第十章 大金受け渡しの攻防
犯人から、現金をパーキングエリアの1室に置くように指示が有ったが、10個のバッグのうち、3個だけ置けという奇妙な要求であった。
残りの7個はどうするのか?
何箇所かで受け渡しをするのか?
船場係長はどのような対応をするのか?
犯人を逮捕出来るのか?
〔1〕 1回目の現金要求
大場の乗った車が辰野パーキングを通過して10分ほどで、右手前方に雪を被った木曾駒ケ岳が見えてきた。
しかしこれも、緊張している大場の目には入らなかった。
駒ケ岳サービスエリアを通り過ぎて、15分ほど走った頃に大場の携帯が鳴った。
通話ボタンを押すと「山田太郎だ。阿智パーキングに入れ。」と聞きなれた声が聞こえてきた。
「トイレの入り口を通り過ぎたら、建物の横奥に掃除道具を入れる部屋が有る。」
「その部屋に入った右奥に黄色のコンテナが三個有るので、そこにバッグを一つづつ入れろ。」
「残りのバッグは又後で電話する。」と言って電話を切った。
無線でその声を聞いていた船場係長は「3個だけ置けとはどういうことだ。」
「残りは違う場所で受け渡しをするという事か?」と少し興奮した声で叫んだ。
その声は、前後して走っている捜査車両の無線機からは聞こえた。
船場係長は自分の携帯で、先行している6、7、8、9号車に順番に電話を掛けて、それぞれ待機しているパーキングの公衆電話ボックスから電話を掛けていた者がいないかを確認したが、最近は携帯電話が普及したお陰で、公衆電話を利用する人は稀である。
それぞれの捜査車両からの返事は、そのような人物はいなかったというものであった。
犯人はどこから電話を掛けてきたのか?
それはしばらくしてから判明する。
船場は坐光寺パーキングにいる6号車は阿智パーキングに向うように指示して、既に阿智に到着している7号車には、直ぐに阿智パーキングのトイレの奥が見通せる場所に移動するように命じた。
10分ほどで、8,9,10号車以外の7台の車両が阿智パーキングの駐車場に分散して到着した。
1号車はトイレを少し通り過ぎて、車を通路の左に寄せて止めた。
トイレの横には誰もいない。
大場と捜査員の浅田は車から降りて、周りを眺めたが不審な人物は見当たらない。
船場係長が無線で、「指示通りにバッグを三個置いて来い。」と指示した。
大場の方が浅田よりも若くて、大柄なので、大場が二つ、浅田が一つのバッグを車から降ろして、周りを伺うように建物の奥に行った。
バッグ一つが20キロも有るので、大場でもかなりの体力を使う。
浅田は片手ではかなり重かったが、万一に備えて右手を開けておきたかったので、左手だけで運んだ。
二人は建物の奥まった所に有るドアの前に立ち、浅田がドアの取っ手を廻した。
ドアには鍵はかかって無かった。
浅田がドアを手前に引き、室内を右から左へと伺った。
左手には掃除道具が綺麗に整頓されて並んでいた。
右手にはバケツなどが置かれていたが、犯人が言ったように、奥に三個の黄色のプラスチックのコンテナが有った。
二人は中に入って、三つのバッグをそのコンテナに一つづつバッグを入れた。
重い荷物を降ろして、二人はフーと息を吐いて、顔を見合わせた。
浅田が先に部屋を出て、大場もそれに続いて外に出て、静かにドアを閉めた。
二人が車に戻って、浅田が無線で船場に「部屋の右手奥に置いてきました。中には掃除道具しか有りませんでした。」と報告して、「このあとどうしましょうか?」と聞いたその時に、大場の携帯が鳴った。
まるで犯人はこの無線を聞いているかのようなタイミングの良さである。
大場がボタンを押すと「山田太郎だ。バッグを三個置いたか?」と聞いてきた。
大場が「指示通りに部屋の右奥のコンテナに三個のバッグを入れてきました。」と答えた。
「よし、今度は小牧ジャンクションから名神に乗って走れ。また連絡する。」と指示してきた。
大場が「解りました。」と答えた時に電話は切れた。
船場は少し考えてから、無線で「5、6、7号車の三台はここで犯人が金を取りに来るのを待て。あのドアに近づく者がいたら、逮捕しろ。」と命令し、「残りは名神高速に向え。」と出発の合図を出した。
それから携帯で先行している8、9号車にそれぞれ「名神高速に向え。」と指示して電話を切った。
切ると同時に船場の電話が鳴った。
捜査本部からで、先ほどの電話は辰野パーキングの次に有る小黒川パーキングの公衆電話から掛けて来たものである事が解った。
船場は再び携帯で、辰野パーキングにいる10号車に電話を掛けて、小黒川パーキングの捜査に向うように指示した。
1号車から4号車は適当な間隔を取って、阿智パーキングから本線に入っていった。
〔2〕中央道から名神高速へ
1号車から4号車までの4台の捜査車両が阿智パーキングを出発したのは、午後2時30分頃だった。
ここから名神高速に乗り換える小牧ジャンクションまでは約100キロ有る。
時速100キロで走れば1時間程で到達する。
この間で、いま阿智パーキングに置いてきた現金を、犯人は取りに来るのだろうか?
4台の捜査車両は適当な間隔で、時速100キロで順調に走っている。
10分足らずで恵那山トンネルに入った。
長さが10キロ近くも有る長いトンネルだ。
30分ほど走ったころ、2号車の船場係長の携帯に電話が掛かってきた。
5号車の今川からだった。
「係長、ここには誰も来ませんが、どうしましょう。」と尋ねてきた。
「まだ30分しか経っていない。犯人は小黒川パーキングから電話を掛けてきたんだ。」
「そこに行くのに30分は掛かる。そろそろ着く頃だ。油断をするな。」と船場は答えて電話を切った。
船場の乗った車は既に恵那峡サービスエリアを通過した。
小牧ジャンクションまであと30分ほどで到着する。
恵那峡サービスエリアから先行した9号車は既に、小牧ジャンクションから名神高速に入っていた。
5分ほどして、また船場の携帯が鳴った。
通話ボタンを押すと、今度は10号車の大前田からの電話だった。
「「小黒川パーキングの捜査が終わりました。ここを出発しますが宜しいでしょうか?」と尋ねてきた。
船場は「ああ、出発してくれ。何か解ったか?」と尋ねた。
大前田は「はっきりしたことは解りませんが、トラックの中で弁当を食べていた運転手が、黒っぽい服を着た男が電話を掛けていて、その男は白い乗用車でパーキングを出て行ったと言っています。それ以上の事は解りません。」と答えた。
船場は「それは何時頃だ。」と問い返した。
「2時頃だったと言っていました。」
「その男かも知れんな。」と船場は呟く様に言ってから「よし出発してくれ。」ともう一度促した。
〔3〕 2回目の現金要求
東海環状自動車道との分岐点の土岐ジャンクションを過ぎて、内津峠パーキングの手前まで来た時に、大場の持っている携帯のベルが鳴った。
大場が通話ボタンを押すと、例の声が聞こえてきた。
「山田太郎だ。今度は羽島パーキングだ。今度はトイレの横にプレハブの小屋が有る。」
「小屋の奥に、さっきと同じように黄色のコンテナが3個置いてある。それにバッグを一つづつ入れろ。」
「残りの4個は、また連絡する。それまで名神を西に走れ。」と言って電話を切った。
それを聞いていた2号車の船場は「俺たちを分散するつもりだな。やつらは何人いるんだ。」と言いながら、自分の携帯で阿智パーキングで張り込んでいる、5号車の今川に電話を掛けた。
「そちらの様子はどうだ。いま犯人から次の要求を言ってきた。」
今川はそれに答えて、「こちらはまだ誰も来ません。もう1時間に成るのに。」と言った。
船場が「今度は羽島に3個置けという要求だ。残りの4個はもっと西まで引っ張るつもりらしい。」
「兎に角、近づいてきた奴はとっ捕まえろ。」と命令して電話を切った。
船場は先行させている8、9号車にどのような指示を与えようかと考えた。
9号車は既に関ヶ原あたりまで行っているはずである。
携帯で9号車に確認を取ると、やはり関ヶ原インターを過ぎていた。
羽島パーキングに何台か残すとすれば、残りの台数が少なくなる。
船場は8、9号車に伊吹パーキングで待機するように伝えた。
1号車から4号車が羽島パーキングに入って行った。
1号車の浅田が、車をトイレの前まで徐行しながら走らせて辺りを見回すと、トイレの奥横にプレハブの小屋が有った。
車をそこの前に止めて、エンジンを切った。
大場と浅田が車を降りて、荷物室からバッグを3個取り出した。
先ほどと同じように、大場が2個、浅田が1個持ってプレハブの方に歩いて行った。
車から小屋までは20メートルほど離れている。
小屋は奥に細長い小屋で、ドアは車の正面に有った。
浅田が先に歩いて、ドアの取っ手を廻して手前に引いた。
鍵は掛かっていなかった。
小屋の中は薄暗かったが、左右に掃除道具が置いてあり、一番奥に黄色のコンテナが3個並べて有るのが解った。
コンテナはパレットの上に並べられているようである。
浅田は、先ほどの阿智パーキングでは、コンテナはコンクリートの土間の上に並べていたように思い、様子が違うなと感じた。
浅田と大場はバッグをコンテナに入れて、大場が先に小屋から出て、浅田がドアを閉めて車に戻った。
浅田は無線で船場に、「コンテナにバッグを入れてきました。阿智ではコンテナは土間に置いて有りましたが、ここはパレットの上にコンテナを並べてありました。」と自分が異常に思った事を報告した。
船場もこの事は気にはなったが、打つ手は無いので「そうか。」と言っただけで別に指示は出さなかった。
この時、船場は他の事を考えていた。
残りのバッグは4個である。
犯人はこの4個を、あと1箇所で降ろさせるのか、あるいは2箇所で降ろさせるのか。
それによって車の配置を変えなければならない。
阿智インターに3台使っている。
公衆電話の捜査に10号車を使っている。
残りは6台だ。
ここにも3台の車両を残したいが、1号車と自分の乗った2号車は先に進まなければならない。
とすれば、ここには3号車と4号車の2台しか残せない。
あと2箇所でバッグを降ろす事になれば、いま先行している8、9号車を使うより方法が無い。
もしも犯人が8、9号車を待機させている伊吹パーキングより手前の養老パーキングにバッグを降ろすように指示してきた時には車が足らなくなる。
阿智パーキングで待機している車の内の1台を越させても1時間以上掛かるだろう。
それまでには犯人からの次の要求が有るだろう。
結局、船場は万一の事を考えて、阿智パーキングの車を呼ぶ事にした。
携帯で5号車の今川を呼び出し「そっちの様子はどうだ。」と話しかけた。
「近づく者はいません。どうしましょうか?」と今川は尋ねた。
「そのまま待機しろ。それから7号車をこっちに廻してくれ。車が足らなくなる恐れがある。」と指示した。
「いま羽島で3個降ろしたが、残りの4個を2箇所以上で降ろすと車が足りなくなる。」
「直ぐにここを出るから、7号車を緊急走行させて来るように言ってくれ。また後で連絡する。」と指示して船場は電話を切り、無線で「3、4号車はここで犯人が来るのを待て。1号車は出発しろ。」と命じた。
1、2号車は羽島パーキングから本線に走り込んだ。
時刻は3時40分になっていた。