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37 結婚の噂



 ユリスが女性専門の高級服飾店を訪問したことで、魔法将軍が結婚するのではないかとの噂があっという間に広がった。


 相手が誰であるのかは、イドを始めとする友人から問われたリンが自分であると認めたため、庶民から貴族の屋敷に出入りする者を通じて貴族社会まで。それはもう瞬く間に。


 やはり魔法将軍は少女趣味だったとか、養い子が大人になったのだから少女趣味ではなく、理想の結婚相手を自ら作り上げたとか。

 ユリスの本質を魔法将軍の皮を被った部分しか知らない輩は、犠牲となったリンを哀れんだり。反して血濡れた恐ろしい魔法将軍が女性専門の服飾店に自ら出入りしたのだから、じつは養い子を溺愛してあらゆる贅沢を与えているとか、溺愛が過ぎて自宅に監禁しているのだとかなんとか。


 ノルトは自身が手土産に持ってきたケーキを口に入れながら「さすがユリス様」と行儀悪くからかい出した。


「ついに監禁疑惑まで。存在が凶器で喜ばしいことです」

「ユリス様、ごめんなさい。嬉しくてつい皆に話してしまって……」


 ユリスの立場を考えて、公にする前に相談するべきだったとリンが肩を落として反省していた。

 自分が悪く言われる分には屁とも思わないユリスは「そんなことはないよ」と、うさちゃんを両腕に抱えた状態で、長椅子にだらしなく寝そべったまま嬉しそうに笑みを浮かべて返した。

 すかさずノルトもケーキを口に放り込みながら「そうそう」と同意する。


「リンが気にすることなんてない。何しろリンはユリス様の弱点になるんだから、監禁されているって思われた方が敵に狙われずに済むからね」

「それだとユリス様の評判が悪くなってしまいます」

「僕の評判なんてどうでもいいのだよ。僕が大事なのはリンだけだから、他はどうでもいい。言いたいやつには言わせておきなさい」

「でも……」


 口ごもるリンにユリスとノルトの視線が先を促すように固定される。


「でも、わたし。大切な人が悪く言われるのは嫌です」


 顔を伏せて、小さな手を膝の上に揃えたままぎゅっと握り込んでいる。胸を痛めているのだろうが、拗ねているような、照れているようなその愛らしい仕草に二人の男たちは目を見開いた。


「ああ、リン。僕の評判はもともと酷いもので事実だからどうでもいいのだよ。だけど君が悪く言われたら死んだほうがましだと思えるような報復をしてあげるから安心しなさい」


 うさちゃんと一緒にリンの前に膝をついたユリスが、リンをあやすように頭を撫でる。

 そこへノルトは手にしていたフォークを突きつけた。


「平和な世に暗雲もたらしてどーするんですか!?」

「大丈夫だノルト。僕はそういうことは得意だ」

「違ーう! リン、反省してないで戻って来い。ユリス様を暴走させるな!」

「変な言いがかりはやめてくれないかい? 僕は暴走なんてしていないよ」

「してますしてます、絶対にしてます。普段ならそんなこと言わないくせに、大切な人って可愛く言われただけでなんですかこのザマは!」

「こんなに可愛いのだよ。愁いを解いてやりたくなるのが当たり前だろう? もともとノルトは僕とリンが夫婦になることを推していたじゃないか。なら分かるだろう?」


 不思議そうに首を傾げた三十男に、ノルトは激しく首を振って否定した。


「あんたはズレてる! 愛する女性を守り幸せにするには敵対よりも平和的解決が最も有効だ!」

「平和的解決では失敗したではないか」


 国のために嫁いだラウラは不幸になり、結果、ラウラを不幸にした国は滅んだ。まだ記憶に新しい事実を突きつけると、ノルトは憤慨してフォークをぐにゃりと曲げてしまう。


「国家とカップルを一緒にするな!」

「あ、そうだわユリス様」


 不意に顔を上げたリンに「戻ってきた!?」とノルトが縋ろうとしたのをユリスが片手で払い除けて、「どうしたんだい?」と顔を覗き込む。


「そろそろあの時期ですよ。今年も行かれるのですよね?」


 ラウラの命日のことだ。

 幼いリンを一人にしても年に一度、必ず訪れていた地。けれど今年は迷っていた。リンとのことを報告しなければいけないのに、リンを一人にして、帰ってこないのではないかと不安にさせることに躊躇していたからだ。


 返事ができずにいると、リンが恐る恐る遠慮がちに、不安そうに聞いてくる。


「わたしも一緒に行ってはいけませんか?」


 あの殺伐とした悲しい大地に?

 ユリスの躊躇が伝わったのだろう。「ごめんなさい」と呟いて下を向いたリンの頤に慌てて指を添えて上を向かせた。

 さすがにユリスにも分かる。これは断ってはいけないやつだと。


「何もなくてとても淋しい場所だけど、一緒に行ってくれるかい?」


 リンが少しだけ間をおいてから、ユリスと視線を合わせて頷く。ユリスはほっとして同じように頷くと「一緒に行こう」ともう一度告げた。





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