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第7話 レイナと伝説のおっさん

 先生が四条社長に連れていかれ、武道場には私――如月レイナととカリンだけが残された。


 ……なんというか、衝撃過ぎて思考がまとまらない。先生と社長は本当にお付き合いをしていたのだろうか? 社長が成長を止めているのは知っている。見た目と実年齢は乖離しているはずだった。でも果たして何年前のことなのだろう。

 まさかつい最近ということは――。


 そこで口を開いたのはカリンだった。


「ありゃ本当に強いよなぁー」

「ええ……あなたにもわかりましたか、カリン」


 ここはカリンの話に乗って、気を紛らわそう。

 カリンはいまだ荒く息をしている。マナもほぼ使い切っているはずだ。

 対して、先生は全く息を切らしてなかった。マナも恐らく8割ほど残っている。


 《《圧倒的な力量差》》。

 そう形容するしかないほどの結果だ。


 もちろんライブ配信の模擬戦である。お互いにケガをしないよう、危険な技は使っていない。しかしそれでも、カリンの攻撃は生易しく防げるものではない。


 液状化したカリンの攻撃速度は常人のそれを遥かに上回り、瞬きさえ不可能だ。さらに刺突でさえ樹木を容易く穿つ破壊力がある――はずだった。

 それはカリンと模擬戦を繰り返してきた私だからこそ、よく知っている。


 例えばさきほどの模擬戦。私ならどうしたか?

 答えは簡単だ。私であれば模擬戦そのものを拒否しただろう。


 この武道場ではカリンとの距離が近すぎる。不本意だがカリンのほうが圧倒的に有利と認めざるを得ない。仮に戦闘開始時の距離が……さきほどの一戦の2倍あれば、私が圧勝するだろうが。


「人に使っちゃいけない技は出してないんだけどさぁ。でも初見であんなに防がれたのは初めてだ」

「でしょうね。どこに秘密があると思いますか?」

「うーん、多分だけど……マナの流れとガードが異常にスムーズだ。どこを攻めても、完璧に防がれてた」


 さすがにカリンもローゼンメイデンを代表する覚醒者。私とほぼ同じ結論に達していた。そう、先生の強さの秘密は極限まで効率化し、想像を絶するレベルに達したガードに他ならない。


 身体をマナで覆い、敵の攻撃を防ぐ。しかし、これは言うほど簡単ではないし実戦的でもない。なぜか? 理由がちゃんとある。


 身体をマナでガードすること自体、戦闘と相性が悪いからだ。


 特化能力は闘争心や興奮状態から生み出される、陽の技術。

 マナによるガードは平常心や鎮静状態から生み出される陰の技術。

 これが30年間のマナの戦闘理論による結論だ。つまり攻撃と防御で《《同時》》にマナを使うのはそもそも超高等技術ということになる。


 マナをガードとして十分に機能させるには、戦闘状態であっても平常心を保たなくてはいけない。殺気を抑え、闘志を鎮める。それで初めて高レベルのガードが出来る。


 もちろん先生はそれだけではない。さっきの魔獣戦では防御から一転して攻撃に移った。虚を的確に突き、一撃で魔獣を撃破した。あの攻防の切り替え自体、私には到底無理なのだ。


「先生は……どのくらい死線を越え、実戦経験を積んだのでしょうね」

「さぁー、考えると背筋が震えちゃうね」




 私がローゼンメイデンに入ったのには、明確な理由があった。

 家族を魔獣に殺されたからだ。その魔獣はすでに自衛隊によって討伐されているが、私は使命を受けた。


 魔獣を絶滅させること。

 これが私、如月レイナが力を持った理由であると信じている。


 魔獣はダンジョンの深淵に生まれるマナの化身だ。それだけなら単なる生き物とも言えるだろう。だが時折、ダンジョンには知性を持った特異個体の魔獣が生まれる。その頻度は決して少なくない。私も何度となく戦った。今日の特異個体もそうだ。


 特異個体はこれまで例外なく、人類にとって災厄となってきた。特異個体は他の魔獣を統率し、ダンジョンの外に出ることさえ可能だからだ。


 九州大事変――3体の特異個体による広域魔獣災害。死者・行方不明者26万人。


 16年前のこの事件により、私は家族全員を失った。そしてこの事件で高濃度のマナを浴びたことにより、私は覚醒者として特化能力に目覚めた。


 覚醒者になってから私は様々なチームを転々とする。魔獣討伐へ及び腰となっているチーム、私を客寄せパンダにしか思っていないチームからはすぐに抜けた。


 S級覚醒者の四条社長に誘われ、ローゼンメイデンの創立メンバーになったのは5年前のこと。社長は私の使命と熱意を理解してくれ、自由にさせてくれた。配信で収益を稼ぎつつ、魔獣討伐にも手抜きはしない。理想的な環境だった。


 だけど、まだ私は強くはない。自分で強いと思える水準には達していない。


 あの九州大事変のことが、まだ頭から離れないのだ。

 福岡は灼熱と業火に飲まれ、大勢の人間が死んだ。あのとき現れた特異個体は、桁外れの力を持っていた。恐らく今の私でさえ全く勝負にならないだろう。


「人間はどうしてこうも多いのか。焼いても焼いても出てくる」


 後に【業火の双角そうかく】と呼ばれる特異個体の言葉だ。強大な特異個体はほとんど人間と変わらない姿をしているが、精神構造は人間とはかけ離れている。この言葉の直後、こいつは特大の火炎球を放ってビルを丸ごと焼き尽くした。


 数百人が一撃で死んでも、業火の双角は何の感情も見せなかった。特異個体にとって人間は虫、蠅程度の存在なのだろう。目障りだから、気に入らないから殺す。

 理由もなければ感慨もない。


 その業火の双角は自衛隊の切り札である対ダンジョン特務隊に敗れ、消滅したと聞いている。


 このレベルの特異個体も最近は姿を見せていない。一説には魔獣討伐が間断なく行われているので、これほどまでに育つことはもうないのだという。しかし業火の双角のような特異個体が地上に現れれば、間違いなく大勢の人が死ぬ。


 だから――私は強くなりたい。まだまだ強くなりたいのだ。

 先生は多分、筆舌に尽くしがたい経験を積んでこられたのだろう。早速、新技のきっかけも教えてくれた。


 カリンとは特化能力の質が違い過ぎるので、こうはいかない。私たちよりも遥かに経験豊富で強い教師が必要なのだ。

 まだまだ私は強くなれる。そして先生も――今までどこでどうしていたのか知らないけれど、きっと日の目を見るだろう。

 何十年も魔獣と戦い、ダンジョンに挑まないであの強さを持てるはずがないのだから。それは私がよく知っている。


「はぁー、しっかしレイナはマジで弟子入りするの?」

「当然です! というか、もうしましたから。完全に弟子ですっ」

「んぁ、あたしの先生にもなってくれねぇかなー」

「なっ……!?」

「だってさ、あたしも先生についていけばもっと強くなれるし。そんな怒るなよー。レイナが一番弟子なのは変わらないって」


カリンは笑っているけど、私にはわかった。この顔はマジだ。

私も相当だけれど、カリンも言い出したら聞かない。


カリンがなだめるように私の頭を撫でる。都合が悪そうな時の常套手段だ。


「……怒っていません! 好きにすればいいと思います!」

「じゃあ、あたしも弟子ってことで」


マイペースなカリンには辟易する。でも、私にここまで色々と言うのは社長以外でカリンだけなのだ。


「ええい、もう! せめて先生の許可を取ってください!」



 とあるダンジョンの深淵。

 人類がいまだ到達したことのない暗黒に特異個体の魔獣が集結していた。


「こんなに集まるなんて、いつ振りだろうねぇ?」


 無邪気な少年めいた特異個体が言葉を発する。アフリカで50万人を殺した過去があると思えないほど、穏やかで優しい声であった。


「下らない用ならブッ殺すぞ」


 怒気を飛ばすのは、かつてアメリカで30万人を殺戮した四本腕の特異個体である。国連軍と死闘を繰り広げた強者でもあった。


「……まぁ、落ち着いてください。全員わかっているはずです」


 理知的な呼びかけをした、流麗な女性型の特異個体も同様に数十万人の人間をこれまでに殺している。この場にいる特異個体はつまり、《《そのレベル》》に達した者だけであった。


「人類特異個体――『カミヤ』が再び活動を開始いたしました」


 その言葉に対してある者は唸り、ある者は首を振る。


「我らの領域外で死んだ可能性もありましたが、そうではないようです。1年振りに領域へ侵入してきました」

「じゃあ、あの約定はまだ有効ってこと?」

「はい――我らの中で『カミヤ』を殺した者が王になるという約定。いまだ有効ということです」


 四本腕の特異個体が唾を吐き捨て、集まりの輪から抜けようとする。


「くだらねぇ。アイツをブッ殺せるなら、ここにいる全員をブッ殺せる」

「あら、逃げちゃうの?」


 少年めいた特異個体の煽りに、四本腕の個体が鋭く返す。


「抜かせ。じゃあ、さっさとカミヤに挑んで来い。どうせ真っ先に負けて、情けなく戻ってくることになるだろうがな」

「はぁ? 言ったね」

「……静粛に。ここで争わないでください」


 女性型特異個体は息を吐きながら、全員を見渡す。


「会合に来ていない方もおられますが、今回の目的は約定の確認です。それだけですので。争いになる前に解散しましょう」


 その言葉に、特異個体たちが会合から離れていく。知性があっても特異個体同士が協調することはまずない。特異個体同士でさえ、結局は喰うか喰われるかなのだから。信頼などあるはずもなく、隙あらば殺し合う。


 ほとんどの特異個体が去った後、女性型特異個体はまだ残っている特異個体を見つめた。首から下が隙間なく黒の体毛で覆われていること、頭部の双角以外は人間と変わらない特異個体である。


「あなたはどうされるのです、イジャール?」

「カミヤか、そろそろ挑んでもいい頃合いだな」


 業火の双角イジャールは拳に灼熱のマナを集めた。それだけで大気が焼け焦げ、白熱していく。かつて半身をカミヤに消し飛ばされたが、その傷はすでに癒えていた。


「器用なものですね。あのカミヤも同じことをしていた記憶があります」

「ああ、《《真似てみた》》」


 これこそが特異個体の真の能力。

 特異個体にとって人類のマナを操る技術は未知のものだった。しかしイジャールはすでにかつての敗戦から要因を分析し、自らの技術として体得していた。


 その証左がマナの凝集された、この拳である。


「16年前、九州での借りを返すとしよう」

ここまでがプロローグになります!

お読みいただき、本当にありがとうございました!


おもしろい、続きが読みたいと思って下さった方は、

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