第十二章 怪人21面相は今どこに
まんまと大金を手に入れた怪人21面相は、どこに消えたのか?
犯人一味は何人いたのか?
警察のその後の捜査は進んでいるのか?
怪人21面相は逮捕されるのか?
疑問だらけの物語の最終章です。
〔1〕 羽島パーキングでの犯人の手口
西宮北インターチェンジで名神高速を下りた1、2号車はUターンして、再び名神高速に乗った。
2号車の船場係長が無線で、大場に話しかけてきた。
「大場さん、今日はお疲れ様でした。」
「犯人の要求はこれで全て終わったと思われます。」
「われわれはまだ、羽島パーキングの捜索に向わなければなりません。」
「大場さんは、新大阪から新幹線で東京にお帰り下さい。」
「都庁の方へは、警視庁から今日の様子を全て報告しておきますので、安心して疲れを取ってください。」と大場に労わりの言葉を掛けた。
大場は「有難うございます。お役に立てませんで、申し訳御座いません。」と答えた。
「そんな事は有りません。」
「大場さんには、犯人の指示通りに動いて戴いたのですから、これで充分です。」
「後の事は、我々にお任せください。」と大場は感謝の言葉を掛けた。
そして1号車を運転している浅田に「大場さんを新大阪駅までお送りしてから、羽島パーキングに来てくれ。」と言って無線を切った。
1号車は新大阪駅に向う為に中国豊中インターで下りて、2号車と別れた。
2号車は赤色灯を屋根に取り付け、サイレンを鳴らして羽島パーキングを目指してスピードを上げた。
1号車が新大阪駅に着いたのは午後8時過ぎだった。
大場は午後8時20分発の東京行きの「のぞみ」に乗った。
車内には大勢の乗客が座っていたが、一人旅なので自由席の空いている席にひとまず座った。
1号車に積まれていた大金の入ったカバンは、浅田が証拠品としてひとまず警視庁に持ち帰る事になったので、大場は手ぶらで帰れた。
船場係長が都庁にも連絡を入れると言ってくれていたが、大場は携帯を持ってデッキに出て行った。
都庁の知事室長の大野に電話を入れて、今日の出来事のあらましを報告した。
既に大野の所に連絡が入っていたので、大野は大場に労いの言葉を掛けて、今日はこのまま自宅に帰って休むようにと言ってくれた。
大場は電話を切ると、再度ボタンを押して、今度は加藤直子の自宅に掛けた。
直子は自宅で大場の安否を気遣い、風呂にも入らずに大場からの電話を待っていた。
電話は直子が受話器を取った。
「はい、加藤です。」
「大場です。いま新幹線で東京に向っています。」
「大丈夫でした?危ない目に遭わなかった?」と直子は大場の身を案じた言葉を掛けた。
「大丈夫だよ、ただカバンを置いてきただけだから。」と大場は笑い声を立てながら答えた。
「それに警察の人も一緒に大勢いるのだから、大丈夫だよ。」と、本当は心身共に疲れていたが、わざと大声で笑って見せた。
「でも10時間以上車で走ったので疲れたよ。」
「室長にこのまま家に帰って休むようにと言われたので、そうするよ。」
「明日、警察の人から今日の様子を聞かれるらしいから、今日は良く寝ておくよ。」
「じゃあ、明日会おう。」と大場は言葉を切った。
「じゃあ、また明日。ゆっくり休んでね。お疲れ様。」と直子は答えたが、大場が電話を切るまで受話器を耳から離さなかった。
大場は電話を切ると席に戻った。
席に座って5分立たないうちに、深い眠りに着いた。
品川で降りるつもりだったが、終着駅の東京に着いてから目が覚めた。
東京駅から中央線に乗り換えて、職員社宅に帰り着いた。
午後11時55分になっていた。
大場の長い一日が終わった。
一方、船場係長の乗った2号車は、西宮からは羽島までの約200キロを走りぬいて午後9時25分に羽島パーキングのプレハブ小屋の前に到着した。
その途中で、警視庁から電話連絡が有り、先ほどの2回の犯人からの電話は、いずれも西宮市内の公衆電話から掛けたものであることが解ったが、2箇所は別々の場所で有った。
羽島の現場には1号車以外の全ての捜査車両が集まっていて、更に岐阜県警の鑑識を中心とした捜査陣も到着していて、既に捜査は終了していた。
船場は岐阜県警の責任者である、福島警部に挨拶をしたあと、この小屋に張り付いていた3号車の井上から捜査状況の報告を聞いた。
井上は「この小屋には清掃作業員の女性しか入っていません。女性の身元は支配人に確認しましたが、間違いなくここの社員です。」
「犯人は小屋の一番奥の鉄板製の壁板を1枚外して、中に置いて有ったカバンを取り出したと思えます。」
「この鉄板は24本のビスで固定されていますが、今は10本だけで止めています。」
「小屋の後方10メートルほどの所に、高さ2メートル50センチほどの金網のフェンスが有るのですが、フェンスに1メートル四方ほど金網が切られた跡が有ります。」
「犯人はここから出入りしたと思われます。」
船場が「見張っている間、人影は見なかったのだな。」と聞いた。
「はい、小屋の奥は光が当たらないので全く見えません。」
「それに、小屋から30メートルほど離れた所で見張っていたので物音も聞こえませんでした。」と井上は弁解するように答えた。
井上は続けて「フェンスの外は下り坂で、未舗装の細い道が有ります。」
「30メートルほどは車では入れませんが、その先は農道で車の通行は可能です。」
「細い道で、犯人の物と思われる2種類の靴の足跡が見つかりました。」
「いずれもスニーカーかジョギングシューズの様なものです。」
「小屋からは何種類かの指紋が検出されていますが、かなり前に付いたものらしくて、恐らく犯人のものでは無いと思われます。」
「今解っていることは以上です。」と井上は報告を終えた。
船場は「了解、後は岐阜県警の鑑識の結果報告を聞いてから動こう。」と答えて、携帯で警視庁の捜査本部に今聞いた内容を報告した。
捜査本部から、残っているカバンを持って、東京に帰って来いとの命令を受け、10台の捜査車両は羽島パーキングを出て一旦西進して、岐阜羽島インターチェンジでUターンしてから、東京に向けて走った。
このとき時刻は丁度午前0時になっていた。
10台の車は屋根の上に赤色灯を付け、サイレンは鳴らさずに、ほぼ時速100キロで東進した。
警視庁に帰って来たのは午前4時であった。
結局、3個のカバンを略取されたので、被害金額は6億円だった。
この後全員で朝まで、昨日一日の犯人からの電話の分析や、パーキングでの様子を報告し合って、今後の捜査方針について考えた。
〔2〕 犯人の足跡
3月12日(金)、大場はいつもの時間に都庁に出勤した。
昨夜は、新幹線の中で眠ったにも関わらず、自宅でも朝まで熟睡した。
午前9時過ぎに警視庁の捜査本部の係官が2名やって来た。
二人とも昨日の捜索には加わらず、捜査本部に待機していた捜査官である。
応接室のソファーに腰を掛けてから、大場は昨日の朝都庁を出発してから新大阪駅に着くまでの状況をこと細かに話し、気になる点に付いては捜査官から細かく質問されたが、それらに付いては、1号車の浅田や2号車の船場の方がより詳しく覚えていた。
二人の捜査官は、1時間30分ほど大場の話を聞いて帰っていった。
その後で知事室長に、昨日の様子を簡単に報告して、やっと自席に座る事が出来た。
隣席の直子が「今日のお昼、一緒に食べない。」と話しかけてきた。
「そうだな、外に出ようか。」と短く答えて、直ぐに昨日1日で溜まっていた書類に目を通し始めた。
午前の勤務時間は直ぐに終わった。
二人は都庁近くの中華料理店で落ち合った。
席に着くと直ぐに二人ともサービスランチを頼んだ。
この店にも二人は時々来て、いつもサービスランチを頼んだ。
サービスランチは日替わりで、値段も700円と安い。
今日のメニューは、大皿に野菜炒めと肉団子を油で揚げて甘酢あんをかけたものを並べ、ライスとスープが付いていた。
食事の間に直子は、大場の昨日の様子に付いて聞きたかったが、大場は警視庁の捜査員から口外しないようにと言われていたので、ドライブの様子だけを直子に話した。
二人が食事を終えた時、席の空くのを待っている客がいたので、二人は店を出て近くの公園に行った。
今日は晴天で、暖かかったので公園には近くのオフィスから出てきている大勢の人手賑わっていた。
生憎ベンチはどこも空いていなかったので、二人は芝生の上に座る事にした。
大場は「20日からの連休に、僕の実家に一緒に行ってくれないか。」と言った。
大場の実家は広島県の宮島で、食堂を兼ねた土産物店を営んでいる。
大場は連休の間は客が多いので、昼間は広島の街を観光して、土曜日の夜に直子を家族に紹介しようと考えていた。
「土曜の夜は実家に止まって欲しいので、ご両親にお話して了解してもらいたいんだ。」と大場は直子に言った。
「両親も喜んでくれると思うわ。」と直子は喜びを体に現せて言った。
「式と新婚旅行はゴールデンウイークにしたいと思っているのだけどどうだろう。」と大場は尋ねた。
「纏めて休みが取れるのはゴールデンウイークしか無いわね。」と直子が答える。
「結婚後の事に付いて、ゆっくりと相談しないといけないね。今度の日曜に会って話合おう。」と大場は言って、左手の時計を見ながら立ち上がった。
二人は肩を並べて都庁に帰っていった。
丁度その頃、警視庁の捜査本部に岐阜県警から、羽島パーキングでの捜査結果が送られてきた。
それに依ると、プレハブ小屋からはめぼしい物は無く、裏手に有るフェンスの外に有った二人分の靴の跡が唯一の手掛かりで有るというものだった。
1足は、アメリカの大手スポーツ用品メーカーで作られたジョギングシューズで、寸法は26センチの男物で有り、このタイプは国内のスポーツ用品店で数多く売られている物である。
もう1足は、国内の大手タイヤメーカーが海外で製造させた物を輸入販売そているジョギングシューズで、寸法は24センチの女物とみられ、こちらは国内の靴量販店で売られている物で、こちらも数多く販売されている。
どちらも大量に生産販売されているので、購入者を限定する事は不可能であろう。
だがこの靴跡から、犯人は男女一名づついる事が解った。
その他の手掛かりは、犯人からの電話の声である。
これを録音したテープの解析から、都庁から中央道までの間に掛かって来た電話と、それ以降に掛かって来た電話の声は別人の者で有る事が解った。
中央道までの声は、20歳代前半の男の声と思われ、名神高速での声は、30歳代後半の男の声だと思われたが、この二つの声は非常に似ていて、恐らく家族で有り、年齢差から見て親子ではなく兄弟ではないかと思われた。
電話の分析からも、犯人は二人の若い男が関わっている事が解った。
位地関係から考えると、中央道までに電話を掛けてきた20歳代の男と、靴跡を残した一人の男が同一で有る可能性も有る。
同一で有れば、犯人の数は3人で有り、異なれば4人になる。
さらに、犯人グループは捜査車両の位地を的確に把握していた。
常に捜査車両の近辺を走っていたとすると、犯人グループは5人いる事になる。
犯人を探し出すには、あまりにも手掛かりが少なすぎる。
過日のグリコ森永事件では、多くの物的証拠や目撃証言が残っていたにも関わらず、犯人を特定する事は出来なかった。
今回の事件では、手紙と青酸性毒物と靴跡とそして電話の声だけである。
果たして、この事件の犯人を特定する事が出来るのか?
その後2ヶ月近く多くの捜査員で調べたが、犯人に近づく事は出来なかった。
〔3〕華燭の宴
4月29日からゴールデンウイークが始まったが、5月1日に都内のホテルの結婚式場で、大場と直子の結婚式が行われた。
大場家からは、広島県の宮島に住んでいる両親と、山口県内の大学に通っている妹の彩香が上京してきて、昨夜はこのホテルに1泊していた。
加藤家は、両親と弟の正志が自宅からホテルに来ていた。
その他には、両家の親族が5名づつほどと、新郎新婦の共通の職場で有る、都庁の上司と同僚が10名ほどと友人が10名の合計40名ほどの披露宴が行われた。
仲人は知事室長夫妻にお願いしていた。
仲人と親族だけに依る挙式の後、披露宴が開かれた。
仲人に依る、新郎新婦の紹介の後、披露宴は型どうりに進められ午後0時から約2時間30分でお開きとなり、その後新郎新婦は新婚旅行先のフィジーに行く為、成田空港に向った。
双方の家族はそのままホテルの一室で懇談した後、大場家の家族はこのホテルにもう1泊したが、加藤家の家族は自宅に戻った。
友人たちは夫婦を見送りに、成田空港まで一緒に行った。
成田は多くの海外旅行に行く人で混雑していた。
飛行機は午後10時20分に飛び立った。
二人は6、7日も休みを取っていたので、9日までは仕事を休める。
フィジーからの帰国は6日の予定であるが、のんびりと出来るのは3~5日の3日間だけである。
二人はフィジーの青い空と碧い海を満喫して、6日には成田に帰ってきた。
新居は、今まで大場が住んでいた、独身者用の官舎の近くに有る、3DKの官舎に引っ越していて、二人の荷物は既に運び込まれていた。
ここで二人の新しい生活が始まるのである。
大場は10日の月曜日から、今まで通り知事室の仕事を続けるが、直子はもう1週間休暇を取って、荷物の片付けをして、来週からは今までの知事室勤務から、庶務課に移動する事になっている。
二人で話し合って、子供が出来るまでは都庁に勤める事にしていた。
子供が出来てからも育児休暇が使えるので、勤める気持ちが有ればずっと勤務出来る。
この点は、公務員は民間企業より優遇されている。
5月の末には直子は身ごもっていたが、二人がこの事を知るのはまだ先の事である。
〔4〕捜査の進展
羽島パーキングで6億円を奪われた当初は、100名近くいた捜査員で、犯人から送られてきた手紙や、犯人の電話の声、犯人の足跡から割り出した靴などの調査が行われたが、いずれも犯人を割り出す事は出来なかった。
合わせて行われた目撃者探しも、全く手掛かりの無いまま捜査は行き詰ってしまった。
犯行後1ヶ月が過ぎて、捜査員は30名ほどに減らされた。
船場係長以下、中央道から東名、名神と走り廻った当時の30名が、今残っているだけである。
この人数も捜査が長引けば、次第に減らされるであろう。
船場は犯人からの電話の関西訛りから、犯人は関西地方に潜伏していると考え大阪府警にも捜査の協力を頼んでいたが、こちらの方もまったく手掛かりは無かった。
また、二人の電話の声を、出来るだけ生の音声に近づけてテレビのニュース番組で流して、市民からの情報を募った。
これには多くの通報が有ったが、似ているというだけで、音声を勝手に録音して声紋を比べる訳にはいかない。
それに特定された人になかなか会えないのと、人数が多過ぎてとても捌き切れない。
やっと会えても、ほとんどは声の質が違っていたり、声を録音するのを嫌がるので、声が非常に似ている人物については犯行当日のアリバイの調査を行ったが、こちらの捜査もはかどらなかった。
音声の録音テープは各県警に送られて、捜査の協力を依頼してはいたが、県警には専従の捜査員を置くことはしないので、たまに非常に声の似た人物がいるという情報が入った時には、警視庁から捜査員が出向いて調べるといった状態だった。
捜査員は何度か、中部地方から関西方面に出掛けていったが、有力な情報は掴め無かった。
捜査費用も捜査員の人件費を含めると、すでに1億円を超えている。
関西に2名の捜査員を出張させれば、日帰りでも5万円、1泊すれば安いビジネスホテルに泊まっても、さらに1万円以上は掛かる。
近頃は課長も、出張願いには良い顔をしなくなってきた。
それでも、県警から情報が入れば出向かない訳にはいかない。
そうした情報の中で、兵庫県警から明石の市場内の玉子焼き(たこ焼き)店の主人からの通報で、以前この店に良く来ていた客の声や喋り方が犯人の声に似ているというものが有った。
店主の話に依ると、この男は年齢25~30歳で、身長は175センチ位、痩せ型で、頭髪は短いスポーツ刈り、顔はやや細く、精悍な顔つきで有るというものであった。
関西訛りの若い方の声に似ていて、職業はトラックの運転手をしているらしいと店主は話した。
しかしながら、勤務先や住まいは全く解らない。
そこで警視庁の捜査員は兵庫県警に依頼して、この男の似顔絵を描いて貰う事にした。
兵庫県警から派遣されたのは、今までに何度も目撃者からの話で似顔絵を描いた事がある優秀な警察官であった。
描かれた似顔絵を見て玉子焼き店の店主は、「旨いもんやなあ。そっくりや。」とこの画を褒めた。
この画を警視庁に持ち帰り、再びテレビのニュース番組で流し、更にポスターを作って全国の警察署ならびに派出所などに貼られた。
この似顔絵には全国から多くの情報が入ってきた。
世の中には良く似た人が多くいるものである。
今回の情報は範囲が広いので、その全てに警視庁から出掛けるという訳にはいかない。
各県警で調査をしてもらうように警察庁から通達を出してもらった。
しかしながら情報の多くは、単に似ているか、当日のアリバイが有ると言う事で、捜査の対象から外れていった。
その中で、兵庫県高砂市の運送会社の運転手からの通報で、2年ほど前にこの運送会社に勤めていた運転手で、山中次郎という男に良く似ているという情報が入った。
名前も「山田太郎」に良く似ている事から、警視庁からも捜査員を派遣した。
会社に保管している履歴書の写真や、慰安旅行の写真も似顔絵に良く似ている。
捜査員は履歴書から、この男の本籍地が兵庫県の淡路島に有る事を知った。
早速、淡路島に行き調べたところ、兵庫県を見渡せる山の上で、畑と果樹園に囲まれた農家が有り、ここには両親と長男夫婦が住んでいた。
居合わせた両親に次郎の所在を尋ねると、今は加古川市内の運送会社に勤めているという事であった。
捜査員は、父親の声や喋り方に注目したが、録音された声とは異なり、関西訛りの喋り方であったし、、声の質も違うように思えた。
捜査員は再び兵庫県に帰り、加古川の運送会社を尋ねた。
運送会社の社長は、「山中は今、関東に荷物を積んで行っているが、今日の夕方には事務所に帰ってくるだろう。」と言った。
捜査員は運送会社の近くの喫茶店で時間を潰して、山中が帰ってくるのを待った。