3 お見合い
王太子の紹介でユリスとご令嬢の見合いが進められた。
王族の紹介となればそれは既に決定事項だ。それでも正式な婚約に進む前に、見合い相手の女性メティアが侍女を伴ってユリスの屋敷を訪問する。
ユリスの心内を知るリンは複雑な心境を抱えたまま見合い女性をもてなした。それなりに大きな屋敷だが、家のことは全てリンがしているので使用人など雇っていないのだ。
メティアはリンに笑顔で挨拶してくれたが、快く思われていないのは向けられる視線で直ぐに分かった。
その理由をリンは知っている。
ユリスが十九の若さでリンを養女に迎えるため公にした理由が『初恋の人に似ているから』なのだ。
未婚の、しかも若い男が幼い娘を養女に迎えるなんて普通なら有り得ない。理由が理由なだけに幼女趣味か、自分好みの女性に育てていずれ囲うのだとの噂が駆け巡り、当時はかなりの悶着があったようだが、幼子に手を出すような自分ではないと言い切るユリスに周囲が折れたらしい。
このような経緯があっては、妻になる女性がリンを快く思えなくて当然である。
「では話を進めるということでよろしいですね?」
ユリスはメティアをエスコートし、屋敷を紳士的に案内した後、お茶を飲みながら事務的に笑顔を覗かせそう訊ねた。
ユリスの冷徹さは有名だが、怒鳴りも苛立ちもせず女性に対して問題のない極めて丁寧な態度だ。メティアの不安も解消されたのだろう。とても嬉しそうに微笑んだメティアはしっかりと深く頷く。
「勿論です。わたくしは魔法将軍の妻に誰よりも相応しいと自負しております。伯父は財務大臣ですし、わたくしの口添えで、ウイリット様の率いる魔法軍が今後資金面で悩まされることはないでしょう。持参金も相場以上となり、ウイリット家を繁栄に導くのは確実です」
「それは頼もしい。期待しています」
リンからするとメティアの良さは全く分からないが、王太子が勧めた見合い相手の一つなだけあって後ろ盾は相当なようだ。高飛車そうではあるが、これも貴族社会では必要なことなのだろう。
リンはユリスの娘として過ごしているがごく一般的な社会で生きている。学校も庶民と同じだったし、大切に育ててもらったが我儘や贅沢とは無縁だ。ときどき教会の手伝いなどには参加するが、家のことをしているので特定の職を持ってはいない。
一方メティアは高貴な生まれで高貴な育ち。自分に自信があって堂々としている。態度が鼻につくが、彼女たちの社会がそうなのだ。そうありたいとは思わないが、自信に溢れたメティアを前にすると敵わないなと劣等感が押し寄せる。
結婚するのに条件が物を言う世界だとしても、ユリスの妻になる権利があるメティアが羨ましかった。
「必ずご期待にお答えいたします。わたくし、偉大な魔法使いであるウイリット様に気に入って頂けてとても嬉しいですわ」
気難しいのは仕事だけで、普段のユリスは穏やかな性格だ。それをこの短時間で察したのだろうか。ユリスの肩書も申し分なく女性側からすれば断る理由がない。なによりも王太子からの打診があった見合いを断ることはできない。
どうあっても王太子の紹介を受けた時点で二人は婚姻する運命なのだ。
事務的な夫に面白みがなくても、付随するものは貴族のご令嬢にとって必要不可欠で魅力的な結婚理由となり得る。ユリス自身ではなく、偉大な魔法使いに相応しいと公言するメティアの言葉もユリスにはどうでも良いことのようで、気を悪くした様子はなく「それは良かった」と他所行きの笑顔で答えていた。
これで決定だ。
更に話を詰めるだろうと予想したリンは、お茶のおかわりを新しいカップに注いで振る舞った。すると「ああそうだわ」とメティアがリンを一瞥する。
「大切なことを一つだけよろしいかしら?」
「何なりとどうぞ」
お茶に手をつけながらユリスが促せば、メティアは楽しそうに笑みを深くして続けた。
「ウイリット様と噂のあるこちらの小間使いは暇を出して構いませんわね? 何もないとしても、やはり妻になる身としては気分が良いものではありませんし、わたくしが女主人となるのですから不要ですもの」
リンはどきりとして顔色を失くした。
いずれ出て行かなければならないとは思っていたが、メティアに言われて初めて気付かされた。確かにユリスが妻を迎えたら、一回りしか年齢の離れていない娘など邪魔でしかないだろう。小姑の存在は新婚家庭に亀裂をもたらしやすいものだ。
彼女の主張は当然であったが、聞いたユリスはお茶を飲む手を一度止めると、小さく笑って再び口を付けた。
そうして全てを飲み終えると、視線を伏せたまま茶器をテーブルにゆっくりと戻して足を組み、膝の上に軽く合わせた手を乗せる。
「妙な言い方はやめていただきたい。メティア嬢、あなたには難しくて理解できていないようなので再度お教えしますが、彼女は小間使いではなく私の大切な養い子です」
「存じておりますわ。ですが貴族社会では通じておりません。なにも着の身着のまま追い出すつもりはありませんのよ。きちんと働き先を紹介いたしますし、わたくしと同じく年頃ですからよき伴侶を紹介して――」
「メティア嬢」
言葉を挟んだユリスは伏せていた視線を上げる。その瞳は凍てつく氷のようであった。
正面から視線を受けたメティアは「ひっ!」と声を上げ、手にしていたカップを落としてしまった。倒れたカップからお茶が零れてソーサーから溢れて行く。
剃刀のように無機質でひりつく視線を正面から受けたメティアは、驚きと恐怖のあまり言葉を失ってしまう。
「覚えていますか? 初めに紹介しましたが、リンは私の大切な養い子です。ほんの一時程前に話したことですが忘れてしまわれたか。なのに根も葉もない噂だけは覚えている」
「ウッ……ウイリット様、わたくしは……」
「魔法将軍の妻に愚かな娘を推すとは王太子は早くも耄碌し始めたのか。それともご実家が偽りの申請をされたのか、もしくはあなたと王太子に面識があるなら虚偽の言葉で王太子を惑わしたか。いずれにしても私達は縁がなかったようです。お帰りはあちらだ」
「なっ……わたくしは貴族社会の常識を口にしたまでですわ!」
「だから?」
「っ、今回のお話は王太子殿下の命によるもの。破談にはできませんわ!」
彼女が絞り出した言葉を無視し、ユリスは玄関を示すと見送りもせずに自室に籠ってしまった。
ぼう然と立ち尽くす客人をリンが玄関に誘えば、まるで汚物でも見るようなきつい視線を向けられる。
「卑しい孤児のくせに生意気なのよ!」
メティアは捨て台詞を吐いて案内を無視し、荒く鼻で息をしながら後を追う侍女と共に帰って行った。
卑しい孤児という罵りはリンに向けられた言葉だが、ユリスも同じく孤児であったことを彼女は知らないのだろうか。
「孤児、ね。さすがにあんな人は駄目だわ」
一瞬でも彼女を羨ましく感じた自分が馬鹿のように思える。
リンは一つ息を吐き出してから茶器の片付けにとりかかった。