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第十一章 舞台は関西へ

 大金を二箇所で下ろした捜査車両は更に西進し、グリコ森永事件の舞台となった関西まで走る事となった。

犯人は関西圏で大金を略取しようとしているのか?

犯人グループは何人いるのか?

捜査車両は足りるのか?


 〔1〕琵琶湖東岸を南下


 羽島パーキングエリアを出発した1、2号車はさらに西進する事になった。

走り出して10分ほどして、捜査本部から2号車の船場係長の携帯に電話が入り、先ほどの犯人からの電話は、恵那峡サービスエリアの公衆電話から掛けられたもので有ると告げられた。

ここを捜査出来るのは10号車しかいない。

船場は10号車の大前田に電話を掛けた。

「いま、どの辺りだ?」

「阿智パーキングを過ぎたところです。」と大前田は報告した。

「そうか、次は恵那峡に行ってくれ。左側の公衆電話だ。30分ほど前に電話を掛けてきた。」

「そこからだと20分ほど掛かるから、目撃者はいないだろうな。急いで行ってくれ。」と船場は促して電話を切った。

船場が電話を切ると同時に1号車の大場の携帯に電話が掛かってきた。

犯人からである。

「大場さん、山田太郎です。」

「羽島にカバンを三個降ろしてくれましたか?」と尋ねてきた。

「はい三個を黄色のコンテナの中に入れました。」と大場は答えた。

今までの犯人からの電話は、一方的に要求を伝えるだけで、尋ねてくることは無かったのに、今回初めて確認してきた。

2号車でこの会話を聞いていた船場は、この犯人の態度の変化に気付いた。

だが、この変化が何を表しているのかは解らなかった。

山田太郎は「また1時間ほど走ってくれますか。その頃に電話をします。」と言って電話を切った。

今回の電話は、くぐもった声で、今までの声とは同じように聞こえるが、話し方が今までの命令的な言い方と比べると、丁寧な喋り方に変わっている。

受話器をハンカチか何かで覆って喋っているようなので、声がくぐもっているのではっきりとはしないが、今までの声の人物とは違っているように船場は思った。

犯人からの電話は全て録音しているので、後ほど調べればはっきりするだろう。

また今までの犯人はバッグと言っていたのに、今回の声はカバンと言っている。

船場は今回の電話は、今までの人物とは違うと思った。


 今回まで犯人の要求する地点は、ほぼ1時間ほど走ったパーキングを指定してきている。

とすると、次はどの辺りになるかと思い、船場は高速道路の地図を取り上げた。

羽島から100キロ先とすると、菩提寺かその先の草津パーキング辺りになる。

船場は、伊吹パーキングで待機している8、9号車に携帯で電話を掛けて、次の目標地点が菩提寺か草津である事を伝えて、出発するように命令した。

この時点では、8、9号車は1、2号車の先を10分ほど先行する事になる。

8、9号車は時速80キロほどで走り、1、2号車に合流するように走った。

30分ほど走った所で1.2号車が8、9号車を追い抜き、4台の捜査車両が揃った。

車窓の右手に琵琶湖が見え隠れしているが、大場も捜査員もその景色は目に入らなかった。


琵琶湖が良く見える彦根インターに差し掛かったころ、2号車の船場の電話がなった。

捜査本部からである。

先ほどの電話は彦根インターの先の多賀サービスエリアの公衆電話から掛けたものであるとの連絡であった。

今度は捜査車両より先行している。

これだけの時間で恵那峡から、捜査車両を追い越して多賀まで来ることは出来ない。

船場が不審に思った様に、今回は別人が電話を掛けてきたのだ。

犯人グループは2班に分かれているに違いないと船場は思った。

と同時に多賀サービスエリアの捜索をどうするか船場は迷った。

10号車は恵那峡の捜査に掛かっている。

既に終わっていても、多賀に来るには2時間くらい掛かる。

1~4号車の内の1台を廻す事も出来ない。

船場は阿智パーキングからこちらに向っている、7号車の遠山に電話を掛けた。

「いま、どこにいる。」

「養老です。」と遠山は答えた。

「犯人が多賀サービスエリアの公衆電話から掛けてきた。」

「俺たちは先に行くから、お前は多賀で捜査に当たってくれ。」と伝えて船場は電話を切った。

この時点で7号車は1、2号車の35キロほど後ろまで来ていたのである。


 羽島パーキングを出発してから50分ほど走った。

4台の捜査車両が竜王インターに差し掛かった頃、大場の携帯に犯人から電話が掛かった。

「山田太郎です。大場さん今度は草津パーキングエリアに入ってください。」

「駐車場の左手の方にベンチが有ります。」

「ベンチの下にカバンを一つ置いてください。」

「置いたら直ぐに出発してください。また電話をします。」と言って電話を切った。

2号車の無線で犯人の声を聞いていた船場は、「カバンを一個だけか。困ったな。」と呟いた。

捜査車両が少なくなって、これから先一個づつ置いていくと車が足りなくなってしまう。

今回は屋外のベンチの下に置けとの要求なので、9号車だけ張り付かそうと船場は決心した。


 10分後に4台の車が草津パーキングエリアの駐車場に入った。

犯人の指示通り、左の方にベンチが有った。

ベンチの周りには誰もいない。

今回は一個だけなので、大場が一人で持っていく事にした。

大場は車の後部からカバンを取り出して、ベンチの下に置いてきた。

その間に船場は9号車の富士川に、ここに張り付くように命令していた。

ベンチに近い所には駐車している車が少ないので、すぐ側にはいられない。

あまり離れていると、犯人が現れた時に間に合わないかもしれない。

ベンチから30メートルほどの所に、白色のワンボックスカーが止めて有ったので、そのベンチよりに富士川は車を止めて見張る事にした。

既に太陽は地平線に沈んでしまっていた。

ベンチの辺りは街路灯の微かな光で、僅かにベンチを確認出来るだけで、その下に置いてあるカバンは見えない。

それでも人が近づいてくれば、直ぐに解る明るさだった。

富士川と後二人の捜査員は、目を凝らしてベンチの方を見ていた。


 1、2、8号車は草津パーキングを出て、更に西に向けて車を走らせた。


 〔2〕グリコ森永事件の舞台、関西へ


草津パーキングを出発して5分ほど走った時に、2号車の船場の携帯に電話が掛かってきた。

阿智パーキングに待機していた5号車の今川からだった。

「係長、10分ほど前に掃除婦のユニフォームを着た女性がドアに近づいてきたので、捕まえて調べたのですが、ここの支配人がいつも働いている掃除婦だと証言したので釈放しました。」

「ドアの前で捕まえましたので、もし犯人が見ていたら、もうここには近づかないのではと思うのですが、どうしましょう?」と今川が尋ねてきた。

船場が「カバンはそのまま有るのか?」と尋ねると、「カバン3個はそのままの状態で有ります。」と今川が答えた。

「良し、そこにはもう犯人は近づかないだろう。カバンを回収して俺たちの方に来てくれ。」

「ちょと前に草津を出たところだ。この先どうなるか解らんからな。緊急走行で走って来てくれ。」

「それから、6号車は草津に行かせてくれ。9号車1台しかいないので合流させてくれ。入って左の方のベンチを見張っている。頼んだぞ。」

「事故を起こすなよ。」と船場は念を押した。

電話を切ってから、船場は羽島パーキングの様子が気になって、3号車の井上に電話を入れた。

「船場だ。異常は無いか?」

「今のところ誰も近づいてきません。」と井上が答えた。

「そうか、そのまま待機していてくれ。」

「俺たちはあと三個のバッグを積んで走っている。まだ犯人の動きは止まっていない。油断をするな。」と言って船場が電話を切ろうとした時、慌てた井上の声が受話器から聞こえてきた。

「係長、掃除婦のユニフォームを着た女が近づいてきます。捕まえましょうか?」と尋ねた。

「ちょと待て。さっき阿智で掃除婦を捕まえたが、本物の掃除婦だった。道具を仕舞いに来ただけかも解らん。様子を見ていろ。」

「バッグを持ち出そうとしたら、逮捕しろ。あとで様子を知らせろ。」と言って船場は電話を切った。

このとき時刻は、午後5時10分だった。

辺りは既に薄暗くなってきている。

草津を出て20分ほど走り、車は京都府から大阪府に入るところだった。

グリコ森永事件の舞台になった、関西に入った訳である。

 

 今まで時速100キロで流れていた名神高速道も、天王山トンネルの辺りから渋滞が始まった。

通勤の帰りのラッシュに当たったのだ。

速度はたちまち40キロほどに落ちた。

これでは犯人の指示通りには走れない。

2号車の船場はイライラしだした。

この辺りの渋滞は慢性的なものである。

この時、船場の携帯が鳴った。

羽島パーキングにいる3号車の井上からだった。

「係長、先ほどの掃除婦ですが、小屋には掃除道具を置きに来ただけで、手ぶらで出てきたので、後をつけて事務所で話を聞いたのですが、ここの作業員に間違い有りませんでした。ただ、小屋の内部の様子を聞いたのですが、カバンや、黄色のコンテナに付いては、全く気が付かなかったと言うのですが、どうしましょう。小屋の中を見てみましょうか?」と尋ねてきた。

「そうだなあ、その作業員が見落としただけかも知れないし、小屋に近づくと犯人に解ってしまうし、どうしたものかなあ。」と船場も考えこんだ。

「小屋の監視はしているんだろうな。」と船場が尋ねた。

「はい、私が事務所に行っている間は岡島がしていますし、今は車に戻っています。」と井上は答えた。

「よし、もう少し監視しよう。車に待機していてくれ。何か有ったら連絡してくれ。」と言って船場は電話を切った。


 渋滞の列に入ってから30分ほど走った。

やっと茨木インター辺りまでやってきた。

道路一杯に車のテールランプの赤い色が、前方何キロにも続いている。

その時1号車の大場の携帯が鳴った。

犯人からの電話だ。

「大場さん、その辺りの渋滞は激しいでしょう。」と直ぐ近くにいて、この車の様子を見ているように話し掛けてきた。

大場は、それに合わせる様に「はい、中々前に進みません。」と答えた。

それに対して犯人は「この先の吹田ジャンクションから中国自動車道を目指して走ってください。」

「また後で電話をします。」と言って電話を切った。

いったい犯人は、今何処にいるのか。

捜査陣の位置を正確に捉えている。

この車の前後にいるかの様に的確に電話を掛けてくる。

捜査車両の近くにも犯人の仲間がいて、他の仲間に携帯で連絡しているのだろう。

大場の携帯には、必ず公衆電話から掛けてくる。

そうだとすれば、東京を出発した時からずうっと犯人はこの車をつけて来ている事になる。

いったい犯人グループは何人いるのだろう。

2号車の船場はこれらの事を考えながら、残りのカバン3個を何処に置く様に要求してくるのかを、高速地図を見ながら考えた。

草津を出てからほぼ1時間が過ぎた。

今までのやり方だと、この辺りで犯人は要求してくるはずだが、渋滞の為に予定していた所にまだ到着していない為に、時間をずらしているのだろうか。

吹田から先のパーキングやサービスエリアは少ない。

最初が西宮名塩サービスエリア、次が赤松パーキングエリア、そして社パーキングエリアだ。

社パーキングからは中国自動車道になる。

いったい犯人は何処まで走らせるつもりなのか。

こう考えると、船場は急に疲労感が襲いかかって来た様に感じた。

今朝10時に東京を出発して、今は午後6時だ。

走行距離も520キロほど走っている。

途中、何箇所かパーキングに入ったが、全て犯人の要求通りに行動しているので、休憩にはなっていない。

今まで、犯人がカバンを置くように要求してきたのは全てパーキングエリアだった。

人や車の多いサービスエリアには置いていない。

だとすると、この先では赤松パーキングに置くように要求してくるのではと船場は考えた。

だが船場には、もう打つべき手は無い。

捜査車両も無いし、この渋滞では先行させる事も出来ない。

後は犯人からの電話を待つのみだ。

車は吹田ジャンクションから西に向きを変えて、渋滞も少し緩和されスピードも上がってきた。

それでも60キロ~70キロ位しか出せない。

20分ほど走って宝塚インターを過ぎた。

船場はあと10分ほどで西宮名塩サービスエリアだなと思ったその時、1号車の大場の携帯が鳴った。

大場が通話ボタンを押すと「山田太郎です。大場さん遠い所まで来ていただいて済みませんでした。」

「今回のゲームはこれで終わりにしましょう。タイムオーバーの為、ゲームセットです。」と言った。

大場は一瞬何の事か解らずに「ゲームセットとは何の事ですか?」と尋ねた。

犯人は「今回の騒動はこれで全て終わったと言う事です。」と答えた。

大場は「まだカバンが3個残っていますが、これはどうするのですか?」と再び尋ねた。

「それは、お土産にして東京に持って帰ってください。」

「では事故を起こさないように、無事に帰ってくださいね。さようなら。」と言って電話を切った。

なんと親切な犯人ではないか。

土産まで持たせてくれて、無事に帰れとは。

犯人は目的を果たしたのか?


 この会話を無線で聞いていた船場は、携帯を羽島で待機している3号車の井上に掛けた。

「おい、直ぐに小屋に入ってカバンが有るか確認しろ。」

電話を切らずにこのままで行け。」と命じた。

井上と他の5名の捜査員が小屋に走って行った。

3名が小屋の中に入り、他の3名が小屋の周りを調べた。

小屋の中に置いた3個のカバンは無かった。

薄明かりで黄色のコンテナは確認出来た。

井上は直ぐに持っていた携帯に口を寄せて、「係長カバンが3個共無くなっています。」と叫んだ。

「やっぱりそうか。今、犯人からゲームセットだと言ってきたんだ。やられたな。」

「俺たちもそっちに向うが2時間以上掛かるだろう。それまで現状を保存しておいてくれ。」と言って電話を切った。

船場はもう一度携帯のボタンを押して、今度は草津にいる9号車の富士川に掛けた。

「そちらの様子はどうだ。」

「誰も近づいて来ません。カバンはベンチの下に有ります。」と富士川は答えた。

「良し、カバンを回収して、直ぐに羽島の井上の所に行ってくれ。6号車はそこに着いているか?」と船場は尋ねた。

「はい、30分ほど前に来ています。」

「良し、全車羽島に行ってくれ。」と命じて船場は電話を切った。

更に無線で1号車の浅田にも、この先の西宮北インターチェンジで降りて、Uターンして羽島に向うように指示した。

そのほかの車両にも携帯で、同じ内容の命令を伝え終えて、船場は大きく息を吐いた。







 




 

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