に戻った。
身長は175センチ位で細面である。
今川は最初に、現金を略取された4月11日のアリバイから聴取を始めた。
「山中さん、4月11日には何をされていましたか?」と質問した。
山中は「日報を見れば解るので、社長から借りて来ましょう。」と答えたが、「それなら私が借りて来ましょう。」と君津が立ち上がり、事務所にいる社長から日報を借りてきた。
日報に依ると、4月11日の犯行当日に山中は、前日に栃木県内で荷物を積んで、早朝に名古屋に向って中央自動車道を走っている。
足利市内で荷物を積み、東北自動車道を南下して東京都内に入り、新宿、代々木を経由して中央自動車道に入り名古屋に向ったと日報には記入されている。
今川は、このコースは犯行当日の犯人の動きと全く同じだと思った。
日報に記入されている時刻は、午前8時頃に都内に入り、10時頃に中央自動車道に入っている。
まさしく、都庁から中央自動車道の間で掛けてきた電話の主と同じ時間帯に、同じ場所を走っている事になる。
それにしても、この男は犯人にしては落ち着きすぎている。
今川の今までの経験では、犯罪を犯した者は、警察が自分の前に現れたら、もっと動揺するものである。
この男は、詳しく記入してある日報を見られても、平然としている。
今川は「当日の行動は、この日報の通りですね。」と念を押した。
山中は「はい、この通りですが、何か不審な所が有るのでしょうか。」と落ち着いた標準語で答えた。
今川はさらに「この運行の途中で休憩はされましたか?」と尋ねた。
山中は「途中何ヶ所かで休憩しました。」と答えた。
「どこで休憩されたか覚えていますか?」との質問に山中は、「あの日は腹具合が悪くて、都内に入って二回、中央道でも二回くらいトイレに行ったのと、昼食時やその他数回休憩したと思います。」と答えた。
今川は「その場所を覚えていますか。」と重ねて聞いた。
「最初は渋谷辺りで、次は代々木公園のトイレだったと思います。後は中央道の石川と藤野パーキングのトイレで、昼食は双葉パーキングで食べました。後は辰野と小黒川パーキングと恵那峡サービスエリアで休憩しました。」
「ああ、それから上の原インターの手前で腹が痛むので、インターを降りて大月のドラッグストアーで薬を買いました。」と山中は平然と答えた。
まさに犯人が電話を掛けてきた所と一致する。
偶然で、こんなに一致する事は無い。
今川は、この男が犯人の一人に違いないと確信した。
後はこの男の声と、録音されている声を比べて、声紋を調べれば良い。
今川は「山中さん、お手数ですが、貴方の声を録音させてくれませんか?」と持ちかけた。
これに対しても山中は簡単に「良いですよ。」とあっさりとOKを出した。
これ以後の会話を、今川はテープに録音して警視庁に持ち帰った。
帰る途中で二人の捜査員は加古川署に立ち寄り、山中に加古川署の捜査員に張り付いてもらうように依頼した。
持ち帰ったテープの山中の音声と、犯人の電話の声を照合したが、声紋は一致しなかった。
似てはいるが、声紋は微妙に異なっていた。
〔2〕淡路島での捜査
捜査員は今度は淡路島で農業を営んでいる山中の両親の元に行き、二人の靴を調べた。
父親の山中郁夫は64歳で25センチの靴を履き、母親の春子60歳では23センチの靴を履いていた。
いずれも犯人の足跡から採取された靴よりも1センチづつ小さい。
だが履けない事はない。
捜査員は、この家に有る全ての靴を出してもらって調べたが、犯人の靴と一致するものは無かった。
また、この家に同居している長男の初男夫婦は、勤めに出ていて留守だったが、この夫婦の靴の中にも犯人の靴と一致するものは無かった。
捜査員は、犯行当日の両親の行動について聞いた。
「お二人は、4月11日は何処で何をされていましたか。」
郁夫は「11日は、名古屋で親戚の法事が有りましたので、夫婦で行きました。」と答えた。
「新幹線ですか?車ですか?」と捜査員が尋ねた。
「荷物が有りましたので、車で行きました。」と郁夫が答えた。
車は白色のワゴン車で、長男の初男名義であるが、「この日は借りて乗って行った。」と郁夫は答えた。
捜査員は「何時頃に、名古屋を出ましたか。」と更に尋ねた。
「向こうの家を出たのは午後3時頃です。」
「名古屋からは名神高速を使いましたか?」と尋ねた。
「名古屋と言っても、一宮の近くですので、高速に入ったのは岐阜羽島のインターから入りました。」と郁夫は答えた。」
羽島パーキングから、現金を持ち去った二人組みの行動時間と一致する。
靴のサイズは1センチづつ小さいが、履けない事は無い。
犯行に使った靴は、既に処分されたのであろう。
捜査員はこの山中一家に依る犯行に違いないと確信した。
だが、状況証拠だけで、確たる証拠が見つからない。
後は、長男夫婦についての捜査が残されている。
長男の初男は32歳で、島内の漁業組合の事務所で働いている。
長男の嫁の清子は30歳で、漁業組合の加工場で干物を作っている。
初男の靴は26センチで犯人の物と同じサイズだが、清子のサイズは24.5センチで犯人の者とは一致しない。
二人とも午後5時までの勤務で、30分もすれば帰ってくると言うので、捜査員は待っていた。
その間も山中夫婦は、捜査員に茶菓子を出したり世間話をして、犯人らしい素振りは全く無い。
捜査員は今まで感じていた、犯人で有るという確信が揺らいできた。
この家族には凶悪犯という、今まで捜査員が持っていたイメージが全く湧いて来ないのである。
特にこの夫婦と話をしていても、何処にでもいる人の良さそうな百姓の夫婦に思えた。
手は農作業で荒れた太い指で、顔も日に焼けて、皺深い顔は真っ黒である。
とてもこの二人が、今回の様な凶悪犯には思えない。
30分ほどして、長男の嫁の清子が帰ってきた。
長男の春夫は、更に30分ほどで帰ってきた。
二人とも通勤に使っている軽四で帰ってきた。
この家には、ワゴン車と通勤用の軽四が二台と農作業に使う軽四のトラックの4台の車が有った。
捜査員は4月11日の春夫のアリバイに付いて尋ねた。
春夫はこの日、淡路島の対岸の明石漁協に出張していた。
自家用車でフェリーに乗り、午後5時前まで漁協にいて、その後西宮市内に行ったと答えた。
当日の西宮市内から電話を掛ける事が出来る。
捜査員は、春夫の声を録音させてくれるように頼んだ。
しかしながら春夫の声も、犯人からの録音テープの声の声紋とは異なっている事が後ほど解った。
春夫の妻の清子に付いては、当日の犯人グループの行動の中で、捜査車両の位置を的確に捉えていた追跡者の役割をしたと思えるが、清子はこの日は漁港の加工場で働いていたのでアリバイが有った。
山中家の5人の内、4人までが犯人と同じ行動をしている。
捜査陣は、山中家の4人の当日の行動に付いて徹底的に調べたが、それぞれの話は辻褄が合っている。
行動は犯人と同じなのだが、犯人だと決め付ける証拠が見つからない。
家宅捜査も行ったが、青酸性の毒物も現金もバッグも見つから無かったし、便箋や封筒も犯行に使われた物と同じものは無かった。
その後3ヶ月近く、捜査陣は山中家の家族の調査を行ったが、全員まじめに仕事に励んでいた。
そして5人とも、5年ほど前から毎月5万円位の貯金や預金をしていて、全員が300万円から500万円位の蓄えが有る事が解った。
金銭的に困っている訳では無さそうだ。
淡路島の山中家の家と土地は先祖から受け継いだもので、、山中郁夫の名義になっていて、自宅の土地は300坪、果樹園は約1000坪、野菜を作っている畑も300坪位有り、この辺りの土地は安いが、それでもこのくらいの土地を買おうとすれば、数千万円は必要だ。
山中家には、このような凶悪な事件を起こすような必然性は見当たらない。
家族の行動と犯人の行動が一致したのは偶然なのか。
それにしても4人もの行動が同じというのは、偶然とは言えない。
捜査陣は何度もこの家を訪ねて家族の話を聞いたが、確証を掴む事は出来なかった。
唯一の確証とも言える声紋がなぜ一致しなかったのか。
これが一致すれば逮捕出来るのにと捜査本部の全員が思った。
事件発生から1年後に捜査は全く進展しないままに捜査本部は解散し、その後は僅か2名の捜査員が他の事件と掛け持ちで捜査を続けていくのである。
その頃、大場夫婦には女の子が生まれて、家族3人で幸せな明るい生活を送り、事件の事は忘れ去られていた。
「怪人21面相再び」はここで完結させていただきます。
誤字や脱落が有りましたら、お許し下さい。
今後は新しい小説で、山中家の家族の事を書きたいと思っています。
書き終えるのに長時間掛かりました。
またお会いしましょう