表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/39

第36話 見届ける者

 少し前、イベント会場。

 イベント会場の外は大混乱になっていた。

 観覧席の客は逃げ惑い、周辺住民もビルから避難している。

 スタッフも将棋倒しの事故を起こさないよう、誘導するのが精いっぱいであった。


 政府機関も行動しているが、人手の集中する都心と夕方。

 素早い避難は期待できない。


 その中で、荒川はドローンの映像から状況を確認していた。荒川の肩の出血も止まっている。応急処置のおかげだが、体力とマナは回復していない。


(回復役も、マナ切れ……。万事休すか)


 回復役の覚醒者も、イジャールの到着前にマナを使い切ってしまっていたのだ。仮に達也が戻ってきても、回復させることはできない。


 つまり、達也がここからどれだけ耐えられるか。

 それが全てだった。


「んっ、うっ……!!」


 荒川のそばにいるレイナが目を覚ます。

 状態で言えば、荒川よりもレイナのほうがずっと良い。


 何かできるとすれば、核はレイナだ。


「気が付いたか……」

「わ、私は……あの魔獣に攻撃されて……」


 そこでレイナはドローンの映像に目をやる。そこでは達也とイジャールが向かい合っていた。


 業火の双角イジャール。


 レイナの家族を殺した、憎き魔獣。

 あれがまた現れたのだ。


 だが、レイナは唇を嚙むことで復讐心を抑え込んだ。

 見たはずだ。


 荒れ狂うマナの奔流と、信じられないほど圧縮された真紅のレーザー。

 とてもレイナの手に負える相手ではない。


 今、達也だけがイジャールと戦える可能性がある。

 考えなくても、わかることだ。


 しかし荒川とレイナもまだ、戦闘不能ではない。

 何か出来ることがないか……。


 なすべきをなす。それが覚醒者の責務なのだ。

 混乱の中にありながらも、レイナは素早く情報を摂取していく。


「……状況は?」

「彼とイジャールが一騎打ちだ。他に魔獣はいない。外は避難中……だが、遅々として進まない。イジャールは仕留めそこなえば、数千人が死ぬだろう」

「他の覚醒者は?」

「マナがない。回復も無理だ。それに――あの指先からのレーザーで瞬時に殺される」


 それにはレイナも同意するしかなかった。レーザーが当たると思った瞬間、身体がぶれたおかげで、かすり傷で済んだのだ。

 あれは荒川の斥力だろう。レイナも食らったことがあるので、わかる。そして荒川の状態を見れば、彼がレイナを優先して助けたことは明らかだった。


「都心だから、援軍到着まで10分稼げばいい。だが……」

「……厳しいと」


 レイナは話しながら、達也とイジャールのやり取りを見ていた。明らかに達也も時間稼ぎを狙っている。


 しかし、今のイジャールに消耗したままの達也で勝てるのか?

 わからない。達也の力の底については、レイナでさえ知らない。


 マナの総量で見れば、達也に勝ち目はゼロだ。それほどの差を一瞬のうちで、レイナは感じ取っていた。


 映像の中のイジャールが腕にマナを集中させる。

 それに荒川とレイナは戦慄した。


「――ッ!!」

「まさか……そんなことが……」


 マナの集中を魔獣が使うなど、ふたりも見たことがなかった。無意識に急所を守る程度が魔獣の限界のはず。


 しかし、今のイジャールは完全にマナの集中を使っている。さきほどのレーザーの応用……? だが、重要なのはそこではなかった。


 これで達也の勝算は限りなく低くなった、とふたりは直感した。魔獣に対して人間の持つアドバンテージは、数を除けば技術だけだ。


 上級魔獣の体皮は、マナがなくても鋼のように硬い。生まれ持ったマナの量も、人間と魔獣では桁が違う。特化能力も、魔獣ほど強力なモノを人間は持てない。


 だが、マナの集中を行える魔獣はいない。だから一対一でも勝てる。

 しかしその前提が、崩れた。

 イジャールを逃がせば、人間社会への脅威となり続けるだろう。


 映像は続く。

 イジャールの一撃に、達也は左腕を差し出した。


 ちぎれる左腕。

 しかし歴戦のふたりは目をそらさなかった。

 この一瞬一瞬が死に物狂いで稼いでいる時間なのだと、ふたりは理解していた。


 達也が渾身の右ストレートを放つ。

 それはイジャールの胴体に突き刺さる。


「入りました……!」


 効いてくれ、とレイナは祈った。

 イジャールはそのまま、荒れ地へと吹き飛ぶ。確実に命中はした。


 しかしイジャールはすぐに立ち上がる。

 腹には大きな穴が空いていたが、イジャールの余裕は崩れていない。


 ドローン越しにイジャールの声が聞こえてくる。


「なるほど、あえて隙を作ってカウンターを狙ってきたのか」

「……どうだろうな」

「いきなり左腕を捨てるとは、思わなかった。しかしお前の能力を警戒していなかったと思うか?」


 イジャールの腕が腹部を撫でる。すると、その瞬間にイジャールの胴体の穴が塞がっていた。上級魔獣の持つ高速再生。肉体的なダメージはすぐに回復してしまう。


「効いていない……!?」

「やつは身体の前面をマナでガードしていた……。神谷さんの攻撃方法を考えれば、合理的だ……」


 一瞬の攻防を、荒川は見逃さなかった。

 イジャールは達也の左腕を狙い、達也はあえて左腕を捨てて反撃した。そうすることで、特化能力をさらに引き上げようとしたのだろう。


 そのまま達也は間髪入れず、右ストレートをイジャールへと放った。しかし、イジャールもまた達也の反撃を警戒していた。命中の直前、マナの集中を身体の前面に展開していたのだ。


 達也の一撃は胴体をぶち抜いたが、致命傷にはほど遠い。イジャールのマナにはまだまだ余裕がある。むしろ肉を切らせて骨を断つ、という戦術がバレた分だけ、達也が不利になったかもしれない。


 レイナの心に絶望が忍び込む。だが、まだ希望はあった。


「……でも効かないわけじゃ、ない」

「超圧縮されたマナなら、やはり効果はある……」


 レイナは自分の右腕をじっと見つめる。その手の上には、黒い渦が生まれていた。


 ブラックホール。


 対人戦では使用厳禁な、レイナの能力の極致と呼べる攻撃だ。

 しかしそれを見て、荒川は軽く首を振る。


「レイナさん、無駄だ。君の能力は知っている……。確かにそれを当てれば、ダメージはあるだろう。だが、君のブラックホールの速度では、イジャールは余裕で回避する。近寄れる可能性もない。戻っても、足手まといだ」

「わかっています……。でも、ひとつだけ」


 レイナのブラックホールは、攻撃力はあるが速くない。あれほど高速で移動できるイジャールに当てることは不可能だ。


 イジャールの放つレーザーは、ブラックホールよりも遥かに射程が長い。この点からも圧倒的にレイナは不利だ。


 しかしブラックホールをより速く、より遠くから飛ばすことが出来れば……必ず効果はある。マナを消耗させることが出来る。


 確信はない。しかし同系統の能力なら、可能かもしれない。

 例えば、重力と対になる斥力なら……ひとりでは不可能だったとしても。


 可能性があるのなら、賭けるしかない。

 達也があがくのと同じように、レイナもあがくのだ。

 それが達也の弟子である、レイナの持つべき覚悟なのだから。



 Dウォッチ日本支社、取締役会会議室――。

 そこでは無数の人間が、達也の戦いを見守っていた。


 配信サイトであるDウォッチ上では、達也の戦闘がそのまま配信されていた。もちろん通常あれば、片腕が吹き飛ぶような配信を、Dウォッチは許さない。


 現在でも無謀な人間はいる。

 ドローンの脱出転送機能をオフにして、ダンジョンに挑む輩は後を絶たない。そうした自殺まがいの危険行為について、Dウォッチは一切認めない。


 ひとりの取締役が震えながら、声を発する。


「神谷達也の配信は、そのままでよろしいので?」

「……そのままだ。ルール的には、マズいかもしれんがな」


 しかしDウォッチ上層部は原則を破り、達也の配信をそのままにしていた。

 なぜなら、この戦いが数千、数万の命を左右するからだった。


 達也が敗北すれば、イジャールは外に向かうかもしれない。魔獣が人間を襲うのは、本能だ。イジャールから避難する可能性を上げるため、配信はそのままにしておくのが、ベストであった。


 Dウォッチ日本支社は、達也の戦っているイベント会場の近辺にある。

 ビルの隙間で見えないが、市民の阿鼻叫喚の向こうに達也とイジャールに繋がるダンジョンへのゲートがある。


 もしイジャールが地上に出れば、この日本支社ビルも灰燼に帰すかもしれない。会社として避難命令は出したものの、残る人間もいた。


「君たちは、逃げなくていいのかね」

「……間に合いませんよ、あれがイジャールならね」


 会議室に集まった人間は知っている。

 凄惨にして残虐なるイジャールを。


 イジャールはその火炎によって、九州で20万人を殺したとされる。

 日本に現れた魔獣の中でも、その悪質さは歴史に刻まれていた。


 逃げようと思って、逃げられる相手でも距離でもなかった。


「逃げたいと思いますが、こちらには来ないかもしれません。Dウォッチはインフラです。最期の時まで、万全なままでないと」

「……ありがとう」


 この達也の配信を見ている人間は、誰もが同じ気持ちだろう。

 このビルに残った全員はもう覚悟している。

 そして理解していた。祈ることしかできない。希望があると信じて。



 イジャールは達也を興味深く観察していた。


(残りのマナは、全快時の2割以下……)


 腹に一撃を受けたのは予想外ではあったが、手応えもあった。

 やはりこの段階の攻撃では、イジャールにとって致命傷にはならない。


(消耗するほどカミヤは強くなるが……半面、手に負えないほどではない。まだこちらが圧倒的に有利だ)


 片腕が吹き飛んで――息を荒げる達也を、イジャールはじっくり観察する。

 内面のマナはより輝いているが、体力の損失は隠しようもない。


(16年前も、ここまでは追い込めた。ここからだ……)


 あの時もマナの総量を2割以下にまでは、イジャールも達也を追い詰めたのだ。

 しかし焼き尽くしたと思った達也の思わぬ反撃を受け、イジャールは敗北した。


(本当に死にかけた時、こいつはどうなる……? 無限に強くなるのか、それとも……どこかで止まるのか)


 そしてイジャールは達也と戦いながらも、周囲の警戒を解いていなかった。人間の縄張りの中心、達也の援軍が来ないとも限らない。


 イジャールの探知範囲は、現在200メートル。経験上、危険な遠距離能力の射程は100メートルが限界のはず。その2倍である。

 拘束や弱体化の特化能力持ちが来たとしても、即座に排除できる距離だった。


 ゆっくりとイジャールが達也への距離を詰める。

 焼け焦げた肘を指差して。


「残りの右腕も捨てれば、お前はもっと強くなるのか?」

「ああ、そうだぜ……。めったにやらねぇけどな……」


 発音の不安定さ、呼吸の荒さ……。魔獣の知覚力は人間を遥かに上回る。

 ブラフではない。達也の限界は本当に近付きつつある。


「そうか」


 イジャールが達也の懐に飛び込み、拳を振るう。

 やはり狙うなら頭部か胸部。


 マナを右腕に集中させ、即死を狙う。


 達也もそれをわかっている。達也の左腕は無くなったが、肘から根元は残っている。そこにマナを集中させる。そうすれば、防御はできる。


 イジャールの右腕に達也は右腕をぶつけることで、強引に防ぐ。

 ふたりのマナが、激しくぶつかり合う。


 イジャールが蹴りを放つ。達也の左足に向かって。

 達也はそれも防ぐ。


 神速の攻防。

 一撃ごとにマナが飛散していく。


 じりじり、じりじりと。

 お互いのマナが消費されていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ