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第10話 伝説のおっさん、教える

 楓は仕事に戻ったので、いよいよ俺はレイナにマナによるガードをマンツーマンで教えることにした。マナによるガードは基本技術であり、覚醒者なら大なり小なり無意識で出来る。だが、それをあらゆる攻撃を防ぐ盾にまで磨き上げるのは難しい。


 例えるなら。

 誰かに突然殴られて、腕で身体を庇う。これが普通のレベル。

 真剣で切り合いをして、かすり傷も負わない。これが目指すレベル。


「まずは手のひらにマナを集中させよう」

「はい、やってみます」

「目の高さに手を持ってきて、深呼吸をして。目の前の手のひらに集中」


 最初は見ながらやったほうが感覚が掴める。というより、身体の見えない部分にマナを集中させるのがさらに難しいだけだが。


「……くっ、んーーー……」


 レイナが顔をしかめながら手のひらにマナを集める。やはりS級ライセンスを持っているだけあり、すでに基礎は出来ているな。


「じゃあ、俺も手のひらにマナを集めて、レイナの手のひらに触れるから。集中をとにかく切らさないように」

「わかりました」


 レイナの前に立ち、同じように目の高さへ手のひらを持ってくる。


 ――明鏡止水。


 これまで身体に染み付いたマナの循環。瞬時にマナが手に集まる。軽く口笛を吹いたのはカリンか。レイナがちらりとカリンを睨むが、この程度はご愛敬。ある程度は雑音があったほうがいい。


「じゃあ、いくよ」


 言って、俺は手の甲でゆっくりレイナの手のひらに触れる。それだけでレイナの手の中のマナが大きく揺らぎ、乱れる。俺のマナに過剰反応してしまっているわけだ。これではいざ本番となったとき、十分な防御にならない。


「~~……!!」

「平常心、平常心」

「……はい、わかってはいるのですが」

「ちなみに言うと、全然出来ているほうだからね? 初回でこれなら将来有望」

「本当ですか?」

「うん、間違いなく」


 人によっては――というか、駆け出しの覚醒者なら手のひらにマナを意識的に集めるだけで1年かかる。それほどマナのガードを意識的にやるのは難しい。


 そこから会話してもマナを維持するまで、さらに半年はかかるか。他のことに意識を向けながらマナのガードを維持するのはさらに難しいから。


 今は3段階目、他人のマナに触れて維持できるか否か。レイナはこの3段階目の真ん中という感じだな。この段階は個人差が大きいが、マスターするのに最低でも2年かかる。


 俺は会話をしながら、レイナの手のひらをゆっくり払う。レイナのマナが乱れ、少しすると元に戻る。そうするとまた俺は手のひらを払う。これをひたすら繰り返す。


「レイナは覚醒者になって、どれくらいだ?」

「――16年です」


 やはり覚醒者になって10年以上か。そうでなければ初日から3段階目には行けないよな。それに10代よりも20代のほうがマナのガードは習得が早い。要は守りの技術は血気盛んな10代だと身に付かない、ということだろうが。


「これを素早く、的確にやればいいんですよね。理屈も体感もわかりますけれど……中々難しい……っ」

「まぁ、一朝一夕にはモノにならないよ」


 ちらっと見ると、離れたところで胡坐をかいているカリンがレイナと同じようにやっている。だが、レイナに比べると苦戦している感じだな。


「思ったんだけどさー、どうしてこのマナのガードって重視されてないんだろ。ローゼンメイデンだって、本格的に教えてはないし。覚醒者協会だって、マナのガードは教育科目に入れてないぜ」


 覚醒者協会はその名の通り、覚醒者による互助団体だ。ダンジョンの監督や各種知識の伝達が主な仕事。あとはちょっとだけ、教育事業もやっているか。


「確かに……なぜでしょうね? マナを集めれば、敵の攻撃は防げるのに。習得に時間がかかるからでしょうか」

「それもある。全部の過程をマスターするとなると、10年くらいかかるから」

「でもあたしはもっと普及してていいと思うけどなー」


 実はそれ以外に、マナのガードには致命的な点がある。これがローゼンメイデンや協会で教えない理由だ。


「マナを集中させる技術はデメリットもあるんだ。しかもかなり大きい」

「えっ……? なんでしょうか?」

「覚えるのに時間がかかる以外にあるのか?」

「個人が持つマナの量は特化能力でマナを使うほど成長していく。これは知ってるよな」

「ええ、基本中の基本ですから」


 特化能力を使えば使うほど、器というべきマナの上限が増える。もしくはダンジョンで過ごすのでもいいが。とにかく、マナの量は特化能力の使用に比例する。


 これは常識で、しかも難しい話ではない。ダンジョンに挑んで魔獣と戦っていけばマナの量は自然と成長する。


「でもマナを集中させるのは、特化能力じゃない。技術だからな。だからいくら使ってもマナの量が成長しないんだ」

「うぇー、マジか」

「かなり大きなデメリットですね……」

「覚醒者としてマナの量が増えるのは、目覚めて10年から15年くらいの間だ。それ以降は成長がほぼ止まる。マナの集中を学ぶなら、それ以降だな」

「それがいいですね。私もここ数年はマナはほぼ成長してないです」

「あたしもだ。てか、そういうことかー……」


 ふたりも納得したようだ。マナのガードは基礎技術でありながら覚醒者になりたてが学ぶには不向きという大きなデメリットを抱える。


 マナの量は戦闘における絶対的な要素だ。マナがなければそもそも特化能力も何もできない。優先すべきはマナの量だしな。

 俺はかつて、世界が混沌に包まれた時代に言われたことがある。


『今の時代、この技術が広まるわけがない。マナを増やすのが最優先。時間はなによりも貴重だ』

 この言葉は真実だ。そこまでの時間がない、破滅的な時代があったのだ。


「それに特化能力との相性も大きい。楓はかなり苦手だった」

「社長が? 意外ですね……」

「楓の特化能力は超再生。ああいう身体中に作用する特化能力とマナのガードは相性が悪い……らしい」


 楓本人が言っていたが、どうにも感覚の違いが慣れないとか。普段使っている特化能力と並行して使うのがとにかく難しい、らしい。


 俺の特化能力【火事場の馬鹿力】も身体中に作用するが、条件付き発動なせいか、あるいは慣れてしまったかで特に支障はない。


 レイナの重力操作は意識的に特化能力を使うタイプだ。マナのガードを習得するのに問題はないだろう。カリンはちょっと苦戦するかもしれない。液状化と並行で使うのはさらに時間を要するだろう。


「でもさ、ちょっとずつやっていけばモノになりそうだぜ」

「そうですね。時間は作るもの。練習あるのみです」


 それを聞いて俺はほっとした。

 やはり時代は変わったのだ。時間をかけて学べる時代になったのだ。


 あいつらも……聞いているだろうか? 今の時代にはやっと余裕ができた。

 あの時、俺は言い返せなかった。でも、今はもう違う。10年、鍛えることができる時代になったんだ。

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