【前日譚 70日前】最終決戦都市ミレニアム――愛欲型最終決戦兵器の声援
勇者が魔王を封印して千年後の今日。魔王の封印が解かれる日。
最終決戦都市ミレニアムに世界中の英傑が集った。
全ての職種の全ての種族が世界を救わんと魔王への決戦に挑む。
その決戦前の百日間。決戦都市ミレニアムにて一人の呪いの騎士が一人のネクロマンサーの少女と過ごし束の間の平穏。
騎士と少女、二人が過ごす百日間。その出会いから三十日目の話。
※最終決戦都市ミレニアムの百日編の時系列では三番目の初めのパートです。
※全パート順不同で好きな様に読んでもらって構いません。
「呪いの騎士ヴァニティはここか?」
クレインダスクへの突然の来訪者が来たのはヴァニティがミレニアムに来て三十日目の朝のことだった。
「珍しいねヴァニティさん。ミザニアさんじゃなくてあなたにお客さんだよ」
「ほんとうね! ヴァニティのお友達?」
朝、受付嬢の作った朝食を食べるミザニアに付き合ってヴァニティは向かいの席に座っていた。
穏やかな朝の一時。それを打ち破って現れたのは緑の鱗を持つ竜人族の男だった。
「俺がヴァニティだが、何の用だ?」
知らない顔だ。見たところ、若い竜人である。竜人族の知り合いは十数名居るが、いずれも若者では無い。
「おお! 汝がヴァニティか! 我はトニグラ! 汝の名前は我が祖父ターイーから聞いているぞ!」
ターイー、その名前ならばヴァニティは知っている。先代の竜人族の族長だ。懐かしい名前だ。かつて一度だけパーティーを組んだ事がある。
ガチャガチャと黒兜を揺らして、ヴァニティは立ち上がった。
「ターイーは今どうしている?」
「我が祖父ターイーは十年前に死んだ。我にこの双斧を託してな」
シャーシャー。トニグラが嬉しそうに舌を出して笑う。
竜人の背に掛けられた双斧。ああ、確かにこれはターイーの物だ。
その意味をヴァニティは悟り、何故、トニグラが祖父の死を嬉しそうに語るのかを理解した。
「なるほど。お前が当代の竜戦士の長か」
「さすが、祖父から聞いた通り、我らのことを良く理解してくれている!」
ターイーの双斧。竜戦士の長の証。それを持つということは先代の最強の竜戦士であったターイーを一騎打ちで、この若き竜人が打ち倒したということだ。
「ということは、竜の胃も?」
「当然、我のここにある!」
トニグラが誇らしそうに腹を叩いた。確かにそこからは純粋な竜の魔力が感じられる。
名実ともにこの竜人は当代最強の竜戦士の様だ。
「ヴァニティヴァニティ! 教えて欲しいの! この人のお腹には何かがあるの? 確かに不思議な魔力は感じるけれど、何なのか教えてくれるなら嬉しいわ!」
はいはい! とミザニアが手を挙げる。この約一月、何度か会って過ごしてみて分かったが、この少女は好奇心が強く、それでいて知識は少なかった。
ヴァニティはその逆である。既に好奇心はあまりなく、だけれど長らく旅をしてきた経験から知識だけは多かった。
ふとした時にミザニアの疑問の声に答えてしまってから、この黒衣の少女はねだる様にヴァニティへ質問する様に成ったのである。
「トニグラ達竜戦士の一族は長が代々二つの物を継承している。一つ目が双斧。これ自体は大きな意味は無い。数代に一度作り直す、傑作のことだ」
ヴァニティの説明にトニグラがシャーシャーと舌を出しながら頷き、ミザニアへ双斧を見せた。
磨き抜かれた刃は鏡のようでミザニアの顔が映っている。
「で、もう一つ。こっちが重要だ。竜戦士の長は竜の胃も継承するんだ」
「竜? あの千年前に魔王に滅ぼされたって言う魔物の胃?」
ミザニアが眼を丸くした。
竜。千年前は世界に生きていた魔物の頂点。竜人族は竜の血を浴びたかつての並人族から生まれた変異種である。
「その通り! 我が腹には今、千年継承し続けた悪食竜の胃があるのだ!」
トニグラが誇らしく自身の腹を叩いた。そこからは確かに竜の魔力が帯びている。
「へー! すごいわすごいわすごいわ! 竜の胃がまだこの世に残っていて、それを竜人族の方々が継承し続けていたなんて!」
ミザニアが眼を輝かせた。確かに千年もの間、一つの臓器を移植し続け生かし続けるなど嘘の様な話だ。心が躍るのもヴァニティには理解できる。
ターイー、このトニグラの祖父もまた、ヴァニティへ誇らしそうに自身の腹を叩いたのを覚えている。
「で、その竜戦士の長が俺に何の用なんだ?」
「おお! すまないすまない! かつての祖父を知るヴァニティ殿と我は手合わせをしたくこの場に来たのだ。是非とも一度刃を交えてくれないか?」
「まあ!」
ミザニアが楽しそうな声を出し、受付嬢が「良いね良いねー。観戦用の膨らしトウキビを作るから少し待っててよ」と尻尾を揺らした。
「俺は一言もやるとは言っていないんだが」
「そう言わずに頼むぞ呪いの騎士。お主の話は祖父からよく聞いていたのだ。一度手合わせをしてみると良いとな」
「ターイーめ。昔のことを根に持っているな」
舌を出して頭を下げているが、トニグラはこの場から去る気配は無かった。
ヴァニティはガチャガチャと黒兜を触り、困った様に周囲を見る。目を輝かせて観戦の準備をするミザニア、膨らしトウキビとやらを作り始めた受付嬢、ジッとこちらを見つめるトニグラ。
どうやら、味方は居ない様だった。
「千年決戦があるんだ。本当に軽い手合わせに成るぞ。それでも良いか?」
「感謝する。いざ刃を交えようぞ!」
少しして、ヴァニティ達が来ていたのはクレインダスクから少し離れた場所にある広場だった。
元々は軽い運動などをするスペースだったのだろう。三人掛けのベンチと誰かが置き忘れたのかボールが二三転がっている。
「がんばれー」
「やれやれー」
その三人掛けのベンチにて、真ん中に膨らしトウキビを置いて、ミザニアと受付嬢がやんややんやとこちらへ騒いでいた。
「嘘みたいに気が抜けるな」
「シャッシャッシャ。そう言っておきながら隙が無いではないか」
「癖みたいな物だよ」
既にヴァニティとトニグラは武器を構えていた。ヴァニティは大剣を軽々と持って中段に、トニグラは双斧を左右に広げている。
どちらもこの千年決戦都市ミレニアムに集められた英傑。英傑同士の手合わせという娯楽を聞き付けたのか、ちらほらと見物客も増え始めていた。
「ギャラリーが増え過ぎる前に終わらせよう」
「我も同感である!」
シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
先に仕掛けたのはトニグラだった。牙を剥き出しに、双斧を大上段に構えて一息にヴァニティと距離を詰める。
速い、先代のターイーよりも。カウンターを仕掛ける間もなく、ヴァニティは黒剣の腹で双斧を防いだ。
ガアアアアアアアアアアアアアアアアン!
金属同士を打ち付けた鈍い音が響く。その音に混じる様にヴァニティは詠唱した。
「黒雲」
ブワアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
黒剣から目くらましの黒い煙が一気に噴き出し、辺り一帯を飲み込まんとした。
「旨そうな呪いだ!」
しかし、トニグラは大口を開け、ヴァニティが生み出した魔力の雲を一気に全て飲み込んだ。
「竜の胃は使いこなしているか」
「当然!」
竜の胃。食と言う概念魔法の結晶。放出系の魔法では分が悪い。
ガキィィィン!
双斧を弾いて距離を取り、ヴァニティは黒兜を三回叩いた。
代替詠唱。決められた動作により、詠唱を肩代わりする。
「呪骸強化」
ギギイイイイイイイイイイイイイイイ!
何かを引き傷付ける様な音共にヴァニティは自身への強化を完了する。
次に攻め込んだのはヴァニティだった。
グン! 一足と共に横薙ぎに振るわれた大剣。軽々と振られるその切っ先は風を切り、トニグラの銅を狙った。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
トニグラは体を地面へと密着させること横薙ぎの一撃を避ける。
ヴァニティは追撃を止めない。地面に倒れているのならばそのまま大上段から打ち下ろすだけだ。
重さを感じさせない様に軽々と大剣の軌道を変え、大上段から下方のトニグラへと振り下ろす。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「!」
が、トニグラがヴァニティへと大口を開き、そこから大型の魔力弾を方向と共に一気に放った。
魔力の気配には覚えがある。ヴァニティの自身の魔力だ。
竜の胃により吸収した先の魔法。それを純然足る魔力へ変換し、増幅してドラゴンブレスとして撃ち出したのである。
魔力弾を真正面から浴び、トニグラの全身が後方へ撃ち飛ばされる。
「まあまあまあ! すごいすごいわ! あのおっきなヴァニティが吹っ飛んじゃった!」
「やばいねぇ。こりゃさすがの呪いの騎士様も大ダメージかな?」
膨らしトウキビといつの間にやら注いでいたジンジャーエールを片手にミザニアと受付嬢が好き勝手言っている。
その声を聞きながら、トニグラは大剣の腹を強く押し撫でた。
トニグラはヴァニティの想像よりも強い。かつてのターイーは優に超えている。
ならば、この程度の打ち合いで満足する性分では無いだろう。
「第一解放」
呪いの制限解除。黒剣の刃よりボタボタボタボタ。黒い呪いが血の様に溢れ出した。
「シャッシャッシャ! 毒々しく旨そうな呪いだ! さあ、我に食わせてくれ!」
トニグラが大口を開けて舌を出す。
「食いたきゃ食いな。呪われたなら聖女様に癒してもらえばいいさ」
ヴァニティが黒剣を振るい、呪いをまき散らしながらトニグラへと踏み出した。
ボタボタボタボタ。呪いは剣速に追従する。当たるのはごめんだと、ギャラリー達がそれぞれ防護魔法を発動していた。
「呪剣の軌跡」
剣の軌跡を描く呪いは斬撃と成ってトニグラへと放たれた。
ボタボタボタボタ! 呪いを周囲にまき散らし、三日月形の斬撃が飛ぶ。あらゆる弱体化の呪いが込められた一撃。
はたして、トニグラは正面から飲み込んだ。
バクバクバクバク! モグモグモグモグ! 拘束の咀嚼と嚥下。身の丈を優に超す呪いの全てを竜戦士が胃に収めていく。
やるな、とヴァニティは思った。死なない程度の技とはいえ、触れれば年単位で起き上がれない筈の呪い。
それを全て飲み込んで、なお、トニグラは牙を出して笑っている。
「シャッシャッシャ! 濃厚な呪いの味だ! ああ、旨い旨い旨い! 素晴らしいなヴァニティよ!」
「嬉しそうでなによりだよ」
「どれ、お返しだ!」
シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
先程と同じ、否、先程よりも強力な魔力の咆哮。あえて正面からヴァニティは受けた。
構えるは黒剣。魔力へと純化した呪いとぶつかり合い、一息に巨人族十人分程度背後へと押し出される。
地面に鎧の足の跡が付く。だが、弾き飛ばされることはない。ヴァニティは魔力の咆哮を受け切り、最後には切り落とした。
次撃が来るかと、ヴァニティは切り落とした剣を即座に構え直し、トニグラを待つ。
が、ヴァニティの予想の反して、トニグラは晴れやかに舌を出し、双斧の構えを解いていた。
「……終わりか?」
「ああ、感謝する! 我は満足、否、満腹だ!」
ポンと腹を叩き、トニグラはシャッシャッシャと笑い声を上げた。
「お疲れ様! ヴァニティもトニグラもすごかったわ! 途中から全然眼で追えなかったもの!」
「お疲れさん。いやぁ、やっぱ戦士職の動きはすごいねぇ。何処をどうやったらあんなに動けるんだが」
パチパチパチパチ。手を叩きながらミザニアと受付嬢がヴァニティ達の所まで歩いて来た。
やんややんや。集まっていた見物客達は口々に今の手合わせについて感想を言い合いながら、広場から去って行った。
兜、鎧、剣、それぞれへの封印を施し、ヴァニティはガチャガチャと腕を回す。体の可動域に変化は無い。本当に単純な手合わせで済んだようだ。
「ヴァニティ、素晴らしき呪いだった! 我は満腹満腹、大満腹だ!」
シャッシャッシャ。尻尾で地面を叩き、舌を出しながらトニグラが腹を叩く。
その様にヴァニティは嘘を付け、と黒兜を揺らした。
「竜の胃を継いだんだろう? この程度で満腹に成るか?」
「素晴らしき闘争は胸を満たしてくれる。それならば満腹と呼んで良いのだ」
「ターイーとはまた違った考え方だな」
かつて出会った頃、ターイーは苛烈な戦闘狂だった。一度手合わせを受けたら三日三晩刃を打ち合った物である。
懐かしい記憶が浮かび、ヴァニティはガチャガチャと黒兜を揺らした。
ぐ~~~~~~!
その時、大きな音が鳴った。
「シャッシャッシャ。すまんすまん、我の腹の音だ。素晴らしき闘争で腹が減ったらしい」
「一瞬前に満腹に成ったと言ってなかったか?」
「動いたら腹が減るものだろう? 受付嬢、食べ物をもらえるか? 金ならばある」
「あいよー。腕によりをかけて精が付く料理を精いっぱい作るよ」
トニグラの物とは全く違う紐の様な尻尾をクネクネ揺らして受付嬢が力こぶを作る。淫魔にしては珍しく、この受付嬢は料理作りを好むところがあった。
「受付さんのご飯はとっても美味しいの! みんなで食べましょ!」
「ミザニア、お前さっき朝食を食べてたろ。また食うのか?」
「ええ! だってヴァニティ達の戦いを見てたら、わたしも何だかお腹が減っちゃったんだもの! ヴァニティも同席してくれたら嬉しいわ!」
「了解。付きやってやるさ」
「やった!」
少しして、クレインダスクにてヴァニティはミザニアとトニグラの朝食に同席していた。
魔術も使って全力で提供していく受付嬢の料理をトニグラが上回らんばかりのペースで胃に収めていく光景は圧巻の一言である。
これが竜の胃の継承者か。思えばまともに継承者の食事風景を見るのはヴァニティも初めてだった。
そして、受付嬢が「はいラスト! うちの食糧庫はこれですっからかんさ!」と置いた並人族が一人入れそうな程の大鍋のシチューをトニグラがバクバクと飲み干し、カァン! フォークとスプーンを置いた。
「ごちそうさま! 大変美味であったぞ受付嬢! これ程までに旨い料理をこんなに一杯食べられたのは久方ぶりだ!」
「ん、褒め称えなさい崇め奉りなさい! 私こそ世界で多分一番料理上手な淫魔なのさ!」
全力で料理を作り過ぎてやや頭がハイになったのか受付嬢は豊満な胸を貼りアハハハハと笑い出す。
昼からの食事はどうするつもりなのかとヴァニティは思わなくも無かったが、黙っていた。ミレニアムには世界からあらゆるものが集まっているのだ。きっとどうにかこうにか仕入れるのだろう。
トニグラとの朝食はその凄まじい食事速度もあってか多くの時間は掛からなかった。昼の時間まではもうしばらくの暇があり、ヴァニティは黒兜を揺らしながら今日の予定を考え始める。
クレインダスクの食卓に食後のまどろみが流れる。食事をしていないヴァニティと受付嬢はともかくとして、ミザニアとトニグラは満足そうに腹を擦っていた。
「よし、ではミザニア、交尾をしよう」
「ええ、是非。わたしも体が火照っちゃったから」
唐突な言葉で、ヴァニティの黒兜がガチャリと音を鳴らした。
寝て、起きて、戦って、動いて、食べて、ああ、確かに残る一つが何かと言われればミザニア達の言葉に成るのだろう。
「それではヴァニティ、この決戦で互いに生き残り、またいつか戦おう」
何か言葉を挟む間もなく、二人は立ち上がった。ミザニアがトニグラの太い腕に抱き着いて発情した猫の様にスリスリと体を擦り付ける。
「お? ヤる? なら二階の手前の部屋でお願いねー。綺麗にしてあるからさ」
「ありがとう。使わせてもらうわ」
あっけらかんと受付嬢とミザニアが手を振り合う。
ミザニアへヴァニティは黒兜を向け、手を振り返した。
「あ、ヴァニティも一緒にどう?」
「俺は無理だ。前にも言ったがな」
「ええ、それでもあなたとも愛し合いたいとわたしは思うの。でも、無理強いはしないわ」
気が向いたら部屋に来てね。それだけ言ってミザニアとトニグラはクレインダスクの二階に昇って行く。
そして、数十秒の間を置いて
「あんっ」
聞き慣れたミザニアの嬌声が響いた。