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第35話 伝説のおっさん、立ち向かう

『魔獣……!? しかも人の言葉を喋っている!』

『特異個体が、どうしてここに!?』

『イベントは中止だ! 会場周辺の避難を――』


 今、この光景はリアルタイムで日本中に配信されている。

 会場の外は大混乱だろうな。


 いるはずのない魔獣、しかも特異個体……。

 よりにもよって、業火の双角イジャールが襲ってくるとは。


「うっ……」


 レイナのうめき声が聞こえる。

 生きていた。良かった。


 荒川さんも半身を起こす。

 肩から大きく出血していたが、意識ははっきりしていそうだ。


 危ないと思ったが、S級覚醒者だけあって致命傷は回避してくれた。


「あいつはイジャール、か……」

「……知ってるようだな。俺が時間を稼ぐから、逃げてくれ」

「殺されるぞ」


 荒川さんの額に汗が浮き出ている。

 彼も感じ取っているはずだ。イジャールの圧倒的なマナの奔流を。


 俺と荒川さんが万全の状態だったとしても、なおイジャールのマナのほうが大きい。

 それほどに圧倒的な差がある。


「こいつを外に出すわけにはいかない。俺がやる」

「………」


 荒川さんの息が荒くなる。マナもない今、彼に戦闘は無理だ。

 イジャールは悠然とこちらに進んでくる。


 全力ならば一瞬で迫れるはずなのに、舐めている。

 いや……荒川さんとレイナの状態を観察しているのか。


 知性があっても、魔獣は人間と構造が違う。戦闘可能なのかどうなのか、簡単に判断を下せないのだろう。ふたりが相応の覚醒者であることは、イジャールならわかるはずだ。


「レイナさんは、俺が斥力で弾いた。軽傷のはずだ……」

「そうだったのか……」


 そこで俺は安心した。荒川さんは自分よりも、彼女を致命傷から守ってくれた。横から斥力で動かしてくれたのだろう。しかし荒川さんの傷は浅くない。


「……外はなんとかする。死なないでくれ」

「おう、もちろんだ」


 荒川さんが指を素早く動かすと、荒川さんとレイナが一緒に転送される。二筋の光が会場の外へと飛んでいった。ふたりは会場から離脱できたな。


 見ると、会場の空に次々と光が流れていく。他の参加者もマナに余裕はない。会場の外へと一時撤退するのが正解だろう。


 そして、俺とイジャールだけが残った。


「……俺の目標はお前だけだ」

「そりゃ、どうも」


 16年前、俺は討伐隊の一員としてイジャールと戦い、撃破した。

 焼け焦げた九州の廃墟で、イジャールの核をぶち抜いた……はずだった。


「復讐か? というか、なんで生きてるんだ」

「大したことじゃないさ」


 イジャールの姿が揺れ動く。

 一瞬のうちに、イジャールは俺の真正面に移動していた。


 瞬間移動と見間違うほどの、高速。

 これがイジャールだ。


 そのままイジャールは紅く染まった腕を俺に叩きつけようとする。反応だけで俺は腕を動かす。


 鈍い音が響き、なんとか俺は一撃を受け止める。

 重い――。骨が軋む。


 身体の奥が悲鳴を上げる。

 マナのガードを間違えれば、即死しかねない。


 俺の能力も、即死に有効なのかどうか……。当然、試したことはない。


「お前も知っているだろう? 俺たちは同族を喰らう。たまたま喰った同族の核が、身代わりになっただけだ」


 他に2体の特異個体と一緒に、イジャールは九州を襲った。そのうちの1体は、イジャールに喰われて死んだ。だが、核が身代わりになるなんてな。

 俺も現役30年だが、初めて知った。


「しかしこれは偶然だ。たまたま同族を喰ったら、そうなっただけ」

「なるほどな……」


 イジャールは細長い手足で何発も攻撃をしかけてくる。だが、どれも全力ではないと俺には分かる。


 イジャールを倒したのも、俺のカウンターだ。反撃を警戒している。


「傷を癒すのに、10年以上かかった。本当はすぐにでも、お前を殺しに行きたかったが……」


 そこでイジャールが少し距離を取る。奴の指先に超圧縮されたマナを感じた。

 さっきの紅いレーザーだ。指ほどの細さしかないが、攻撃力は圧倒的だった。俺でも全力で守らないと防ぎきれない。


 16年前には使っていなかった技だ。俺に復讐するため、編み出したのだろう。


 イジャールの指先から、2発のレーザーが放たれる。

 正面の2回目なら、なんとか防げる。


 俺は両の手のひらで、額と胸をガードする。直後、レーザーがそれぞれの手のひらに当たる。大気は白熱するが、レーザーは俺の皮を焦がすだけだ。


 向こうが圧縮してマナを放つなら、俺も凝縮して迎え撃つ。しかし溜めと空中で無駄になる分、俺のほうが有利だ。


 すぐにイジャールはレーザーをやめる。わかっていた、とでも言うように。


「やはり不思議だ。マナの量は俺のほうが上。こうして相対しても、俺より強いとは感じない。なのに……殺せない」

「さぁ、どうしてだろうな?」


 俺の目標はイジャールの足止めだ。今頃、外では覚醒者の緊急招集が行われているはず。都内のド真ん中なら、戦力はすぐに集まる。


 10分――いや、8分耐えれば援軍が来る。そうすれば、確実にイジャールを討伐できるはずだ。


 俺が逃げれば、イジャールは外で暴れるかもしれない。

 イジャールの『業火』は一撃でビルを焼き尽くす。外に出せば、数分で1万人以上殺されるだろう。


「どうやらダメージを受けるほど、お前を殺せなくなる……そういう能力をお前は持っている。俺はそう、判断した」

「俺に負けて、魔獣が賢くなったつもりか」


 俺はあえてイジャールを挑発する。みえみえの時間稼ぎだ。


「そう――種としては下等でも、中には警戒すべき存在がいる。俺は学習した」


 イジャールは次の攻撃を仕掛けてこない。かつて俺がイジャールを倒せたのは、こいつが慢心していたからだ。


 スピードもパワーも超一流だが、戦闘経験は浅かった。特化能力の知識もろくになかった。だから、勝てたのだ。


 しかし今のイジャールは、賢くなっている。さらなる強敵になっていた。

 今の消耗した俺でイジャールを抑えることができるか、わからない。


「そして、お前との戦いを何年も考えた。どうすれば勝てるかをな」

「……それがかくれんぼと紅い閃光か?」

「いいや、こんなものは前提に過ぎない。お前を殺す手は、しっかりとある」


 そしてイジャールのマナが鳴動し、渦巻く。

 灼熱のマナが凝縮され、両腕に結集していった。


 それは人間だけの技術。

 紛れもないマナの集中だった。

 俺は唖然とそれを見ていた。


 やつの両腕のマナは、いまや紅く輝く手甲のようだった。空気が熱せられ、蜃気楼が生まれる。マナをこれほど圧縮するのは、俺でさえ時間がかかる。


 しかしイジャールはやってのけた。

 研磨されたどころのマナではない。大気を焼き尽くすマナの拳だった。


 魔獣もマナを操る以上、無意識に身体をガードする。しかし特定部位にマナを集中するのは、聞いたことがない。


 しかもS級魔獣のマナで……。

 これほどの脅威を、俺は感じたことがなかった。


「いいぞ、その表情……。やっと見れた」


 相変わらず表情は変わっていないが、その声音は上ずっていた。俺を驚かせたのが、よほど嬉しいらしい。


「かくれんぼの種も、それか」

「……そうだ。お前たち、人間から学習した。お前も《《コレ》》が得意なのだろう? 思い返すと、俺が殺した何人かも……《《コレ》》をしていた」


 九州を襲ったイジャールの討伐には、現地の覚醒者数十人が従事した。しかし第一陣は、イジャールによって全滅。その後も第二陣、第三陣が全滅した。


 だが、これは政府が無能だからではなかった。イジャールの被害を抑えるため、覚醒者たちは進んで死地に赴いたのだ。


 そして俺ら第四陣討伐隊によって、イジャールは死んだ。

 それが、まさかこんな形で蘇ってくるとは……。


「ふん、俺と同じことが出来るようになった程度で、自信ありげだな」

「問題はない。同族でもう、試した。《《コレ》》は素晴らしい」


 イジャールの抑えていた殺意が、膨れ上がっている。しかしマナに揺らぎはない。完璧に制御していた。


「本当はもう少し、様子を見たかったが……我慢できん」


 イジャールの漆黒の瞳が俺を射抜く。


「死ね」


 何の捻りもない、殺意。

 同時にイジャールが距離を詰める。


 放たれるのは、正拳突きだ。

 狙いは……さっき傷を負った、俺の左腕。


 刹那の間に、思考が駆け巡る。


 まずイジャールに勝てるのか。

 恐らく、俺一人では勝てない。


 俺の能力にも、大きな弱点がある。

 それは能力の発動が『ダメージを負ったら』なのだ。


 理論上、俺の力はダメージによって指数関的に増大する。

 死にかければ死にかけれるほど、強くなれる。


 しかし、ダメージから能力に反映されるまで、ほんのわずかなタイムラグがある。

 イジャールクラスとの戦いには、致命的とまで言える差だ。


 さらに死にかけても、イジャールを倒せないかもしれない。形勢が悪くなれば、イジャールは逃げるだろう。恐らくこのダンジョンを出て、街を燃やしながら別のダンジョンへ逃げる。


 そうなったら、数千人が殺される。


 迷っている余地はない。

 俺はあえて、左腕のガードを解いた。


「ほう……!」


 イジャールも予想外だったようだ。

 だが、俺の特化能力は苦痛や精神攻撃にも有効である。


 腕がちぎれても、どうということはない。

 腕くらいなら、なくしてもどうにかなるのは、もう知っている。


 イジャールの正拳突きが俺の左腕の肘を焼き飛ばす。

 肉の焦げる匂いさえ、感じない。大気さえ燃えている。


 だが、左腕を失くした瞬間――身体のマナがより強固になるのがわかった。

 数段階、俺の中のギアが上がった。


 捨て身もいいところだが、これしかない。

 今の俺なら、一撃で戦車さえ砕ける。


 左腕と引き換えに、俺は渾身の突きをイジャールの胴体へと放っていた。

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