34 クリスタに連れられて
夕食の準備と口実を付けて台所に逃げたリンは、水瓶から杓子で水を汲んでそのまま口をつけた。
ごくごくと喉を鳴らして一気に嚥下する。喉が潤うのと同時に体も冷やせたはずなのに熱りは治まらない。
リンは頬を両手で挟んでその場に蹲った。
「本気なんだ……」
エルマーに呼ばれた席で結婚の話が出ていたが、現実になるのはまだまだ先だと思っていた。もとより心が通じ合って一緒にいられるなら現状のままでも良かったのだ。
なのにユリスは結婚に向けて確実に進み出している。リンのために養い子と養い親の関係まで気にして。
本当にユリスの妻になっても良いのだろうか。つい最近まで絶望していたのにこんな幸運があって良いのか。
思わぬ幸福に胸が熱くなって平静を保てない。上り詰めた幸福の先で奈落に落とされるなんてことにならないだろうか。
「それでも、いいかも」
思いが通じ合ってた。しかも今まで通り暮らしていくのではなくその先まで考えてくれている。そして今日、その先が一気に現実味を帯びた。
エルマーのひと月後と言う冗談のような提案を拒否したのはユリスを追い込みたくなかったからだが、ユリスの様子からすると少しも追い込まれている風ではない。
何しろ今の話をした時にうさちゃんに縋っていなかったのが証拠だ。奈落に落とされるなんてないだろうが、もしそうだとしても受け入れるくらいに今は信じられない幸福に包まれていた。
人が何と思おうと関係ない。
養い親と子で結婚なんてと後ろ指を差されるされることになっても平気だ。
そもそも赤の他人なのに夫婦になって何が悪いのか。もともと夫婦は他人同士なのだから問題なんてあるはずがないのだ。
そう考えるとユリスと親子でなくて本当に良かったと思ってしまう。心から好きになった離れたくない人と血の繋がりがあったら、一緒に住むことに問題がなくても、男女の関係になることは大いに問題があるから。
これが親子だったらどれほど苦しむだろう。側にいることも許されない感情だ。
リンは改めて自身の幸運に感謝した。
翌朝ユリスと出勤して仕事をしているとクリスタが訪ねてきた。
昼食には早すぎる時間。
またエルマーからの呼び出しかと思ったが、「リンさぁん、お出かけしますよぉ〜」と明るい笑顔で誘われて街に繰り出し、王侯貴族御用達で有名な服飾店に連れて行かれた。
「大臣とぉ魔法将軍閣下の許可をいただいているのぉ。リンさぁん、今から素敵な花嫁衣装を作りましょうねぇ。とっても楽しみぃ〜、皆さぁん、どうぞよろしくお願いしますねぇ」
「え、ちょっ、ちょっと待ってください。わたしとユリス様はまだ何も決めていないんです」
「ここわたしの実家なのよぉ。自慢だけど超人気店だからぁ、新規の顧客は受け入れていないのだけどぉ〜リンさんは同僚だから特別よぉ〜」
花嫁衣装を作るとはいったいどういうことか。ユリスと二人で生きていく将来は決まっているが、これからどうするのかなんて具体的には何一つ決まっていない。混乱するリンに対して、クリスタは楽しそうに笑顔で手を振って見送りにかかっていた。
「これってテゲトフ様の命令ですか!?」
複数の店員へと引き渡されたリンは問答無用で服を脱がされて採寸が始まってしまう。
「なんでも王太子殿下の御命令だとかでぇ」
「え?」
話が大きくなってないか。いや、魔法将軍の結婚問題に最初に関わっていたのが王太子樣だったことを、今この時になってリンはようやく思い出した。
「いや、でも、ユリス樣と相談させてください!」
大好きなユリスと一緒にいるためならリンも色々と受け入れるべきだ。権力者が関わることに戸惑ったり怯えたりするのではなく、度胸をもってここは潔く覚悟するしかない。それでも花嫁衣装を作る店やら日程やら、リンはともかくユリスの都合を優先させるべきではないだろうか。
「ですからぁ、魔法将軍閣下の許可はいただいているのよぉ」
うふっとハート付きで笑うクリスタに、リンは驚き過ぎて言葉が出ない。それきっと事後報告か何かに決まっていると思うが、採寸の為に引かれたカーテンでクリスタと分断されてしまった。




