第9話 伝説のおっさん、真実を知る
レイナがじとーっと今日も水着のカリンを睨む。
「……あなたも訓練ですか、カリン」
「文句あるか? 今日はバトる日だから、肩慣らしに来たんだよ」
「いいえ、別に」
うーん、このふたりは相性が良いんだか、悪いんだか。嫌っているというわけではなさそうだが、過剰に意識しているな。年齢も実力も近いので仕方ない面はある。
俺も昔はこうだったかもな……。やはり年齢と実力が近いとライバル意識が目覚めてしまう。戦いを生業とする以上、どうしても敏感になりがちだし。
「……まぁ、お互いに落ち着いて」
「はい……」
「うっす、わかったよ」
レイナは不服そうだったが頷いた。対してカリンは軽いな。
ま、聞いてくれるだけいいか。
「てか、レイナ……新曲はいつ出来るんだよ」
「ちょっと待ってください。まだBメロがいい感じにならなくて」
「もうアレでいいじゃねーか。さっさと歌詞作りに移りたいぜ」
「嫌ですっ。まだまだ納得できませんっ!」
「あそこから大して変わったりはしないだろ?」
「はぁ……!? 聞き捨てなりません! 曲作りは細心の心配りでやらないと駄目なんですよ!」
「めんどくせー」
「あなたが大雑把なだけです!」
うーむ、今の話は曲作りか。というか、意外だけどふたりで曲を作っているのか……?
ぎゃーぎゃー盛り上がっているふたりを尻目に、俺はこっそりスマホで調べた。
ローゼンメイデンなだけあって、すぐにヒットする。これか……。
《レイリン》
ローゼンメイデンの誇る歌姫、如月レイナと桃坂カリンのコンビ。作曲担当は如月レイナ、作詞担当は桃坂カリン。繊細なメロディーと希望あふれる前向きな歌詞が特徴。しょっちゅう配信上でも喧嘩しているが、翌日にはけろっとしている。
カリンが「面倒くさい」と言って、レイナが「あなたが〇〇だからです!」と怒るまでがお決まりの流れ。
……そのまんまだなぁ。ま、つまり遠慮がいらないほど仲が良いってことか。
その辺りはふたりでないとわからんが、大丈夫なのだろう。
言い合っている最中、カリンがぱっと俺に向き直る。
「そうだ! てか、レイナと遊んでる場合じゃなかった。先生、聞きたいことがあったんだ」
「先生!? 馴れ馴れしいですよ!」
「いいじゃん、ローゼンメイデンのアドバイザーなんだから。あたしにとっても先生だろ?」
どういう理屈だかよくわからん。しかしレイナはぐっと後ずさりする。
「くっ……でもこっちの話が終わってませんが!?」
「もういいだろー。作曲がちゃんと終わるかだけ知りたかったんだ。アレコレ言ったことは謝るからさ。ごめんってば」
「…………まぁ、いいでしょう」
「ごめんごめんごめん」
おい、煽ってどうする。レイナがぴきってるぞ。
しかしカリンはそれに構わず、右手にマナを集め始めた。やはりかなりのマナだ。
「昨日さ、先生のライブ配信見てたんだけど、ひとつ分からなくて」
「うん、なんでも聞いてくれ」
「あの特異個体を倒したのは、先生の特化能力だろ。そこはいいんだけど、こう――拳でダンジョンの空間にゲートを作ったのは、どういう技なんだ? あれも特化能力だったりするのか?」
「あっ……そうでした。それは私もぜひお聞きしたいです!」
「あれは『空間穿孔』という技だな」
俺は概要を説明した。
空間穿孔は特化能力とは無関係の技術であり、理論上は覚醒者であれば誰でも使える。必要なマナの量とコツさえ掴めれば。
ダンジョンを行き来するには天然の空間の歪みであるゲートを使うしかない。ゲート以外は入ることも出ることもできない。ドローンの緊急脱出は単にゲートへ飛ばしているだけだ。なので、似ているようでかなり違う。
対して空間穿孔は強制的にゲートを作り出す技術といえる。俺にとっても欠かすことができない移動手段だ。
「でも、それでは――どうして誰もやらないんですか? 先生以外に使っている人を見たことがありません」
「うーん、マナを使うのもそうなんだが……適切なマナの揺らぎがないと、ゲートは開かないんだよな」
「あー、どこでもゲートが開くわけじゃねーのか……」
「昨日もレイナのダンジョンに行くゲートを開くまで、まず10キロ移動したからな。まぁ、万能というわけじゃない」
そこでレイナとカリンが俺を見つめる。
「ん? ちょっと待ってください」
「いま、おかしいところがあったよな」
「どこだ?」
「先生はどうやってマナの揺らぎを10キロ先から探知したんですか?」
「事前に調べていたんだよな?」
「なんとなーく、ゲートが開きそうな《《雰囲気》》があるんだ。集中すればわかる」
そこでレイナとカリンが顔を見合わせる。
「予想していましたが、信じたくない回答が来ましたね」
「完全に化け物だな。レイナ、お前は出来るか?」
「出来るわけないでしょう。頑張っても100メートル探知できるかどうか」
「そうだよな。10キロ……どういう鍛え方したら、そうなるんだ?」
「聞こえてるよ、ふたりとも」
やっぱりいきなりは無理か。こればっかりは経験を積まないとわかるものじゃないしなぁ……。俺もなんとなくでやってるから、実地で伝える以外できない。
ダンジョンに潜ったときに教えてみるか。
「でも空間穿孔は楓も出来るはずなんだけどなぁ」
「社長がですか……? 聞いたことありません」
そこで武道場の壁にいきなりホログラムが現れた。社長室の楓が映っている。
いきなりの登場だな、おい。
「無茶なこと言わないでよ~」
「聞いてたのか。びっくりした」
「武道場は誰かが怪我するかもだし、いつも監視してる人がいるんだよ」
「なるほど、それもそうか……」
社長の仕事だとは思わないけれど、楓には楓の考えがあるのだろう。武道場をレイナと使う約束を見て、気にしてくれたのかもしれないし。
「てかさー、それ、めちゃくちゃ難しいんだから」
「いや、出来てたぞ? あの時、楓もドヤ顔してただろ」
「達也がそばで見てくれなかった時は一回も成功してない」
……あれ? そうだったのか?
そんなこと初めて知ったが。
「でも、海外でもやってた連中もいただろ。俺だけの専売特許じゃない」
「皆、空間穿孔を一回やるだけで大変だったんだよ。達也に弱みを見せたくないから、皆でやせ我慢してたけど」
「……マジか」
「空間穿孔は超繊細な技術だからね。ミリ単位で揺らぎを捉え、マナでこじ開けなくちゃいけない。出来るようになったらすごく便利だけど~」
「うーむ、そうだったのか……」
30年目の真実。まさかこれまで組んだ連中が、そんな感じで空間穿孔をやっていたとは……。今の俺はほぼ無意識で揺らぎを捉えられるんだけど、そのハードルが高かったのか。
「……海外? 社長と一緒に戦ったこともあるんですか?」
「社長の戦闘記録は全部知ってるけど、先生はいなかったよな?」
あ、まっずい。その海外の話は機密情報だったかも。うっかり喋ったことがバレたら国際問題にもなりかねない。
「こほん、まぁ……出来たら便利、いずれは出来るといいなという感じで」
……俺は強引にこの話を終わらせた。