第29話 伝説のおっさん、指揮する
全員が非常に協力的なこともあり、事前準備はスムーズに終わった。そもそものチーム分けについても、主催の狙い通りに敵チームとの差はほぼない。
つまり突発のチームワークと臨機応変の戦術が刺さるかどうか、だ。その点で言えば、上々の仕上がりではなかろうか。
会議中、俺はふと敵チームの分析で思い当たったことがある。
「向こうのチームのリーダーは誰になるんだろうな」
「多分……ダンジョンダイバーの荒川さんでしょうね」
事前に要注意の敵として注目してた人だな。S級覚醒者で戦歴も申し分ない。
近頃は裏方に回ることが多い……だが、それは配信上のこと。配信外で鍛錬を重ねているケースも当然あり得る。
「私も荒川さんとは昔、何度も戦いましたが……基本的に歯が立ちませんでした」
「まぁ……レイナの技は対人戦で使えないからなぁ」
「なので、今回は先生の御力と指導で、ぜひ勝ちたいと思います!」
むふーっとレイナも気合いが入っている。
あれ? というより……ぜひ勝ちたいとか初めて聞いたな……。
レイナのそんな言葉を皮切りに他のメンバーも口々に思いの丈を叫ぶ。
「俺だってあいつには負けっぱなしなんだ! 今回くらい勝ちてぇよぉ……」
「そうだ! やっぱり戦うんだから負けたくない!」
「その通りよ! 私のファンに無様なところは見せられないわ!」
お、おお……。戦いの直前になって、さらに一段盛り上がって来たな。
これは決して悪いことではない。
やはり勝負所にあって、重要なのは心意気だ。それが最後の柱になる。
「よし……! 全員、まず怪我をしないように! その上で頑張ろう!!」
「「おおーっ!!」」
そしてバトル開始時間になった。
今回は各チーム、ほぼ横一列に転送される。そこからお互いに攻撃しあうわけだ。
「向こうのランクの高い覚醒者は接近戦強めが多い。無茶をせず、敵の確認を優先すること――俺は臨機応変に動けるよう、中央にいる」
チームメンバーが頷く。ここまで何度も確認してきたことだが、最後にちゃんと繰り返しておく。
「敵が突出してくるなら、俺が中心になって叩く。削り合いならこちらが有利のはずだ」
「「はいっ!!」」
「レイナは飛行と斥力で上手く全体を補佐してくれ。俺とレイナ、荒川さんがS級覚醒者だからな……。安易に落とされないように」
「もちろんです。先生の力を無駄にしないよう、頑張ります!」
こちらのチームは15人、S級覚醒者は2人いる。向こうのS級覚醒者は荒川さんだけだが、代わりに人数は20人だ。まぁ、A級の人数は同じなので、ほぼ戦力差はないレベルだな。
チームメンバーが揃い、外の会場からダンジョン内へと転送される。今回は特に引っ張られる感覚はない。そのまま配置されるからか。
一瞬の後、俺たちチームはダンジョンに到着していた。事前の情報通り、高低差のある岩山のステージだ。
だが、そこで俺は異様な雰囲気を感じ取った。まとわりつくようなマナだ。極薄の布切れが身体の所々に貼りついているような感覚だった。
「……マナがかなり濃いな」
「こんなに濃いのは珍しい……というか、A級ダンジョンでもあまり……」
レイナが訝しげに眉を寄せる。レイナの感想は正しい。
ここまで濃いマナのダンジョンは久し振りと言っていいくらいだった。
「F級ダンジョンでこんなにマナが濃い……なんて、あるか?」
「あまり聞いたことがありませんね……」
今回のダンジョンもF級ということで、魔獣が出現したりはしない。しかしそれはマナが薄いからだ。魔獣の発生条件は完全には解明されていないものの、マナが薄すぎるダンジョンには魔獣は現れない。
逆にマナが濃いからと言って、ただちに危険というわけではないが……。実際、俺の経験上でもマナが濃いのに何もなかった例はいくつかある。
「そんなに違いますかね……?」
「わたしたちはあまり感じませんけれど……」
しかし俺とレイナ以外の数人はこのダンジョンの異様さに気付いているようだった。
「何か……不思議ですね」
「ええ、あまり」
チームメンバーはピンと来ていないらしく、首を傾げる。どうやら探知系でないとあまり差を感じていないようだ。
「まぁ、大したことはないと思うが……心の隅で覚えておいてくれ」
♢
バトルイベント開始から10分。
大きな動きはまだ、双方のチームからはなかった。
それぞれ牽制と動きの確認だけだ。ここから数回のインターバルで一気に戦いは過熱し、クライマックスに向かう。
荒川は一見、冷静にチームを指揮していた。
「右、少し下がるように。牽制に見せかけて、押し込むつもりだ」
だが内心では驚嘆していた。達也の指揮は、自分に勝るとも劣らないモノだからだ。
(今回のチームメンバー、戦力では互角……だが、関係性の深さと能力の熟知では俺のほうが上のはず)
今日のチームメンバーも、他のバトルイベントで顔を合わせたことのある人間しかいない。それは当然だ。中堅以上の事務所から招待しているのだから。配信歴10年の荒川が絡んだことのない人間のほうが珍しい。
1回も敵味方として相対したことがないのは、達也くらいだ。
それゆえ荒川は内心、集団戦なら自分のほうが有利だと思っていた。敵味方の覚醒者を知っている分、どうしても差が出るはずだと。特にフィードとのバトロワイベントを見る限りは……そこまで知略に優れているようには見えなかった。
しかし現実は違った。
(……レイナ以外の覚醒者とは、今日が初顔合わせのはず。なのに、どうしてどこまでしっかりと《《把握》》して動かせる?)
達也の指揮は、荒川の予想を遥かに上回っていた。達也のチームは慎重だが、動きべき時には的確に踏み込んでくる。
10分経過して、達也チームが失ったのはB級1人。対して、荒川のチームが失ったのはA級1人とC級1人。人数ではまだ14人対18人で有利ではある。だが、損害としては明らかに荒川チームのほうが多い。
荒川はこの不利を認め、思考した。
(なるほど、バトロワイベントの時は……頭を使えない振りをしていたか)
あるいはカリンに考えさせるため、あえて何も言わなかったか。ここまで広い視野を持っている達也が引っ張れば、バトロワでも優勝できただろう。
だが、それゆえに見誤った。
『伝説のおっさんは接近戦だけ。集団戦は未知数』
『フィードの戦略に嵌められ、退場』
これがネット上での評価で、荒川も少なからずそう判断していた。個人での戦闘力と指揮力は全く別の話だ。特にルールでガチガチのこういう戦いならば……。
B級の茶髪青年が荒川に近寄り、声をかける。彼も20代前半だが、素質も能力も恵まれた天才の部類だ。事務所は違うが、今回は荒川の補佐になってもらっていた。その彼の声がわずかに震えている。
「どうしますか、荒川さん」
「……このままだと劣勢なままだ。相手の失策を待つか、一か八かで突撃するか」
「信じられないっすよ。集団戦で俺らが不利になるなんて……」
彼もまた、集団戦なら自分たちが有利になるだろうと判断していた。荒川の名を知らない者はいないし、お互いにある程度能力もわかっている。対して達也は経験も時間も不足していた――はずだった。
「それだけの経験が向こうにはある、ということだろう」
「数十人規模の覚醒者を動かした経験がですか? そんなものまであるなんて……」
青年は信じられないとばかりに首を振る。しかし、それが恐らく事実だ。
達也は集団戦でも豊富な経験を持っている、そう考えるよりない。いつどこで、とは想像もできないが……。
荒川の口角がわずかに上がる。
「全く……こんな怪物がどこにいたのやら。想像以上のことしか起きないな」
「……荒川さん、楽しそうですね?」
「笑うしかないと言ってくれ」
「はは、それは確かに……」
だが、このままでは終われない。荒川の思考が研ぎ澄まされる。
集団戦を続けても劣勢なのは変わらない。可能性があるとすれば、達也の判断ミスだけ。しかしそれは相手の失策待ちという最悪の期待だ。
なら、どうするか。集団の司令塔である達也は前線に姿を見せていない。指揮に集中しているのだろう。そして達也のチーム全体も指揮に従っている。間違いなく、全体の細かなところまで達也が指揮しているはずだった。
そこに狙うべき点がある。
「俺たちに勝てる筋があるとすれば、強襲で伝説のおっさんを狙うことだけか。そうすれば向こうの統制も乱れる――かもしれん」
「あとはサブリーダーの遊撃で、勝ち……ってことですか?」
「そのためにこちらの指揮系統はバラせるよう、ミーティングした。まぁ……想定とは少し違うが」
「では、次のインターバルの後に……?」
あと5分少々でインターバルが来る。そうなると強襲も中断してしまう。
「いや、出来ればすぐにでも。伝説のおっさんのことだ。こちらが博打まがいの手に出るのは予想しているだろう」
「この手自体が博打そのものっすけどね」
「やむなしだ。馬鹿みたいにあがいて、なんとかするしかない」
個人の戦闘力でも指揮でも負けることになるとは。差を見せつけられるとは。言っていて、荒川は愉快な気分になってきた。ここまではっきりした差があると、逆に面白くなってしまう。
しかしまだ戦いは終わってない。青年が拳を突き出す。
「わかりましたよ。乗りましょう――派手に戦ってやりますよ!」
荒川も拳を突き出し、合わせる。
「ああ、最後の賭けに付き合ってもらおうか」
―――
レイナ「数キロ先のマナまでわかっているからこそ、ですね!」





