第32話 伝説のおっさん、削り合う
第二ラウンド、俺は耐えることに徹する。
硬質化した荒川さんの打撃がクリーンヒットしてしまうと、一発退場の危険があるからだ。マナの防御を優先する。
これはイベントの性質上、仕方がない。
ゴールデンタイムに流れるこの配信で、流血沙汰は最小限にしか許されないからな。ボクシングで言うと、デカいダウンを1回でアウトなのだ。
どうせ粘液で俺の攻撃速度も落ちてるし。
恐らく、この速さだと斥力の盾は余裕で間に合ってしまう。
なので、基本は防御だ。
無理をせず牽制に徹する。
急がなければいけないのは、荒川さんのほうだろう。
後方ふたりのマナ量は、そこまで多くない。恐らくだが……俺よりもかなり早く枯渇する。
『遠距離の特化能力は、近距離よりもマナを消費する』
これは不変のルールだ。
斥力の点も飛ばすほうが、自分の近くに盾を作るよりマナを使う。粘液も、硬質化も同じだ。数十メートル離れて発動するのは、小さくない負担のはず。
「全力で戦えるのは、あと何分だ?」
「……さて、その前に決着をつければ済むことです」
軽い技の応酬が続く。拳、肘、ローキック。
やはり荒川さんは拳法家だ。接近戦が上手い。
しかし組み付いたりは狙ってこない。立ち技、腕の攻撃が主だ。
斥力の弾は脅威だが、防ぎ切れる。
決定打はない。少なくとも、このままなら。
マナを過剰に集中させれば、斥力の盾も破れそうだが……。
でもこれは対人用の域を超えている。このイベントでは使えない。
それは荒川さんも同じだが。
過去の配信で、荒川さんはヴォルケーノザウルスを斥力でへし折っていた。あの破壊力はこのイベントでは禁止だ。
お互いに、大怪我をしないように。
だとすると、この流れにしかならない。
着実にお互いのマナが減っていく。
刹那の攻防。だが、そこで粘液の能力者から悲痛な声が上がる。
「荒川さん、ウチのチームが……っ」
「わかってる」
彼はドローンから全体マップとメンバーの情報を取得していた。
自分を中心としたマップと、お互いの残ったメンバーだけは見てもいい。というより、そこまで縛ると戦術性もなくなるからな。
バトロワイベントと同じだけの情報は、常に提供されている。
さすがに俺はドローンのホログラムを見る余裕はないが。
彼の反応からすると、荒川さんのチームで動きがあったのだろう。
多分、向こうにとって好ましくない状況になっているのだ。
荒川さんが手を止めずに、問うてくる。
「全面攻勢まで読んでいたのですか?」
「あんたらがここに来るなら、それがベストだろ。俺もさすがに、指揮してる余裕はない」
だからこそ、レイナの小隊に後を託した。
俺はここで負けても構わない。荒川さんの小隊を出来る限り、消耗させれば。最後は残ったチームメンバーの仕事だ。
「そこまで読んでるなんて……」
硬質化の能力者が絶句する。そして、彼のマナがわずかに乱れた。
同時に硬質化の能力も揺らぐ。
その時、ちょうど俺の拳が荒川さんの腕に入った。
衝撃を殺し切れず、荒川さんが後ずさりする。
「くっ……」
「レイナは上手く動いてるみたいだな」
「ここまで全部、あなたの手のひらの上ということですか」
「油断させようっても駄目だぜ。俺の仕事は、あんたらと戦い続けることだ」
勝ちに目がくらむと、かえって負ける。
ここで欲を出して荒川さんに勝とうとすると、危険が生じる。
守りで良い。
明鏡止水、周囲の雑音を無視しろ。
俺はここで目の前の3人を削れば、それが勝ちだ。
荒川さんはそれだと負ける。なるべく早く俺に勝って、残りのレイナたちを潰さないといけない。
全体では俺たちが優位だ。
「どうやら、指揮でも不利なまま……」
「…………」
「なら、最後の悪あがきをさせてもらいますよ!」
荒川さんのマナが一段と研ぎ澄まされる。
一気に勝負を仕掛けてくる気だ。
もちろん、これは諸刃の剣に他ならない。
特化能力も一気に爆発させたほうが消耗する。全速力で走ると、歩くより遥かに早く疲れるのと同じだな。
だが、俺は凌げればいい。
レイナが相手チームを倒し、勝ちがはっきりするまで。
多分、ここから1分もかららず決着する。
荒川さんの斥力が、かつてない威力で放たれる。
目標は俺の立つ地面だ。
バキィッ!!
乾いた地面が割れ、俺の体勢を崩す。
強引な一手だ。しかし、鉄壁の守りを誇る俺にはそれしかない。
そして、荒川さんが捨て身で突っ込んできた。





